東急の「自動運転バス実証実験」に京急バスも参加、成果と課題が見えてきた

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2024年06月29日 08:51  ITmedia ビジネスオンライン

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「自動運転バス実証実験」どうだった?

 2024年5月28日から6月3日まで、東急と東急バス、京浜急行バスは自動運転バスの共同実証実験を行った。東急と東急バスの実証実験は虹が丘営業所(神奈川県川崎市)付近の「虹ヶ丘・すすき野エリア」で3回目となり、そこに京急バスの能見台(のうけんだい)営業所(横浜市)付近の「能見台エリア」が加わる。さらに、横浜みなとみらい地区にある京急グループ本社ビルに遠隔コントロールセンターを設置した。運転席に運転者が座り、常時状態監視を行う「自動運転レベル2」である。


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 鉄道ライターの私がバスの実証実験を取材した理由は単純で、2022年9月に実施した「虹ヶ丘・すすき野エリア」が自宅の近所だったからだ。主治医に課せられた1日1時間の散歩エリアで自動運転バスが走った。2023年3月に実施した2回目も取材して、今回は3回目。自宅から離れた京急バス能見台営業所も取材した。「ウチの近所」が取材のきっかけだったけれど、もはや「実現するまで見届けよう」という気持ちになっている。


 東急と東急バスによる自動運転バスの取り組みは、2022年9月に行われた第1回目の「虹ヶ丘・すすき野エリア」よりも早く、2020年に伊豆急行の伊豆高原駅で、複数台の自動運転車両を監視・操縦可能なコントロールセンターの運用実験を実施した。2021年度からは、静岡県が実施する自動走行実証事業「しずおか自動運転ShowCASEプロジェクト」を受託し、継続して実用化に取り組んでいる。


 この時の報道資料も拝見していたけれど、遠いし、鉄道ネタではなかったから行かなかった。「遠いから取材しない、近いから取材する」という考え方は自分でもどうかと思うけれど、一言でいえば「地縁」である。


●虹ヶ丘・すすき野エリア:過去の実証実験を振り返る


 東急と東急バスが自動運転バスに取り組む理由は「運転手不足」だけではない。むしろ「路線を増やしたい」だ。既存の大型路線バスを代替するつもりはなく、大型路線バスの停留所末端付近から目的地同士を結ぶ「ラストワンマイル」に導入したい。比較的交通量が少なく、住宅からスーパーマーケット、クリニックなどを結ぶ路線に導入したいと考えている。しかし、新路線を開設しようにも運転手が足りない。だから自動運転の可能性を試したい。


 「虹ヶ丘・すすき野エリア」の実証実験の第1回目は、EV自動運転バスの試運転的な要素が強い。事前にレーザーレーダーで走行ルートの点群データを取得し、高精度三次元地図データを作成しておく。EVバスは走行時のレーザーレーダーの測定値を元に三次元地図データを参照して自分の位置を把握して走行する。GPSは使わない。一時停止標識、障害物、交差点を検知すると停止し、運転士が手動で発信操作や駐車車両の回避操作を行う。時速19キロメートルという低速車両が公道で協調できるかも検証した。


 第2回目は、スーパーマーケットやコンビニを通る「実用的なルート」に変更した。経由地の1つに多目的イベント広場「nexusチャレンジパーク早野」を組み込んでイベントを開催し、そこに行くための移動手段として自動運転バスを位置付けた。また虹が丘営業所内にコントロールセンターを設置して、自動運転バスの車内と車外を遠隔監視した。


 車内にはモニター画面を設置して、乗客に対して運転手の代わりに行先や次のバス停などを案内するシステムを設置した。実営業に向けた実験として、スマートフォンアプリ「LINE」を使った乗車予約システムを採用した。途中のバス停で乗車と降車が可能になり、乗車定員の管理もできる。しかし沿線への周知が足りなかったようで、地元の人々が利用しにくかったようにも感じた。実証実験ではほとんどの試乗希望者が一周乗車を望んだからだ。営業運転に向けた課題が浮き彫りになったという点で「成果アリ」だった。


●虹ヶ丘・すすき野エリア:3回目の実証実験で「交通信号受信」を試す


 第3回目のコースは「虹ヶ丘・すすき野エリア」の2回目と同じだ。車両も前回と同じタジマモーターコーポレーションの多目的小型電動モビリティ「TAJIMA-NAO-8J」が採用された。衝突安全試験を免除されているため、最高時速は20キロメートル未満に制限されている。この車体は名古屋大学の保有車で、車体に東急バスのマスコットキャラクター「ノッテちゃん」が描かれている。前回まで「虹ヶ丘・すすき野エリア」で使った車両は、京急バスの「能見台エリア」で使用しているとのこと。


