「社内調整の壁」で失注……を防げ 次世代の営業「バイヤーイネーブルメント」の可能性

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2024年06月25日 08:31  ITmedia ビジネスオンライン

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顧客も「社内調整」が大変……

 データ活用やツール導入によって成果を上げ続ける営業組織を作る「セールスイネーブルメント」が注目を集めている。しかし、営業活動は営業担当と顧客とが共同で進めるもの。営業だけの能力を開発する「セールスイネーブルメント」だけでは不十分である。


【画像】「バイヤーイネーブルメント」が米国で注目を集めている


 顧客が社内で調整することを支える、顧客起点の営業スタイル「バイヤーイネーブルメント」を身に付けると、営業組織の生産性はさらに高まるだろう。


 本記事では、米国のトレンドであるバイヤーイネーブルメントの考え方や背景、取り組みのポイントや進め方を解説する。


●顧客も大変……見逃しがちな「バイヤープロセス」


 営業活動は顧客から断られることのほうが多く、大変な仕事だ。しかし、見落としがちなのは「顧客自体も発注する(購入する)のが大変だ」という視点である。


 購買を断ったということは、顧客が購買するためのプロセスにおいて誰かしらに反対されてしまい、購入できなかったということだ。


 例えば、何かのITツールを導入するとして、顧客はどんなプロセスをたどるだろうか? 自社で自分自身が数千万円かかるITツールを契約したいと思ったときの工程も思い浮かべてみてほしい。


 営業から話を聞いて、魅力的で良さそうだと思う。そこから「いい話を聞いた」と上司に共有をするも全ては伝わらず、「ちゃんと話聞いてこいよ、◯◯は確認したのか?」とフィードバックされる。また、本当に購入したいなら上司だけでなく、部門内の関係者や経営の役職者、情報システム部門、法務部門、購買部門などさまざまな関係者に話を通しておかないといけない。


 そこには無数の壁がある。「俺は今やるべきじゃないと思うよ」「ちょっと高いんじゃない?」「事例がないならやめておこうよ」「費用対効果は合ってるの?」「こっちの製品のほうがよくないか」「この機能が不足してるな」「過去にやったけど失敗したはず」……。それぞれの意見が壁になるのだ。


 Gartnerの調査では米国企業の購買の意思決定に関わる人数は平均で10人近くに及ぶといわれている。10人皆が同じ基準で仕事の判断をしているわけではないため、それぞれバラバラに意見を言う。顧客の会社規模が大きくなるほど、この関係者は縦にも横にも広がっていく。つまり複数の役職や職位、部門の方々に話を通さないといけない。


 その過程で新しい取り組みをしたいと顧客側が企画しても、他の人の意見を聞いているうちに「これは無理だ。通せない……」と諦めていく。営業から魅力的な提案を受けていて、自分自身は導入したいと考えていたとしても、組織を動かすのは厄介で難しい。


 会社を動かすこと、つまり複数人の利害関係者を合意形成に導くことは、そもそも骨が折れる取り組みなのだ。


 米国の最新のトレンドでは、「営業活動における顧客の購買の難しさ」が、セールスの真の失敗の原因と指摘されている。そこで、顧客の購買担当が社内で適切な段取りで的確な提案と調整をできるようにエンパワーメントする「バイヤーイネーブルメント」という考えが主流になり始めている。


 対となる「セールスイネーブルメント」は営業の研修やコンテンツ提供により、営業担当がうまく顧客に喋れるようにフォローするものだが、バイヤーイネーブルメントは顧客自体に情報やコンテンツを提供することで、顧客が社内でうまく立ち回れるように支援する。


●バイヤーイネーブルメント実践で重要なポイント


 次に、バイヤーイネーブルメントを進める際のポイントを説明しよう。


 まず、顧客の担当者は、新しい企画・取引を通せるだけの、申請ロジックを組み立てないといけない。


 無数にある考慮すべき意思決定基準と、それを押さえた情報を整理し、優先度の高いものから一つ一つ順番に言語化。顧客はそれを見て社内説明をする。


 金額が大きく、複数人が関わる意思決定となるほど、このロジックのボリュームは多くなる。超大手企業との商談になると、この情報量は10万字にも及ぶこともある。


 顧客が社内で的確なコミュニケーションができるようサポートすることがバイヤーイネーブルメントだ。バイヤー(購買担当者)の説明力をイネーブルメント(向上)させる。


 申請ロジックを作成するときは、最終的なゴールから逆算して、あらゆる論点に応えられる情報を渡さなくてはならない。


申請ロジックに追加する情報


顧客の現状、課題や問題、取り組みの優先度、新しい取引先の情報、新しい取り組みをするべき理由、具体的な取り組み内容、取り組みによって見込めるROI、発注後のマイルストーン、成功するために工夫する体制、参考となる類似事例、ベンダーとの会議体、施策のKPI……


