45歳だった私がハマった「年下の彼」のこと
「今思えば、どうしてあんなに彼に執着したのかわからないんです」ルリコさん(50歳)はそう言ってうつむいた。彼というのは、職場の20代男性だ。当時、45歳だった彼女は、27歳の後輩に恋をした。彼女には学生時代から付き合って結婚した夫もいたし、大学生になったばかりの娘もいた。
「結婚生活に不満はなかった。夫との関係も悪くなかった。それなのに年下の彼を好きになってしまったんです。もちろん、そんな気持ちを彼に伝える気はなかった。でも、彼のほうから近づいてきたんです。
残業の帰り、飲み会の帰りに何度も口説かれました。年齢差もあるし、私は結婚しているからと言い続けたけど、それでも『好きなんです。あなたが僕の理想の人なんだ』という言葉に、ついに抗うことができなくなった」
食事代もホテル代も「負い目から」私が払った
彼は独身だった。食事をしても飲みに行っても、支払いはルリコさんだった。たまに彼が「今日は僕が奢る」と言うこともあったが、ルリコさんはわざわざ安い居酒屋を指定した。ホテル代も彼女が払っていたという。「こんなオバさんの相手をさせて申し訳ないという負い目が強くて。彼の誕生日には欲しがっていた時計をプレゼントしたこともあります。好きだという気持ちが強くて、できることはなんでもしたかった。その代わり、一緒にいるときは思い切り甘えました」
思えば学生時代から対等に付き合ってきた夫とは、甘えたり甘えられたりする関係ではなかった。家庭も子育ても共同作業だった。夫に弱音を吐くまいという気持ちも強かったとルリコさんは言う。
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年下彼には、何の構えも必要なかった。彼のほしいものを与え、見返りに性を堪能し、どっぷり甘えた。「むき出しの女でいられた」と彼女は印象的な言葉をつぶやいた。
彼の気持ちが遠のき、別の女性の気配が?
1年ほど経つと、彼の気持ちが潮を引くように遠のいていくのをルリコさんは感じていた。彼を引き止めたかった。「なりふりかまわず、彼にプレゼント攻撃して、わざと大事な仕事を彼にやらせることにして裏で私がうまくやって彼の手柄にしてあげたり。彼の心が離れていかないように必死でした。でも何をやっても、ダメなときはダメなんですよね」
彼は、彼女の夫にバレるのを恐れただけではなく、同世代の気になる女性ができたらしい。それが誰なのか、ルリコさんは必死で探った。どうやら同じ職場らしいとわかったとき、彼女はその女性を呼び出して、必要以上に仕事のダメ出しをした。
「彼女が私を嫌って会社を辞めてくれれば、彼は私に戻ってくるんじゃないかと思ったんです。あのときの心理状態って、ほんとうに変でした。自分でも何をしているのかわからないくらい。バカですよね、私」
公私とも行動がエスカレート、警察沙汰に
退社する彼を待ち伏せ、食事に誘った。彼は「今日は実家に帰らないといけない」とか「学生時代の友だちと会う」とか言い訳をして去っていく。彼女は泣きながらあとを追ったこともある。「いよいよ彼の気持ちがもう私にないとわかってからは、毎日、何度もメッセージを送ったり、ひとり暮らしの部屋の前で待っていたり。夫だって娘だっておかしいと思ったんでしょう、大丈夫かと毎日のように聞かれました」
年下彼もほとほと困ったのだろう。とうとう上司に相談した。ルリコさんも信頼していた上司だった。上司は彼女を呼び、事情を聞きたいと言ってくれた。
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ついに警察に呼び出された。彼が警察に相談したのだ。上司と相談の上だった。そこでルリコさんはようやく目が覚めたという。
「彼の気持ちが云々という前に、夫と娘に知られたくないとまず思ったんです。家族を失うかもしれない恐怖感でパニックになりました」
結局、彼女は心身のストレスということで退職した。それなりにキャリアを積んできたのに、どうしてあんなことになったのか。今となっては後悔しかないという。
「何も知らない夫と娘は心配してくれて……。ただ、あれほどの恋愛感情に振り回された自分の気持ちは、なかなか分析できなかった。心療内科にかかってカウンセリングも受けたけど、魔が差したとしか思えないんです。
彼がきちんと別れ話をしてくれれば、あんな態度には出なかったのかもしれないと思っていたけど、いや、やっぱりどうなっていても、私はあんな行動をとったかもしれない。うまく整理はできないけど、恋する気持ちを自分で受け止められなかったんでしょうね」
それでもようやく去年からパートで仕事を始めることができた。恋は怖い。自分を失ってしまうから。彼女はそう語ってくれた。
大人だから「器用な恋」ができるとは限らない。恋する気持ちは、時にその本人の心まで飲み込み、乱してしまうのかもしれない。
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亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))