投資判断を左右する「経営者メッセージ」、響く伝え方は? オリックス、塩野義製薬の統合報告書に見る

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2024年06月24日 08:31  ITmedia ビジネスオンライン

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経営者は「長期的な夢」について発信しよう(提供:ゲッティイメージズ)

 統合報告書の発行企業数は年々増加しており、2023年には1000社を超えました。統合報告書にはさまざまなコンテンツがありますが、中でも投資家からの注目度が高いのが社長メッセージ(トップメッセージ)です。


【画像】投資家が最も注目しているコンテンツは?


 今回は、「投資家は社長メッセージから何を読み取っているのか」「どのような社長メッセージが投資家から評価されるのか」について考察していきます。


●社長メッセージは投資判断を左右する


 人的資本開示の義務化をはじめとするサステナビリティ情報の開示要請や、新NISAのスタートに伴う投資への関心の高まりなどを受けて、企業における投資家向けの情報開示は近年活発化しています。特に統合報告書は、プライム市場を中心にスタンダードなレポートとして注目が集まっており、2023年には発行企業数が1000社の大台に乗りました。


 その中でも、投資家の注目度が高いコンテンツが社長メッセージです。金融・経済情報サービスを提供するQUICKが発表した「投資家における統合報告書への期待」に関する調査結果でも、投資家が最も注目し、期待しているコンテンツはトップメッセージであることが示されています。


●投資家が社長メッセージに注目する理由


 では、なぜ今、投資家たちは社長メッセージに注目し、期待しているのでしょうか。それは、投資をする際の判断材料として、社長メッセージの重要性が高まってきているからです。


 もちろん今までも社長メッセージは重要なコンテンツではありましたが、以前の資本市場では、過去の財務状況からテクニカル分析をベースに投機をしたり、中期的にファンダメンタルズ(売上高や利益といった業績や資産、負債などの基礎的な財務状況)から予測したりすることが重視されてきました。


 しかし事業環境の変化が激しさを増す現在は、数字だけで企業の長期的な未来を見通すことが難しい状況です。そのため、長期の成長可能性を見極める材料として、企業の価値観やビジョン、カルチャーが重要であり、これらが凝縮されている社長メッセージを重視する投資家が増えているのです。


 投資家は「経営者はどんな経験をしてきた人なのか」「何を大切にしているのか」「この経営者が率いる会社なら、こういう未来をつくれるのではないか」などを経営者の言葉やその内容から推測し、投資判断をしていきます。


●社長メッセージに「人的資本への向き合い方」を見る


 以前は、投資家が経営者の声に触れることができる機会は限られており、そうするためには株主総会や決算説明会に足を運ぶことくらいしかできませんでした。しかし昨今は、スマートフォンやタブレット端末で簡単に統合報告書を読めるようになっているだけでなく、IR動画など、社長メッセージを映像で発信する企業も増えています。このように、さまざまなチャネルで経営者の発信に触れることができるようになり、社長メッセージから情報収集することは投資家にとって当たり前になっています。


 また、人的資本の重要度が高まっていることも、社長メッセージに注目が集まる要因の一つです。S&P 500(※)の市場価値に占める無形資産の割合は年々増加しており、2020年には9割に達しています。


(※)S&P 500:米国の主要500社を対象とした時価総額加重平均型の株価指数。S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社が算出・公表


 これは、企業価値評価において非財務情報が大きな意味を有していることを示しており、日本市場においても非財務情報が重視されるようになっています。とりわけ人的資本への注目度は高く、人材が企業価値の源泉であると認識する投資家が増えています。


 言い換えると、投資家の関心は「この会社は人的資本にどれだけ投資しているのか」に向いており、人的資本経営の姿勢を決めるトップである経営者の発言に一層注目が集まっているといえます。投資家は社長メッセージから人的資本経営への姿勢を読み取り、未来の企業価値を推し量ろうとしているのです。


●実は個人投資家も知りたい経営者の「人柄」


 当社が行った個人投資家の投資方針別情報収集動向についての調査では、情報収集が難しいと感じる情報の1位は「経営者の人柄や能力」でした。中でも、3年以上株式を保有し、主に値上がり益を重視する「期待投資家」において特に、「経営者の人柄や能力」に関する情報期待度が高いにもかかわらず、情報満足度は低いという結果が出ています。


 本調査結果から「この会社の経営者はどのような人柄なのか」「どのようなバックボーンを持ち、どのような能力に優れた人なのか」といったことに関心を持っている個人投資家が多いことがうかがえます。


 自分の大切な資産を預けようとしているのですから、その会社の経営者について知りたいと思うのは、ある意味当然のことです。経営者の人柄や歩んできた道のりを知ることは、投資家が社長メッセージに求めている要素の一つだといえます。


