街中でEV車はそれほど見かけないのに、なぜ「使われない充電器」がたくさんあるのか

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2024年07月03日 06:40  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ「使われないEV充電器」がたくさんあるの?

 2030年までに30万口の充電器を設置――。そんな「国策」を受けてEV充電器のインフラ整備ビジネスが盛り上がっている。そこで独特の存在感を放っているのが、Terra Charge(テラチャージ)社だ。


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 同社はもともと、2010年に創業してインドやフィリピンなどグローバルで電動スクーターなどのEV事業を展開してきたテラモーターズが2022年に立ち上げたEV充電インフラ事業だった。しかし、国内のEV充電インフラ事業に注力しようということで2024年2月、社名をテラモーターズからテラチャージに変更したのだ。


 そんなテラチャージがなぜ業界で注目を集めているのかというと、「完全無料」を打ち出しているからだ。


「設置・運用にかかる費用は完全無料で、EV充電器を設置するプランをご用意しております。補助金申請代行から、設置工事、運用管理・メンテナンスも全てテラチャージが担います」(テラチャージ公式Webサイトより)


 商業施設やホテル・旅館などからすれば、こんなにありがたい話はない。ということで、同社の公式Webサイトによれば機械式駐車場、賃貸マンション、公共施設などに続々と設置が進んでいる。


 例えば、6月3日には「コジマ×ビックカメラ 足立加平店」が急速充電器のサービスを開始したが、これは「急速充電器の無料設置」を全国で進めるテラチャージの第1号基だという。


 では、なぜ同社は「完全無料」というかなり攻めた売り方ができるのかというと、「国の補助金」である。経産省はEVインフラ整備のためにこれまで多くの補助金を出してきているが、ここにきてさらにその流れを加速させている。2024年度分はなんと前年度予算(175億円)の倍となる360億円を補助金に充てる方針を固めているのだ。


●EV普及促進の裏にある日本のシビアな現実


 「EVを普及させていくためにはしょうがない出費だ」と思う人も多いだろう。もちろん、インフラ整備というものは、まず張り巡らせなくてはいけない部分があるのは事実だ。ただ、補助金で賄えるからといって、毎年約59万人の人口が消えていくこの国で「産めよ、殖せよ」というノリでインフラを急拡大していくわけにもいかない。


 そんな日本のシビアな現実がうかがえるようなニュースがちょっと前にあった。


 東京駅から総武線快速で約90分の場所に、千葉県山武市というところがある。九十久里浜に面した自然の豊かな場所だが、EVシフトという世界的な潮流を早々にとらえて、補助金を使って2014年10月に市役所などに急速充電器を4基設置していた。しかし、それが2024年5月に運用が停止され、撤去されることとなったのである。


 理由はシンプルに「使われない」からだ。


 山武市によれば、これらの急速充電器は2014年から2024年までで415回しか使われず、この10年間で約2200万円の赤字が出たという。


 実はこのように「補助金が出る」ことから軽い気持ちでサクっと設置したものの、いざ運用してみると「使われない充電スポット」になってしまうリスクがあるのだ。この背景について、充電器設置事業関係者はこのように語る。


 「稼働率が低い理由はさまざまな要素があります。まず拠点のニーズに見合った導入計画ではなかったことが挙げられます。このほかには、アプリの使い勝手も大切ですし、ローミング(利用者が契約している事業者とは異なる充電設備でもサービスを利用できる機能)などの利用促進施策があるかも重要ですし、やはり料金も大きいです。定額プランなど、柔軟な料金体系を導入している充電設備会社の充電器は、稼働率が高いですね」


 このような「使われない充電スポット」問題は各事業者の頭を悩ませていて、それは「完全無料」をうたって急速に充電インフラを広げているテラチャージにも当てはまる。


●お世辞にも高いとは言えない稼働率


 同社のアプリは、地図でテラチャージの充電スポットが示され、アプリ上から予約できることもあって、それぞれのスポットが利用中かどうかも一目瞭然だ。筆者が見たときは「利用可能」ばかりで、お世辞にも稼働率が高いようにはうかがえなかったのだ。


 充電インフラ事業者各社の充電器の中で稼働している割合を調べて、継続的にSNSで発信している「株夫」というアカウントがある。その投稿を見ていると、同業者であるエネチェンジやプラゴの稼働率に比べて低い傾向がある。


 例えば、6月15日の午後1時50分から午後2時5分ごろの状況を見ると、エネチェンジは2329基中、稼働しているのは156基なので稼働率は6.7%。プラゴは231基中、稼働は6基で同2.6%。対してテラチャージは2182基中、稼働は12基ということで、わずか同0.5%にとどまっている。


 株夫さんはこのように、これまで継続的に3社の状況を調べているのだが、テラチャージの稼働率が低い傾向はそれほど変わっていない。


 とはいえ、これはあくまで個人が調べていることであって、しかも24時間モニタリングをしているわけでもない。やはり正確な稼働率データを知るためには、サービスを提供するテラチャージに確認しなくてはいけない。


●テラチャージと東京都に問い合わせてみた


 ということで、同社に充電器事業の現状に加えて、「テラチャージのアプリで稼働率を試算しているSNSユーザーの投稿を見ると、他事業者よりもかなり稼働率が低いように感じますが、これについてはどうお考えかうかがいたい」と問い合わせをしたところ、広報担当者から丁寧にこんな返答を頂戴した。


