立花もも 新刊レビュー 生きるとはどんなこと? さまざまなテーマで「人生観」に迫る注目作は

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2024年07月01日 00:30  リアルサウンド

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『世界の美しさを思い知れ』額賀澪 双葉文庫

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版されている新刊の中から厳選、今読むべき注目作品を紹介します。(編集部)


『世界の美しさを思い知れ』額賀澪 双葉文庫

  人気上昇中で、映画も撮影中だった俳優・蓮見尚斗が自宅で自死。享年25歳。


  主人公はそ双子の兄で、見た目は瓜二つだけれど一般会社員の貴斗。世間で言われているような、有名人の弟に対するコンプレックスも確執もなく、仲が良かった自負があるだけに、突然の死を受け止めきれずにいる。顔認証だったスマホのロックもやすやすと開ければ、弟が予定していた北海道旅行の予約履歴が出てくる。なぜかマルタ島から、誰かにプレゼントしようと思っていたらしいバレッタが届く。弟に訪れるはずだった未来を追いかけるように、過去に手がかりを探すように、貴斗は北海道へ、マルタ島へと、旅をする。そうして少しずつ「尚斗」に飲み込まれていく貴斗の葛藤が、痛い。


  だからこそ、物語の隙間に挟み込まれるSNSのコメントやニュース記事に、本気で腹が立ってしまった。お前たちに、何がわかるのか。愛をこめているつもりで邪推して、好き勝手に騒ぎやがって。――でもその瞬間、自分だって同じなのだと激しい罪悪にも襲われる。自分も同じことをしていないとは、言いきれない。そう突きつける鋭い刃が、この小説には忍ばされている。


  きっと、悲しみを、誰かを悪者にすることでしか癒せないのだと思う。ただのファンは、その人の実像には、好き勝手言うことでしか関われないから。でもそれは、誰より近くにいたはずの貴斗とて同じなのだ。どれだけ似ていても、半身のような存在であっても、なぜ死んでしまったのかは、わからない。できるのはただ、愛する人を変わらず愛しながら、生きること。死で、その人の生きた痕跡を、歪めてしまわないことだけだ。その決意を証明するかのようなラストに、目頭が熱くなる。美しいけれど、痛くて厳しい。他の作品にも通底する、著者の筆致が好きだなあ、と思いながら。



『死んだ山田と教室』金子玲介 講談社

  突然の死に触れると、もう二度と会えないなんていやだと心から思う。でもだからといって、生きていない状態でこの世にとどまり続けるのは、死ぬよりもっとつらいことなんだな、と本作を読んで思った。


  クラスで人気者だった山田が交通事故で亡くなり、クラスメートが悲しみにくれていたそのとき、教室中に響きわたる山田の声。どうやら二年E組のスピーカーに憑依してしまったらしい山田と友人たちの、不可思議な青春劇である。


  文章で読んでいるぶんには、ふつうの高校生たちの会話と何も変わらない。けれどふと、想像してみると、ひどく切ない気持ちにさせられる。クラスメートと担任以外に状況を知られないため、「おちんちん体操第二」という男子校ならではのふざけた合言葉をきっかけにしか、声を発することができない山田。それ以外は、どんなに楽しそうな会話が聞こえてきても、まざることはできない。土日は、ひとりぼっちだ。だから、ラジオパーソナリティの真似をして延々とひとりで、話し続ける。やがて月日が流れれば、クラスメートは進級し、教室からいなくなる。いったい山田は、いつまでその場所にいるのか。そもそもどうして、憑依なんてしてしまったのか――。


  死んだ人のことを、いつまでも大事に思い続けるのはとても難しい。その人のいない未来を生きるということは、置いていくということでもある。『世界の美しさを思い知れ』と続けて読んだために、なんだかいろいろと考えてしまった。しんみりしながら最後のページをめくったら、次回作の予告が。タイトルは『死んだ石井の大群』。なんだそれは、どういうことだ。超読みたい。



