「新札」登場で現金派はどうなる? 券売機のコストがもたらす影響

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2024年07月01日 09:51  ITmedia ビジネスオンライン

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新札導入で社会は変わる?

 2024年7月3日、日本は約20年ぶりに新紙幣を導入する。1万円札、5000円札、1000円札のデザインが一新され、最新の偽造防止技術が導入され、世界初の3Dホログラム技術をはじめとする最先端の偽造防止技術が採用。さらにユニバーサルデザインの観点から視覚障害者のための識別機能も強化される。


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 この変更は単なるデザイン刷新ではなく、日本の決済環境に大きな影響を与える可能性を秘めている。特に注目すべきは、新紙幣対応の現金取扱機器の更新遅れが、キャッシュレス決済の普及を加速させる可能性があることだ。


 経済産業省の「キャッシュレス・ビジョン」によれば、政府は2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に、さらに将来的には80%に引き上げることを目標としている。すでに2024年3月時点で39.3%(126.7兆円)に達しており、第一目標の達成は目前だ。


 キャッシュレス決済の急速な普及をけん引しているのは、QRコード決済に代表されるスマートフォン決済である。決済インフラやコンサルティングを提供するインフキュリオン((東京都千代田区))の調査によると、コード決済アプリの利用率は2019年の27%から2024年には68%へと急増している。特にPayPayの利用率は51%に達し、楽天ペイも23%と躍進を見せている。


 一方、クレジットカードの利用も堅調だ。利用率は78%と高水準を維持しており、特に「タッチ決済」の普及が注目される。クレジットカード利用者の50%が日常的にタッチ決済を利用しており、非接触決済の利便性が浸透しつつある。


 このようにキャッシュレスが進展するなか、現金利用は1年前と比較して4割の人が「減った」とインフキュリオンの調査に対して回答した。しかし今回新紙幣が導入されるように、依然として現金は重要な役割を果たしている。いったい現金の意義はどんなところにあるのだろうか。


●デジタル時代における現金の役割


 キャッシュレス化が進む一方で、依然として「現金派」を自認する消費者が35%存在することは注目に値する。インフキュリオンの調査によれば、これらの現金派には興味深い特徴が見られる。


 まず、現金派の89%が何らかのキャッシュレス決済サービスを利用していることが分かった。これは、現金派といっても完全な現金依存ではなく、状況に応じて決済手段を使い分けている。特に、都度払いBNPL(後払い決済)の利用率では、現金派がキャッシュレス派を上回るという興味深い結果が出ている。


 では、なぜ現金派は現金を好むのか。その理由として最も多いのが、「使えるお金がどのくらいあるかを把握しやすい」というものだ。実際、この項目では現金派の48%が現金を優位とし、キャッシュレス派でさえ31%が現金の利点を認めている。これは、物理的な現金の存在が予算管理に役立つと考えられている。


 また、現金には社会的なコミュニケーション媒体としての役割も残されている。お小遣いや祝い金、習い事の謝礼などでは、現金を渡すこと自体に意味を見出す消費者が多い。これらの場面でキャッシュレス化を望む消費者は3割程度にとどまった。「先生にありがとうございましたと封筒を渡すこと自体がコミュニケーション」だとインフキュリオン コンサルティングの森岡剛氏は指摘する。


 興味深いのは、キャッシュレス派でさえ、一部の場面で現金を好む傾向があることだ。給与日前後のATM利用に関する調査では、キャッシュレス派の42%が「別の口座にお金を移動させるため」にATMを利用すると回答している。これは、口座間の資金移動やチャージにおいて、現金が媒介として使われていることを示唆している。


 森岡氏は、この点について「買い物シーンをキャッシュレス化するだけではキャッシュレスは完全には進まない。自由にコストが掛からず手軽に口座間の資金移動ができることも重要」と指摘する。キャッシュレス社会の実現には、決済手段の変革だけでなく、資金移動の利便性向上も必要ということだ。


●現金取扱機器の更新遅れがキャッシュレス化を促進


 こうした意味を持つ現金は、新紙幣の発行によりどう変わっていくのだろうか。


 新紙幣発行による最大の影響は、現金取扱機器の更新の遅れにある。ATM、券売機、両替機、現金機、セルフレジなど、現金を扱う全ての機器は新紙幣に対応するための更新が必要だ。しかし、この更新は簡単ではない。この数年で現金機・セルフレジなどが広く普及し「今回の新紙幣発行は、これまでの紙幣変更と異なる社会環境で行われる」(インフキュリオンの森岡氏)からだ。


 日本自動販売システム機械工業会によると、新紙幣発行までにATMの9割以上、駅の券売機や小売店のレジの8〜9割で準備が整う見通しだという。一方で、財務省の発表によると、新紙幣対応の進捗(しんちょく)は飲食店の食券機では5割程度、自動販売機は2〜3割にとどまる見込みだ。


 大手企業や金融機関は、新紙幣発行に先立って対応を進めているが、中小事業者にとっては大きな負担だ。新紙幣に対応した券売機は、1台当たり約100万円のコストがかかるとも言われている。ネット上では、券売機の更新に対し国の各種補助金が活用できるような情報も流れているが、全国商工団体連合会によると、実際にはほとんど国の補助金は活用できず、負担は大きい。


 このように新紙幣への対応が後手に回ることで、皮肉にもキャッシュレス決済への移行が加速する可能性がある。森岡氏は次のように分析する。「現金利用者が新紙幣を受け入れない機器に直面した時、現金の利便性は損なわれ、キャッシュレス決済への転換を促す方向に作用する可能性がある」


 経済産業省の調査では、キャッシュレス決済利用者の4割が、キャッシュレス決済が使えない店舗の利用を避ける傾向にあることが分かっている。この傾向は、新紙幣に対応していない現金取扱機器にも当てはまる可能性が高い。


●「新紙幣」発行による影響


 特に影響が大きいのは、人を介さない決済の場面だ。券売機、自動販売機、駐車場の精算機などでは、新紙幣が使えないことによる不便さが顕著に現れる。これらの場面で、スマートフォン決済やクレジットカードのタッチ決済の利便性が際立つことになる。


 ただし、この影響は一様ではない。医療機関や公共料金の支払いなど、現金決済が主流の分野では、新紙幣への対応が比較的早く進む可能性が高い。一方で、小規模な小売店や自動販売機など、更新コストが経営に大きな影響を与える分野では、対応が遅れる可能性がある。


 このように新紙幣の発行は、現金派の消費者の行動にも影響を与える可能性がある。現金取扱機器の更新遅れによって一時的に現金の利便性が低下すれば、これまで現金を好んでいた消費者もキャッシュレス決済を選択する機会が増えるかもしれない。


(金融・Fintechジャーナリスト、斎藤健二)


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  • 新紙幣未対応のお店では、貯まった小銭での支払いに柔軟に対応してくれるような気がする。当面は手数料払って両替するよりも未対応店で消化を…
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