 これらの情報を基に顧客が企画書を作成し、社内の関係者に流暢(りゅうちょう)に話せるようにしなければならない。仮に社長や役員に反対されたとしても、取り組むべき合理的な理由や、購買後の成功イメージを語れないといけない。


 そのためには単に製品資料を渡すだけでは意味がない。より踏み込んだ情報やコンテンツの整理、事例やシミレーションの提供のほか、個別の提案内容を作り込み、顧客がいつでも読み直せる状態にしなければならない。


 また、それぞれの論点が、ただロジカルに詰まっていれば商談が成功するわけではない。ロジックだけでなく共感も重要だ。会社が普段掲げている今後の方向性や目標、重要な意思決定者の考え方や好き嫌いなども加味する。


 営業が言いたいことを売り文句で話すだけでなく、顧客が社内で説明しきれるかを徹底的に考える。本当の意味での顧客視点の営業活動ノウハウが「バイヤーイネーブルメント」だといえる。


●売れる営業は顧客とタッグを組む


 また、これらのロジックや情報がきれいにそろっていたとしても、決してそれを営業が提案して投げっぱなしにしてはいけない。その顧客起点のロジック(購買するべき理由)について、適切な関係者全員が理解し、納得できている必要がある。


 となると、営業担当が「商談していない間のボール」も管理する必要がある。


 顧客が話を通すロジックを、どのような段取りで、誰が誰に、どういう時間軸で、どんな粒度で伝えていかなければならないか。それは公式な会議体か非公式な会か。口頭なのか文章なのか資料なのか――。


 顧客が複数人の関係者を調整し、合意形成に大成功する絵姿から逆算して、その過程でどんなことが起こり得るか、どんなプロセスをたどるのかを推測。どういう順番で動いていけばこのゴールやプロセスが最短で進むのかを考え、顧客と営業担当が一緒に、細かく目の前のタスクを切りながら動く。


 金額の大きな購買になると、顧客自身もどう進めればいいのか、全て把握しているわけではなかったりする。営業担当も「こう動いていきましょう」と全てを指示できるわけではない。つまり、双方で腹を割って、必要なタスクを洗い出し、一緒に前に進めるというアプローチが必要だ。


 過去の発注成功の事例や、会議体や意思決定フロー、関係者の整理、話を進めるための必要日数といった情報を可能な限り把握し、顧客にも協力してもらわなくてはならない。


 バイヤーイネーブルメントは、「こういうゴールに向けて、こんなプロセスで進めていけば合意形成が取れますよ」と、専門家としての立場で「うまい進め方」を顧客に伝える役割もある。他の会社ではこんなプロセスで購買した、こういうステップを踏んだ、ここで失敗しやすいから注意が必要だ――と、取引を進めるための段取りを営業側がサポートする。


 強い営業担当は顧客の仕切りがうまい。どういう段取りで事を進めるのか、肌感覚がある。これを論理的にタスクやスケジュールで整備し、再現性のある形で顧客に共有できるようにするわけだ。


●セールスイネーブルメントだけでは成功できない?


 バイヤーイネーブルメントは新しい概念だが、考え方やアプローチは従来の営業活動から大きく変わるものではなく、本質的なものだ。しかし「売れる営業組織を作ろう」「営業をイネーブルメントしよう」「営業の成功の型を作ろう」と、顧客起点ではなく営業起点で施策を設計しようとしすぎると、取引を進めるうえでは顧客の存在が不可欠であることを見過ごしてしまう。


 自社の営業組織が、顧客が意思決定の調整を進めるうえで必要な情報や段取りをちゃんと共有できているのか。社内だけではなく、社外のお客さまの情報環境や調整事という観点で見直してみると、売り上げ向上のヒントがあるはずだ。


筆者プロフィール:藤島 誓也 株式会社openpage代表


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