『一番の恋人』君嶋彼方 角川書店

  かといって、生きていれば何もかもOKかといえば、そんなわけがないのである。二年付き合っても変わらず大好きで、日々幸せをかみしめている一番は、恋人の千凪からの愛情を疑ってはいなかったし、プロポーズすれば当然のことながら喜んでくれると信じていた。だが、彼女は言う。「番ちゃんのこと、好きだよ。でも、愛してない。愛してると思ったことは、今までで一度もない」


  アロマンティック・アセクシャル。他者に恋愛感情も性的な欲求を抱くことがないのだと、千凪が心底の自覚をしたのは、残酷なことに、一度はプロポーズをOKしたあとだった。どうして誰のことも好きになれないのか。自分を粗雑に扱ってきた元カレや、これまでに出会ったどの男性に比べても、一番は優しいし、一緒にいるのも居心地がいい。だけど、独占欲は湧かないし、セックスにも喜びはない。ただ億劫なだけ。その告白は、当然ながら、一番のことをひどく傷つける。それでも、どうにか一緒にいるため、二人は「愛のない結婚」をしようと決める。


  千凪は、他人にとやかくいわれない肩書がほしかった。恋人がいれば、結婚すれば、目立たず、「普通」のふりをして生きていける。母親の望む娘でもあれる。一番も、結婚したかった。千凪のことが大好きで離れたくないのはもちろんだけど、そうすれば父親の期待に応えることができるから。その根深い呪縛に、共感する読者も多いだろう。「普通なんてものはないってよく聞くけどさ。あるよね、普通って。普通はこうすべきとか、普通はこんなことしないとかさ。そういった普通が自分の中に絶対あるくせに、なんでないふりして綺麗事言えるんだろうなって、ずっと思ってた」。そんな千凪のセリフが突き刺さる。



『猫と罰』宇津木健太郎 新潮社

 「猫に九生あり」というのはイギリスのことわざだが、本作は本当に九回目――最後の生を生きる猫が主人公。〈己という名前の無い猫をなあなあで居つかせたあの男との関係は、結局あいつが己に名前を付けないままに終わってしまった〉という冒頭の一文に「なんだか、あれっぽいな」と思って読みはじめたら、大正解であった。猫好きはもとより、「書くこと」「読むこと」が大好きな読者にはうってつけの一作である(ネタバレになるからこれ以上は言わない)。


  八度の転生によって、人間なんてものにあきあきしている主人公猫は、最後は孤独に生きることを決めていたのだけれど、なんの因果か、魔女と呼ばれる女の住処に迷いこむ。北斗堂という名の古書店で、たくさんの猫に囲まれて暮らす彼女は、猫と会話ができるらしいのだが、それだけでなく、集まる猫たちもまた奇妙な因果を背負っていた。


  みずから孤独を選ぶのは、信じたいのに信じさせてもらえなかった過去があるからである。そんな主人公猫(通称クロ)が、痛みから解き放たれるきっかけが、魔女やほかの猫と触れあううち、北斗堂を訪れる一人の孤独な少女に、みずから手を差し伸べようとしていく姿に、不覚にもぐっときてしまった。自分を癒すためでなく、誰かの孤独を埋めるために寄り添おうとする心を、人は愛と呼ぶのだと思う。


  個人的に、猫を飼ったことはないし、動物はそもそも苦手なので、ハートフルな動物モノにピンときたことはあまりないのだが、この小説はおもしろかったし、単純に羨ましくもなった。こんなふうに、相手が人であろうと猫であろうと、想いあう関係を築けたらそれだけで生きている意味はあるな、と。人間同士ではたどりつけない、猫と人間だからこそつながることのできる絆もあるのだろうと思うと、世界を見つめるまなざしも、また変わる。


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  • 「猫と罰」読了済み。困難に立ち向かう人こそ、読んでほしいです。
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