 虹が丘営業所内の所定の位置から、運転者が確認ボタンを押して発車する。営業所内から自動運転が始まった。しかし歩道を横断して道路に出るためいったん停止。運転者が確認ボタンを押して走行開始となった。


 コースは同じだけど、実験内容はアップデートされている。その1つが「信号連動」だ。コース上にある4カ所の交差点で、信号機の切り替わりタイミングをEVバスに伝えて制御する。前回までは交差点では無条件でいったん停止し、運転士の確認動作を必要としていた。今回は信号の切り替わりタイミングを把握できるため、青信号であればそのまま進行する。


 「信号連動」システムは、交通信号機に設定された切り替え動作情報の提供を受けて、自動運転バスとリアルタイム通信するセンターサーバに登録しておく。自動運転バスが信号機に接近すると、サーバから信号切り替えタイミングが通知される。


 信号機の色を画像認識する方法も技術的には可能だ。しかし太陽光線の影響で色を正しく認識できない恐れがあるため通信方式を採用した。青信号に向かって進行していても、バスは赤信号に切り替わるタイミングを知っているため減速する。バスが交差点に到達すると同時に信号が赤になり停車した。


 青信号になると発車するけれども、交差する道路に進入する場合は必ず停止し、運転士の確認動作によって動き出す。右折、左折した直後に横断者が居る場合は障害物として認識して停止。こちらも確認動作で再スタートする。ただし障害物検知センサーの範囲外から近づく横断者を判断できないため、いまのところは運転者の確認動作を伴う。


 路上駐車を回避する機能を搭載しているけれども、道幅が十分ではない場合のほか、速度が低いので対向車両や後続車両とのタイミングが合わないため、いまのところは手動運転で対応しているとのこと。


●能見台エリア:自動運転バスが子どもたちに人気で……


 能見台は京急グループが大規模な宅地開発をした地域で、グループ全体の新しい価値創造事業の重要拠点となっている。能見台駅から広大な住宅地が広がり、バスの路線網があること、坂道が多いことなどが虹ヶ丘・すすき野エリアによく似ている。能見台営業所で聞いたところ、京急グループの主要な事業エリアとなっている横須賀市、三浦市、葉山町、逗子市も、エリア内に歩道の幅員が狭いところが多く、路線バスにとって道路環境に恵まれているとはいえないという。


 だからこそ、京急バスもラストワンマイルの交通整備が必要だと考えていた。横須賀リサーチパーク(YRP、IT関連の工業地区)では自動運転の実証実験も行われたけれども、大学の研究が主体で、京急バスはレベル2要員のドライバーを提供するにとどまり、自社としては成果を得にくかった。そこで東急バスの呼びかけに応える形で事業に参加し、経験と知見を得たい。これが京急バスの参加の経緯とのこと。


 「能見台エリア」はかなりテクニカルな設定だった。歩道付きのバス通りもあれば、車がやっとすれ違えるような細い道もある。しかも後半は小学校の通学路だ。そんな道を小さなEVバスがゆっくりと通り抜けていく。公園の入口に保護者と思われる女性が立っていた。事前に学校関係者や町内会などに連絡したそうで、やはり心配なのだろう。


 EVバスは東急が保有する車両だ。前回の実証実験で「虹ヶ丘・すすき野エリア」を走っていた。「能見台エリア」を走るに当たり、こちらは京急バスのキャラクター「けいまるくん」を掲げている。私が試乗した時間帯は午後2時ごろで、ちょうど小学校低学年の帰宅時間帯だった。通学路に変わった形のバスがやってきてゆっくり走る。小さくて丸くてかわいい印象もある。そこに「けいまるくん」というフレンドリーなキャラクターがあるせいで、バスが子どもたちに取り囲まれてしまった。当然ながら手動運転に切り替える。「愛される姿も良し悪しですなあ」と添乗員も苦笑いだ。


 「能見台エリア」の「信号連動」は1カ所のみ。ほかの交差点は全て一旦停止し、運転者の確認ボタンを押して発車する仕組みだ。どちらかというとEVバスの挙動と一般車両との協調運行の確認が主のようだった。途中の比較的道幅の広い場所で、駐車車両を自動で避けるモードを試そうという話になって挑戦してみたけれど、すぐに対向車が来てしまって中止となった。とにかく安全第一である。通学路を含め、手動運転が多めだった気がする。苛酷なコースだから仕方ない。これも貴重なデータとなったはずだ。


