給与とメンタルをむしばむ「多重下請け構造」 なぜ法規制しきれないのか?

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2024年06月26日 08:40  ITmedia ビジネスオンライン

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多重下請け構造の問題は?(画像:ゲッティイメージズより)

 「多重下請け構造が日本を貧しくしている」という声があります。多重下請け構造とは、発注企業から元受け企業に委託された業務が、2次請け、3次請け、4次請け企業のように何層にもわたって再委託されている構造を指します。


【画像】システムエンジニアの給料


 複数の中間業者が入ることで、実際の作業者の賃金が低くなってしまうのが多重下請け構造の問題点です。


 本記事では、多重下請け構造の問題点、それを規制する法律について解説します。


●花形職種のITエンジニアも多重下請けの被害に


 多重下請け構造と言えば、建設、運輸、広告業界を連想する人が多いかもしれませんが、近年はIT業界でも多いです。中でも特に賃金格差が大きく出ているのが、システムエンジニアです。


 システムエンジニアは世界的にも人気の稼げる職種です。厚生労働省が運営している職業情報提供サイトによると、システムエンジニアの平均年収は550万円となっており、他の職種より高いです。


 しかし、Web上の求人を見ると、400万円台の求人も目につきます。550万円という数字は一部の大手元請け企業の社員が押し上げている可能性があります。


●メンタル不調の要因にも


 給与が抑えられる他にも、多重下請け構造には問題点があります。それは末端の会社で働く人ほど長時間労働になり、心身ともに疲弊することです。


 システム開発におけるエンジニアの業務は仕様書(設計図)を基に開発を進めることです。しかし、間に入る会社が多くなれば、意思決定の遅れや伝言ゲームによる抜け漏れが発生する可能性が高まります。結果、仕様書の完成が遅れたり、現場で発生した問題が発注者に届くのが遅れたりして、スケジュールが後ろ倒しになっていきます。システム開発の過酷な労働環境を例えた、デスマーチや炎上プロジェクトという言葉もあるほどです。


 その実態は厚生労働省の調査によっても明らかになっています。各業界のメンタル不調による休業や退職状況を調べた「令和3年 労働安全衛生調査」において、システムエンジニアが属する情報通信業は、全体の11.7%で全17業界中最下位でした。


 システムエンジニアの仕事は、人によって向き不向きが明確だという背景もあるかと思いますが、多重下請け構造による労働環境の悪さもメンタル不調者をでてくる要因の一つだと推定されます。


 「精神的な負荷が大きそうなわりに、給与は際立って高いわけではない」となれば、システムエンジニアを志望する人は減ってしまうかもしれません。経済産業省は、2030年には最大45万人のIT人材が不足するという試算を発表しています。システムエンジニアが全てではありませんが、付加価値の高いIT産業が発展しなければ、国際競争力の低下も避けられません。


●多重下請けを禁止する法律は?


 では、こうした多重下請け構造を規制する法律はあるのでしょうか? 


 建設業法22条では、元請会社が下請会社に全ての建設工事を丸投げすることを禁止しています。工事の品質低下を防ぐための法律で、一括下請負と呼ばれています。


 労働者派遣法では、事務職などの例外を除き、雇用の安定が損なわれるという建設業界への派遣はできないことになっています。さらに派遣法では、二重派遣といって労働者を受け入れた派遣先が、新たに労働者の供給元となって別の企業に労働者を派遣する行為を禁止しています。


 労働者派遣法は罰則が厳しめなのですが、この二重派遣については特に重く、100万円以下の罰金に加えて派遣会社の事業許可の取消しや業務停止命令などを受ける恐れもあります。


 ただしこれらの法律は、工事における品質の担保や労働者の雇用の安定を目的としています。受注した仕事をさらに他の下請け先に発注するという多重下請構造について規制するものではありません。


 また、IT業界では偽装請負が長年の課題となっています。これは、契約形態が請負契約や準委任契約などであるにもかかわらず、発注先の企業から直接の指揮命令を受けている、つまり実態が派遣契約となっていることを指します。労働者派遣法で厳しい制約を設けても、それを免れる方法が存在するのです。派遣か請負かという判断は、現場を詳しくヒアリングしないと分からないので労働局などの行政機関もなかなか指摘しづらい面があります。


●なぜ、多重下請けは生まれてしまうのか?


 多重下請けの問題が話題になるたびに、筆者は次のような疑問を抱いていました。


 「発注者がピンハネ業者を飛ばして、会社規模が小さくても実作業をしてくれる会社に発注すれば費用も抑えられるのでは?」


 仕事を受ける側も報酬をそのまま受け取れた方が利益は大きく、働いている社員に還元できるようになるでしょう。口座の開設や与信管理にしても一定規模の法人であれば問題ないではずです。


 なぜ報酬を中抜きされるかもしれない中間業者を挟むのか。その理由の一つとして、長期間の大規模プロジェクトの場合、成果物が意にそぐわなかったり、受注した会社の経営状態が悪化したりするケースがあるからです。


 予期せぬことが起こった場合の保険として知名度の高い大企業に依頼することも多いと考えられます。大企業であれば、再委託したA外注先がだめになった場合でもB外注先に仕事を振ることができます。タイトなスケジュールや儲(もう)からず採算の取れない仕事でもB外注先は、今後のことを考えて引き受ける可能性は高いと思われます。


 失敗が許されない行政絡みの仕事などはその傾向が強いです。また日本では、解雇規制が厳しいため、自社で人材を抱えるよりは、案件に応じて外注したほうが合理的という事情もあります。


 とはいえ、いかなる事情があるにせよ、多重下請けの末端として実際に手を動かしている人が厳しい労働環境にもかかわらず、雀の涙の給与しか貰えないという実態は健全ではありません。政府は2024年2月13日、トラック運転手の人手不足で物流危機が懸念される2024年問題への対応をめぐり、物流関連法の改正案を閣議決定しました。


 多重下請けなどの業界の商慣行に法規制でメスを入れ、解決に向けて荷主や運送事業者の行動変容を促すのを目的としています。こうした動きが各業界にも普及することを期待します。


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