手を汚さずに使えるでんぷん糊「タピコ」 ありそうでなかった文具の開発秘話

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2024年06月24日 08:30  ITmedia ビジネスオンライン

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「ヤマト糊 タピコ」が人気、理由は?

 タピオカ(=キャッサバ)の根茎からとれるでんぷんやコーンスターチといった天然由来原料を使って作られているのが、でんぷん糊。知育にいいということから家庭だけではなく、幼稚園や保育園、小学校での工作の時間などに使われている。


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 でんぷん糊はプラスチックのチューブやボトルから指にとって塗り広げる。天然由来原料なので安全性が高く、手先を使うことになるから知育に向いているというわけである。


 そんなでんぷん糊を指にとらず、チューブを持ったまま塗り広げられる商品が登場した。ヤマト社(東京都中央区)の「ヤマト糊 タピコ」(以下、タピコ)のことである。


 2024年3月に発売したタピコは、タピオカでんぷんを主成分としたチューブ型ののりで、特殊なキャップが付いている。手に持って軽く押せば、キャップの先端からでんぷん糊がスーッと吐出され、手を汚すことなく簡単に塗り広げられる。


●手で塗りたがらなくなった子どもたち


 ヤマト糊は、ヤマト社が1899年に創業したときに製造。天然由来原料で作られ安全性が高いことから、長年にわたり子どもから高齢者まで幅広い世代に愛用されてきた。


 タピコを開発したきっかけとして、少子化がある。でんぷん糊は知育の観点から子どもが使うことが多いが、少子化の影響を受け市場が縮小する傾向にあった。


 2020年夏、ヤマト糊を幅広く知ってもらうことを目的に社内プロジェクトを立ち上げる。プロジェクトは営業や研究開発、商品企画、購買といった各部門からの希望者6人ほどで構成。ヤマト糊を盛り上げ改めて注目してもらうために何ができるかなどを話し合った。


 プロジェクトの一環で、ヤマト糊に関する聞き取りを実施。結果、「手で塗りたくない」と思っている人が一定数いることが分かった。プロジェクトリーダーを務めたリテール営業企画部商品企画室 マネージャーの村上和生氏は次のように話す。


 「幼稚園のイベントで調べて分かったことなのですが、子どもたちが思っていた以上に手で塗りたがらないことを実感しました。その主な理由は、手が汚れることと、べたべたする糊の感触が苦手なことでした」


 手で塗りたくないという課題に対応するため、同社はプロジェクト発足から約半年後に、手にとらなくても塗り広げられるヤマト糊をつくることに決めた。


●海外向け液状のりのキャップを流用


 キャップの開発では液状のり「アラビックヤマト」に使われているメッシュ状のものや、スポンジを使ったようなものも検討。実際にチューブに取りつけて試したところ、これらではヤマト糊がきちんと出てこなかった。


 こうした結果を踏まえ、たどり着いた理想的なキャップは穴の開いたプラスチック製。過去に海外向け液状のりに採用したキャップを取り付けて試したところ、ヤマト糊がスムーズに出てきたので何一つ変更することなく採用した。


 海外向け液状のりは、村上氏が海外営業を担当していた時につくられたもの。中央に穴が7つ開いていたことから「使えそうだと」とひらめき、試しに使ってみた。穴が開いている中央の透明部は柔らかく、押し付けて塗り広げやすくできていた。


 「海外向け液状のりはもう終売になりましたが、キャップを作る金型は残っていました。このまま使えればコストダウンも可能だったので試してみることにしました」


 こう振り返る村上氏。でんぷん糊自体もこれまでのヤマト糊とは全く変わらないので、開発は順調に進むかに見えた。


 だが、課題はキャップや糊そのものとは別のところにあった。問題は容器。これまでヤマト糊で使ってきたチューブとは別に新たに設計したが、握力が弱い子どもでも押し出しやすいものにすることが求められた。


 「6回ほど容器を試作しましたが、最初のほうは『硬い』という課題がありました。硬いと糊が出てこないので子どもだと最後まで使い切れません」


 このように明かす村上氏。柔らかくするには薄くしないとならないが、薄くすると成型時に穴が開くため、むやみに薄くすることもできなかった。ボディを薄くすることで起きる問題は他にもあった。口の厚みを確保しなければ製造時に樹脂がきちんと充てんできず、成型不良を起こしやすくなる。口がしっかり成型されていないと糊が漏れ出てくる恐れもある。


 容器を製造するタイの工場で、新たに作ったチューブの金型でテスト成型を繰り返し実施。品質が担保できそうなものを日本に送り、国内でテストした結果を工場にフィードバックし、金型の修正、成型時の樹脂の温度や射出スピードといった成型条件の見直しなどを行った。


 チューブの材料は既存のヤマト糊と同じくポリエチレン。グレードによって特性が微妙に異なることもあり、選定も悩ましかったという。


●自由な発想から生まれた「タピコ」という商品名


 商品名にある「タピコ」は、タピオカに由来する。ヤマト糊が天然由来原料であるタピオカでんぷんが使われていること、ナチュラルなイメージを与えやすいこと、語呂の良さから名付けた。


 ネーミング案は全部で26。このうち最後まで残ったがタピコ含めて3案だった。


 「ネーミングは最初、プロジェクトメンバーで自由に発想することを徹底しました。各自に考えてもらったので26案ほど出てきましたが、普段新商品を発売する時のネーミング案よりも多くなりました」


 このように振り返る村上氏。案は素材からイメージしたものが多かったが、手に持って塗り広げられるという特徴からイメージしたものも見られたという。


 タピコは当初予定を上回る勢いで売れており、3月の発売後すぐに追加生産したほど。「予想以上に早く次の生産指示をかけることになりました」と村上氏も驚きを隠さない。


 好調な出足となった理由として村上氏は、今までにないタイプのヤマト糊であること、手に持ったまま塗り広げられる新機能を訴求したこと、の2点を挙げる。手で持って塗れることは、チラシや吊(つ)り下げ式パッケージで訴求している。


 タピコを発売して分かったことの1つが、手に持って使えるヤマト糊を待ち望んでいた人が実際にいたことだった。そういう人がいることを知ったのは、ヤマト公式Instagramに届いた1通のDM。送り主はヤマト糊のヘビーユーザーで、予約した旨のメッセージが届いた。


●特定の用途に合わせたものを開発していきたい


 そのユーザーは手に持ってヤマト糊を塗り広げたかったことから、チューブのヤマト糊の口にガーゼを当てて固定した状態で使っていたという。


 発売から約3カ月しか経っておらず小売店に行き渡って間もないが、今後の展望について村上氏は「幅広いユーザーに使っていただきたいです」と話した。


 ヤマト糊としては今後、新しい使い方ができるものだけではなく、特定の用途に合わせたものを開発していきたい考え。老若男女が安全に使えることを大前提に、イノベーション、オリジナリティー、ローコストを軸にしながら時代の変化に対応したものを世に送り出していきたいという。


(大澤裕司)


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