●経営者は社長メッセージで夢を語れ


 筆者が考える「投資家から評価される社長メッセージ」の共通点は、「経営者の体温」を感じられることです。言い換えるなら、経営者が「夢」を語っていることです。


 特に上場企業であれば、社会の公器として、解決したい課題や果たしたい役割があるでしょう。売り上げや利益、時価総額を上げることだけが会社の目的ではないはずです。


 「自社のビジネスを通して、このような世の中を実現したいんだ」という夢をメッセージとして発信することが、経営者に求められています。簡単に実現できるようなことではなく、数十年単位、もしくは次の世代に受け継いで長期的に追求していく夢です。


 一方で、市場では半年後、1年後といった短期の結果が求められます。足元の業績を作ることに精一杯で、夢を語れなくなってしまう経営者は少なくありません。


 しかし今、世の中には解決すべき課題が山積しており、夢を語る材料はたくさんあります。社長メッセージでは月並みな抱負を述べて終わるのではなく、オリジナルな夢を語ることが期待を生み、資産を集めるカギになります。


●統合報告書における社長メッセージの事例紹介


 統合報告書には、さまざまな社長メッセージがあります。優れた社長メッセージの事例をいくつかご紹介します。


オリックス:経営信条を語る


 オリックスのCEOメッセージでは、グループCEOの井上亮氏が、2014年の就任以降について自己採点という形での振り返りや、失敗から学ぶ経験の大切さ、次世代へのバトンタッチやこれからの経営体制、サステナブルな事業の推進や人材に関する考えなどを語っています。


 「失敗で追い詰められた経験をオリックスで一番多くしているのは私だと思います。そして振り返ってみると失敗からこそ学ぶことが多くあります」「他社では案件で失敗した人は外されがちではないかと思いますが、当社では外されないし、ペナルティーもありません」「実務で失敗を経験しても人が残ることで会社にノウハウが蓄積します」など、自らが歩んできた経験から、失敗を責めず、失敗が会社の成長に生きるという経営信条を語っているのが印象的です。


参照:INTEGRATED REPORT 統合報告書2023(参考リンク:PDF)


塩野義製薬:リソースを大きく割いたコロナ対応で得た学びを強調


 塩野義製薬の社長メッセージは、大きく「2020年度〜2022年度におけるビジネスの振り返り」と「2030年Vision実現に向けて」という2部構成になっています。


 振り返りのパートでは、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大時、研究開発リソースの8割を投入した経営判断に対する結果とともに、CEOの手代木功氏の考えが率直に描かれています。


 Vision実現への展望を語るパートでは「ひとたび注力するニーズを特定すれば、COVID-19で学んだ最速解へのアプローチと大胆なリソースアロケーションにより、リスクをとりながらも、いかに早く人々の健やかで豊かな人生に貢献するソリューションを世の中に届けられるかという観点でSHIONOGIの強みを発揮していきます」と、COVID-19での学びを強みに転換する姿勢が強調されています。


参照:SHIONOGI INTEGRATED REPORT 2023(統合報告書)(参考リンク:PDF)


レゾナック・ホールディングス:目指す姿を宣言し、そのための施策を紹介


 レゾナックのLetter from the CEOでは、CEOの高橋秀仁氏(「高」は「はしごだか」)が「社会を変えていくためにどこを目指す姿としているのか」「どんな課題があるのか」「その先にどんな変革を起こそうとしているのか」など、自身の夢を熱く語っています。


 冒頭で「日本発の世界トップクラスの機能性化学メーカーをつくりたい。そのために業界の常識を変えたい。これが私の願望であり、責任です」と力強く宣言し「そのために、今進めていること」「株主・投資家からの共感を得るために、取り組んでいくこと」という流れでメッセージを展開しています。また、好きな書籍を引用するなど、パーソナルな面から経営信条を述べているのも印象に残ります。


参照:RESONAC REPORT 2023(統合報告書)(参考リンク:PDF)


イズミ:社会的使命と経営信念を明言


 イズミのトップメッセージでは、代表取締役社長の山西泰明氏が自社の設立から現在までの歩みを振り返り、地域の「生活産業」であることこそが自分たちの原点であり、社会的使命であると再確認しています。


 その上で「事業の生産性を高め収益を上げていくこと、それによって当社に投資をしていただいた皆さまに適正な利益還元を行っていくことは、当然ながら経営の重要課題です。しかし、自らの社会的使命を忘れ、業績数値だけを追求する経営では意味はない、と私は考えます」と、経営における信念を明言しています。


参照: Integrated Report 2023(統合報告書)(参考リンク:PDF)


●最後に


 業績が悪化していたり、不幸なことに事故や事件が起こったりした時は、社長メッセージも短期的な視点になりがちです。しかし、投資家が知りたいことは、「ではこの後どうするのか」です。そして、それを明確に語ることができるのは、やはり経営者自身の言葉でしょう。


 企業においては好調なときも、なかなか成果が出づらいときもあることは当然のことです。ぜひ経営者の頭の中にある未来を、体温が感じられる言葉で語ってください。


著者プロフィール


白藤大仁 株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ代表取締役社長


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