「DV被害案件が7割」夜逃げ屋が語る、現場で見た壮絶な光景と日本社会の闇

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2024年06月28日 06:10  週刊女性PRIME

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週刊女性PRIME

※写真はイメージです

「夜逃げ」と聞いてどんなイメージを持つだろうか。借金取りから逃げるため、深夜に家財道具をトラックに積み込む一家? いや、夜逃げを望む依頼者の理由のほとんどは、ドメスティックバイオレンス、つまり“DV”から逃げたいという依頼なのだそう。

夜逃げのリアルな現場

「もう8年ぐらい夜逃げ屋で働いていますが、最初の仕事も直近の仕事もDV被害者の案件です。モラハラ、虐待を含むDVが、夜逃げの依頼の約70%を占めています」

 と話すのは漫画家の宮野シンイチさん。ワケアリな人の引っ越しをサポートする「夜逃げ屋」で働きながら、その実体験を漫画にしている。

「被害者は老若男女問いませんが女性が多いです。ただ、男の人が被害者というケースもたくさん見てきました。被害者の方も加害者も本当に普通の人で。むしろ、加害者側は社会的に地位があって、周りからの信頼が厚いことも多いんです」

 コロナ禍では外出自粛や在宅勤務で、夫婦間、家族間でのDV件数が増加したとも報じられたが。

「確かにコロナ禍ではDVの件数が増え、社会問題になりました。ですが、僕らの依頼が単純に増えたわけではないんです。僕が働いている夜逃げ屋の場合、まず差し迫った状況の方がサイトを見つけて、そこに書いてある電話番号やメールアドレスにこっそりと連絡をしてきます。

 そこから加害者にバレないように、引っ越しの日取りや移転先などの段取りを秘密裏に進めていく。つまり、事前の準備がものをいうわけですが、在宅勤務や外出自粛で加害者が常にそばにいる状況だと、打ち合わせはおろか、依頼をしてくることすら難しかったようです」

 依頼当日は何が起こるかわからない。宮野さんらスタッフは、あらゆる事態に備えて決行時間より数時間早く現場近くで待機する。

「依頼者の安全を確保しつつ、加害者がいないわずかな時間を狙って荷物を運び出します。普通の引っ越しとは違って事前に段ボールに荷物を入れてもらうことができない場合も多く、その場で梱包することも。忘れ物は絶対に取りに帰れないので、基本的に依頼者に同行してもらいながら荷物を運び出すんです」

 また、ナンバープレートの特定を防ぐためトラックはレンタカーを利用するなど、細部にまで気を使うのだという。

日本刀を振り回しキレるDV夫

 DVに関する夜逃げのなかでも、宮野さん自身も窮地に立たされたかなりショッキングな依頼があったという。

 夫が食事を済ませるまで奥さんはひと口も食べてはいけない、もしお腹が鳴れば、躾と称して殴られる。そんな理不尽なルールで縛りつけてくるDV夫から逃げ出そうとした、A子さん(40代、女性)のケースだ。

「A子さんの夜逃げ当日の朝。夫は何かを察したのか、その日は一段と暴力が激しくなって。A子さんは夫に足の骨を折られるほどの暴行を受けました」

 夫が外出した後、先に到着したスタッフがA子さんを病院へと搬送し、宮野さんともう一人のスタッフは、荷物を取りに自宅へ向かう。しかし、想定よりも夫が早く帰宅し鉢合わせに。逆上して宮野さんたちに日本刀を振り回し、切りかかろうとした。

「加害者たちは、殴ってるけど『これが俺の愛情表現だ』と思っている。だから、見ず知らずの僕らが家に入ってきて、“所有物”の妻をどこかに連れ出していて『引っ越し先は絶対に教えない。もう永遠に会えない』という状態にされるっていうのは、加害者からしたら『ふざけんな』という怒りしかない。

 現場慣れしている先輩スタッフが機転を利かせて日本刀を取り上げて夫を黙らせ、どうにか依頼を達成できましたが……。あの瞬間は、依頼者の夫に本気で“殺される”と覚悟を決めました」

 夜逃げ屋に依頼する前に、各自治体が運営するDVシェルターに助けを求めるなどの選択肢はないのか。

「シェルターは行政がやっていて無料だけど、シェルターでは根本的な解決にならない、と当社の社長が経験談を踏まえて教えてくれました」

 実は、宮野さんが働く夜逃げ屋の社長は女性。過去に彼女自身が夫からDVを受けていたことがあり、同じように苦しむ人を救いたいと会社を立ち上げた。漫画家デビューする前の宮野さんは、社長のインタビューをテレビで見て興味を持ち、漫画にするための取材を兼ねて、夜逃げ屋で働き始めたのだ。

「社長もDVを受けていた当時、シェルターを使ったことがあって。でも、1週間で出されたことがあるそうです。これはシェルター側も明言していますが、シェルターは解決策ではなく、一時的な避難の場所です。

 シェルターには定員があって、例えば100人定員なら、101人目が来たら1人は出て行かなければならない。自分が入ることで誰かを追い出すことになるなら、いっそ夜逃げしたほうが……となるようです」

車いすの娘を蹴り、障害年金を奪う毒父

 依頼の中には、車いすの娘から障害年金をむしり取って暮らす無職の父親から逃げたいという、毒親案件もある。

 先天性の病気で生まれつき両足が不自由なB美さん(20代、女性)は母親を不慮の事故で亡くしてしまい、直後、失踪したはずの父親がB美さんの元に戻ってきて、金の無心をするように。一人暮らしをしたいと父親に言うが、怒った父親は車いすを倒して彼女を転げ落とした。

「僕は、障害者の方の夜逃げがこの時初めてだったんですが、年金受取口座を止めて、加害者にこれ以上お金を使わせないように手配するなど、社長の段取りがすごく良くて、すんなり話を進めていく。

 なぜそんなに慣れているのか聞くと、障害年金を家族に握られて、自分の治療にお金を回せないので家族から逃げたいって依頼を何度か受けたことがあると聞き、驚きました。

 このB美さんの場合は、警察に相談しても『障害者なら家族と仲良くしたほうがいい』と取り合ってくれないため、うちに依頼したそうです」

 突然帰宅した父親から逃がすため、歩けない彼女を横抱きにして、宮野さんは集合住宅の階段を駆け下りた。

「実は最初、おんぶしようと背中を向けたんです。そうしたら、『足が悪いからおんぶは無理』と言われて。横抱きにして必死に父親から逃げた経験は壮絶で、印象に残っています」

 依頼者たちは多くの事情を抱え、夜逃げという選択肢を選ぶが、本当に大変なのはその後の生活だ。

翌日からはまったく知らない土地で、ゼロから自力で新しい人生を歩まないといけない。ましてや子連れとなると、そのプレッシャーはとてつもないです。

 夜逃げ後もなかなか心の傷が癒えない人もいて、そんな時にはカウンセラーが本業のスタッフが対応したりもします。僕にはその先輩スタッフのように、心のケアをすることはできませんが、これからも漫画を通じて、現場のリアルな声を届けていきたいです」

話を聞いたのは……宮野シンイチさん●漫画家。「夜逃げ屋」での体験をX(旧Twitter)で配信し、注目を集め書籍化。今年2月に「夜逃げ屋」シリーズ2冊目となる、『夜逃げ屋日記2』(KADOKAWA)が刊行された。

取材・文/ガンガーラ田津美

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