イオングループの「データの生かし方」「生成AIの使い方」とは? 外部人材登用の理由を考察

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2024年07月02日 07:21  ITmediaエンタープライズ

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イオン CDO/DICセンター長の中山雄大氏

 データの活用を社内にどう浸透させるか、生成AIをどう有効に使うのか――。生産性向上や事業機会の創出を図るために、多くの企業がこうした課題に取り組んでいる。データ活用はDX(デジタルトランスフォーメーション)の核心でもある。


イオングループの「データの生かし方」「生成AIの使い方」とは? 外部人材登用の理由を考察


 そうした中、興味深い取り組み事例を聞いたので、今回はその内容を紹介してデータ活用について考察したい。


●イオングループのデータ活用方針 なぜ、外部人材を登用したのか?


 その事例とは、日本マイクロソフトが2024年6月24日に生成AIの最新動向について開いた記者説明会で、同社の生成AIサービス「Azure OpenAI Service」を利用したケースとして紹介された、全社グループのデータを一元的に管理・活用し、生成AIも有効に使っているイオングループの取り組みだ。


 説明に立ったイオン チーフデータオフィサー(CDO)でデータイノベーションセンター(DIC)センター長を務める中山雄大氏はまず、イオングループのデータ活用方針について「イオングループが持つ多様な接点から得られるデータでお客さまのニーズを多面的に理解し、データに基づく科学的なアプローチによってお客さまの体験価値向上と利益最大化を両立させる」ことを挙げた。


 具体的には、スーパーマーケットをはじめとしておよそ300社からなる業態の異なる事業会社が生み出すデータをグループ全体で柔軟に活用できる仕組みを構築し、顧客ニーズを多面的に理解できるようにする。そして、図1の右側にあるようにあらゆる局面でデータを活用し、他社と差別化されたサービスを提供することにより、体験価値向上と利益最大化を両立させようというものだ。


 イオングループがこうした取り組みを本格的に始めたのは2021年。イオングループのデータを一元的に管理・活用するDICを持ち株会社イオン内の専門組織として同年3月に発足し、さまざまな企業でデータ活用の研究や実践に取り組んできたエキスパートの中山氏がCDOとして入社しセンター長に就いたことから動き出した。


 DICの目的は、「グループ全体でデータに基づく事業価値創造を実践する」ことだ。その活動は、データ活用に向けてデータサイエンスやアナリティクス、データエンジ二アリング、ビジネスエンゲージメントの専門人材を「ほぼ中途採用で揃えた」(中山氏)とのことだ(図2)。ちなみにビジネスエンゲージメントはデータサイエンティストなどと事業会社を結び付けることで、筆者はこの役目が企業におけるデータ活用の要だと見ている。


 DICが取り組んでいることは大きく3つある。


1. アナリティクスの内製化: Azure OpenAI Serviceをベースに自分たちが必要なデータ分析ツールを全て内製化している。中山氏によると、「内製化することで、スピード、品質、コスト、技術蓄積といった面でメリットがある」。この内製化へのこだわりが、DICの真骨頂といえそうだ


2. ベストプラクティスの展開: グループ横断でのデータ活用によるベストプラクティスの展開に注力している


3. 新しい事業機会の探索: 例えば、医療データの活用がこの一つだ。イオンと医療データは一見、結び付かないように思えるが、同グループにはおよそ56万人の従業員がいることから、健康保険組合で管理している従業員のデータを分析すれば、ヘルスケア分野での事業機会を探ることができる。DICでは生成AIも新たな事業機会を獲得するツールとして位置付けている


●イオンはなぜ、外部人材を登用してDICを発足させたのか


 中山氏は、生成AIの活用事例として「商品説明自動生成AI」と「イオン景気インデックス」といった2つの取り組みを紹介した。


 商品説明自動生成AIは、主にEコマースでの商品説明の質的向上を目的としている。取り組みの背景について同氏は、「商品説明を精緻化することはEコマースの強化にとって必要不可欠だ。だが、リソースが限られており、全てのコンテンツを手動で作成するのは現実的ではない。さらに、一貫性のある高品質なコンテンツを維持するのは極めて困難だ」と説明した。


 この取り組みによる効果として、同氏は「従業員作業効率向上」と「品質および顧客体験改善」を挙げた。従業員作業効率向上については、コンテンツ生成を自動化することにより、作業負荷およびコストを削減し、「生成AI導入後、セールスコピー検討時間工数を60%削減した」(中山氏)という(図3)。


 また、品質および顧客体験改善については、コンテンツの品質改善によりページビュー(PV)の増加と顧客体験の向上を実現した。図4の下段のグラフは、PV数増加の効果をPoC(実証実験)で検証した結果だとしている。


 一方、イオン景気インデックスは、グループ全体の売上実績データと日常の買い物の第一線に立つ店長たちの気付きを照らし合わせて地域別および業態別の景気動向を「見える化」するのが目的だ。この取り組みの背景について中山氏は、「既存の景気指標はタイムラグがあり、現場業務に生かしにくい。また、消費者の生活実感と乖離(かいり)しているとの声もあるなど、実用化に向けた課題があった。こうした中で、タイムリーに日々の景況感を分かりやすく反映することが求められている」と説明した。


 具体的には、店長アンケートやPOSデータ解析を行い、その内容を生成AIで要約した情報を素早く作成して提供することにより、顧客ニーズへの迅速な対応、顧客体験のさらなる向上、さらには地域経済の活性化に貢献する考えだ(図5)。


 今回のイオングループの話で筆者が最も注目したのは、販売や顧客のデータ活用に早くから着手している流通小売業の代表的な存在であるイオングループが、DXに向けてデータドリブン経営を推進するためにデータを活用する専門組織を設けたことだ。しかもそれが3年前で、中山氏をはじめ専門組織のメンバーもほぼ外部からの採用となれば、社内とはいえ既存の事業会社などとの良好な関係作りに苦労してきたのではないか。筆者はDXの取材でそんな例を数多く見てきた。会見の質疑応答でその点について聞くと、中山氏は次のように答えた。


 「ご推察の通り、当初は関係作りに苦労したが、グループとしてデータドリブン経営を推進するという方向性を経営トップが明確に示したので、事業会社もDXへの方向性は認識していた。ただ、現場が忙しいこともあって当初は事業会社に軽くあしらわれるケースが少なくなかった。それでも的確なデータ分析や生成AIをこんなふうに使えば、業務の生産性向上や新しい事業機会につながると提案し、実際に成果を上げることで少しずつDICの評判が高まってきたと感じている。最近では事業会社から、こんな新しいことができないかといった相談も増えてきており、DICの役割の重要性を実感している」


 非常に興味深いコメントだ。中山氏は「当初は関係作りに苦労した」ことを率直に認めた。一方で、グループ全体への経営トップの明確な指示があったことや、DICが事業会社に提案型アプローチで関係作りを図ってきたことが見て取れる。


 つまり、DICはこれからイオングループが目指すべきデータドリブン経営の起点であり、今後は司令塔とプラットフォームを担う存在になり得る。まずはそうした方向性をグループ全体に知らしめる。それがDICを発足させた経営トップの狙いだと筆者はみた。


 さらにいえば、今回はIT部門との関係性やDXの推進役をどこが担うのかについて聞けなかったが、おそらくDICはグループの全てのデータを一元管理・活用する役割に徹し、基幹をはじめとした業務システムに関してはIT部門、DXの実践については基本的に現場主導で、それぞれが棲み分けているのではないかと推察する。その全貌について、改めて話を聞く機会を得たい。


○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功


フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。


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