 「社内で慎重に検討させていただいたところ、急速充電については立ち上げから時間がたっておらず、現時点で公表できる内容が限られているため、今回は取材を見送らせていただきたく存じます」


 そういう事情ならばしょうがないと思う一方で、どうにか稼働率が分からないものかと東京都に問い合わせてみることにした。テラチャージのアプリを確認すると、同社の充電スポットには小金井公園、武蔵野の森公園、東綾瀬公園、中川公園、木場公園など「都有施設」(都が所有する施設)にも多く設置されており、やはりそんなに稼働しているように見えないからだ。


 しかし、東京都環境局の担当者によれば、「個別の施設でどれくらい使われているかなどのデータは都としては現在、集計・分析中です」という。


 一般庶民の感覚では「都の公共施設に設置された充電器なのだから、透明性の観点からもシビアに稼働率などをチェックしているのでは」とも思う。しかし担当者と話をしているうちに、そういうスタンスをとっていない理由が見えてきた。


 「これらの充電器は、まずはEV普及のためにインフラ設備を設置していく都の設置目標に基づいて、都が管理する施設に率先して設置するという考え方から進めているものです。


 ですから、周辺の交通量や使用率でこの施設を選んだというより、施設条件に基づく整備方針を定めています。例えば50台以上が収容できる駐車場の場合、普通充電器は8口、急速充電器2口の設置を原則とし、施設の条件を勘案して設置しています」(担当者)


 つまり、国としてもまずはインフラとして「設置ありき」でこの事業を進めている。そうしたこともあって、個別の充電器がどれほど使われているとか、使われていないなどは現時点でそこまで「重視」していないのだ。


●経産省の担当者に聞いてみた


 これが「使われない充電器」が生まれる構造的な問題である。国としては「EV普及」という大義があるが、2024年5月のデータでもBEV(電気自動車)とPHEV(プラグインハイブリッド車)と合わせてもシェアは2.4%程度で、欧米や中国と比べるとほど遠い(出典:日本自動車販売協会連合会および全国軽自動車協会連合会のデータより)。


 そこで、この大義を進めるために打ち出したのが「2030年までに30万口の充電器」という目標だ。そんな中で「ここは稼働率が高いので設置しよう」とか「低いからやめよう」というような細かいことを言っていたら、とても目標は達成できない。となると、残された道は補助金を突っ込んで、「設置できるところにどんどん設置していく」という作戦である。


 そこでガンガン使われたら「当たり」だが、山武市のようになってしまうと「ハズレ」。もちろん、この場合は急速充電器ではあるのだが、普通充電器に関しても同様に「使われない充電器」になるか否かは、つくってみないことには分からない現状があるのだ。


 「お国の事情」はよく分かるが、われわれの貴重な血税も含まれる補助金を使っている以上、そんな「バクチ」のようなことでいいのか。そこで経産省製造産業局自動車課の担当者に「使われない充電スポット」問題について質問したところ、こんな答えが返ってきた。


 「充電器の稼働率は非常に重要なポイントだという認識で、4月22日に開催された『第7回 充電インフラ整備促進に関する検討会』でも議題に上げさせていただきました。今後は補助金を活用して設置した充電器は、稼働率などを事業者のホームページなどで公表するのかということも含めて検討を進めてまいります」


 2024年6月時点、稼働実績を公表しているのはイーモビリティパワー、エネチェンジ、ユアスタンド、ユビ電の4社のみ。だが、今後は先ほど触れたテラチャージも含めて補助金を用いた充電器は全て稼働率をオープンにすべきではないか、という議論が事業者の間でも行われているという。


●稼働率公表が義務化された場合


 もちろん、課題は多い。例えば、会社によって稼働率の算出方法や開示項目およびその定義が異なっているので、これを経産省のもとで「統一」しなくてはいけない。


 では、もし稼働率公表が義務化されれば、充電インフラ整備の進め方はどのように変わっていくのか。前出の充電器事業者関係者はこんな近未来を予見する。


 「補助金を使っている以上、稼働率を重視していく流れは当然です。今後は稼働率の公表を含むEVユーザーへの情報提供の高度化が推進され、費用対効果の高い施設や利用プランの設計が優先的に補助金を受けられる前提となっていくのではないでしょうか」


 そんな“読み”を裏付けるように、前出の経産省担当者も「補助金の要件に稼働率を入れるか否かなどあらゆる可能性を検討していく」という。


 「いまさら?」とあきれる人も多いだろうが、EVインフラ整備にもここにきていよいよ「費用対効果」の視点が盛り込まれていくかもしれないのだ。


 確かに国民感情としては、いくら国から「地球のためにEVに乗りましょう」と呼びかけられたところで、そのインフラ整備に自分たちの税金が費用対効果を度外視で注ぎ込まれていたら、「EVってなんかうさんくせえ」とシラけてしまうだろう。


 本当にEVを普及したいのなら、「ブラックボックス」はつくらずに、充電インフラの実情をつつみ隠すことなく全てオープンにすることから始めるべきではないのか。


(窪田順生)


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