●京急グループ本社:遠隔コントロールセンターの監視体制


 遠隔コントロールセンターは、京急グループ本社ビルの受付ロビーに設置されていた。誰でも見学できるオープンスペースだ。1階には京急ミュージアムがあり、デハ236号(京急の電車)が設置された吹き抜け部分の真横だった。会議用の長テーブルに椅子が2脚。その前に大型モニターが2台。左側が能見台地区循環用で、右側が虹が丘・すすき野地区循環用だ。


 各画面はいくつかに分割されており、EVバスの複数のカメラ映像を同時に映し出すほか、各種装置の状況を示すグラフが表示される。オペレーターは1人で、それぞれのモニターの表示を随時切り替えながら状況を確認している。といっても実証実験はレベル2で、運転者がいるほか、乗客に説明する添乗スタッフも同乗している。だからなんとか1人でも対応できているのだろう。


 さらに右側には中型モニターとハンドル、ゲーミングチェアがある。まるで本格的なレーシングゲーム環境だ。これは自動運転バスを遠隔操作するシステムだという。自動運転バスの目標はドライバーレスで、自動運転では対応できない場面も遠隔操作する。ハンドルとアクセルを使わなくても、例えば一時停止からの発車ボタンも遠隔操作できるようにしたいという。


 今回の実証実験では、遠隔コントロールセンターはバスの挙動や安全確認と同じくらい、乗客案内面で活躍していたように思う。LINEを使った予約システムが機能しているか、途中の停留所で乗降する人数を確認できているか、などだ。私が能見台地区循環に乗ったときは、途中の停留所で降りる人、次の停留所で乗る人、その次で降りる人がいた。実験参加者が早くも自分の用途で使いこなしているようだ。その乗降予約については遠隔コントロールセンターから添乗員に通知された。また乗るはずだった人が発車時刻までに現れないという状況があり、見切り発車するかを遠隔コントロールセンターと相談する場面もあった。


 予約システムは、乗車したら「確認」をタップする仕組みになっており、これで乗車完了、発車オーライとなる。しかし私たちのほとんどがその仕様に気付かず、試乗終了後に「確認」していた。このオペレーションも今後の課題となりそうだ。


●解決すべき課題は多い


 東急の担当者と話したところ、今後の課題としては「バスを一回り大きくしたい」という。やはり最高時速19キロメートルでは一般車両との協調は難しく、利用者も遅いと感じる。現在のEVバスはゴルフカートをベースにしており、乗降は座席1列につき両側に扉がある。この開閉も添乗員が行う状態だ。小さなバスに添乗員2人だと、既存のバスより多い。


 ただし、自動運転イコール無人運転ではない。鉄道の場合は動力車操縦者運転免許を持った運転士が列車を動かすけれども、非常ブレーキは免許を持たない車掌も操作できる。運転が自動になっても車掌が非常ブレーキを操作して安全を担保できる。これと同様に、バスも大型二種免許を持つドライバーを自動化して、旅客案内と非常ブレーキ操作役を添乗させるという方法もあるだろう。ただし、技術的にも、法律的にも可決すべき問題はある。


 自動運転を実現するために、どんな課題があるかを洗い出す作業と、サービスに必要な手順の確認作業が、実証実験の現在地といえる。


 IT企業も自動運転の車両や仕組みを開発しているけれども、それを採用すれば、実用化に当たって使用料を払う形になる。タクシーの配車アプリのように、外注すれば実入りが減るという状況になるわけだ。それならバス会社が自社開発すれば、自社で使うだけでなく、システムを販売する側に回れるかもしれない。もちろん実用化まではクリアする課題も多く、かなり長期的な戦略だ。しかしバス会社自身が開発することに意味がある。


 なお、ラストワンマイルは必ずしも自動運転やEVでする必要はない。東急バスはすでにオンデマンドバスを東京都の世田谷区宇奈根・喜多見地区で運行しているほか、世田谷区砧・祖師ヶ谷大蔵、大田区池上駅・西馬込駅接続エリア、大田区蒲田駅接続エリアで実証実験を行っている。これらが将来は自動運転になるかもしれない。オンデマンドバスはAIでルート設定する試みも行われており、別の機会にご紹介したい。


(杉山淳一)


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