末期がんで余命宣告され、入退院を繰り返す父。「うちに帰りたい」。父の最後の願いを叶えるために、86歳の母は2人暮らしの自宅で看取りを覚悟した。息子で映画監督の村上浩康(58)はカメラを手に取り、約40日に渡る両親の最後の日々をドキュメンタリー映画『あなたのおみとり』(9月14日公開)としてまとめた。
映画の題材になると実感
そもそも両親を被写体にしたドキュメンタリーなど撮るつもりはなかったという村上監督。ではなぜカメラを向けたのか?それは実家に帰省するための口実だった。
地域医療サービスを受けながらの手探り状態の在宅看取り。帰郷のたびに介護の方針をめぐって母と口論することが増えた。居間の介護ベッドに横たわり衰弱していく父を直視するのも辛かった。母に協力したいのはやまやまだが、実家に帰るのは気が引ける。村上監督はそんな葛藤を抱えていたという。
「お互いにとってすべてが初めてのことですから、些細なことで母と喧嘩になるし、父は父で日に日に元気がなくなっていくわけで…。もう実家に帰るのが嫌になっていました。どうすれば自分は積極的に父の看取りに取り組めるようになるのか?そう考えたとき、カメラを回すことを思いつきました。映像に記録することを口実にして、実家に行く機会を増やそうとしたわけです」
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ところが思わぬ発見がカメラを通して見えてきた。「負担の大きい在宅介護のリアルやオレオレ詐欺など超高齢社会が抱える問題、地域医療の大切さ、ヘルパーさんたちの献身と過酷な労働の現実、ご近所付き合いの大切さ…。撮影を開始してすぐに『これは映画になる!』と確信しました。その瞬間から私の脳は看取りを手伝う息子からドキュメンタリー監督モードに切り替わり、積極的に介護と看取りの現場に立ち会うようになりました」
息子の最後の我儘を許す父
生を終えようとする人を撮る。しかもそれが父であれば情もわき、ためらいも生まれるだろう。しかし、父は言葉にせずとも息子の密着撮影を許してくれた。
「本人はどのような気持ちなのかと試しにカメラを回したとき、父はチラッとこちらを見るだけで何も言いませんでした。その時の父はまだ会話はできましたから、撮られるのが嫌だったら『やめろ』と言えたはず。しかし何も言わず普段通り。息子の最後の我儘を許してくれたのだと思います。だから私もそこから遠慮も躊躇もなく、一人の人間が死にゆく様を徹底的に撮ろうと腹を括りました」
息子という立場を捨てて記録者としてファインダーを覗いてみると、口論が絶えなかった母の姿も思いのほかキュートに見えたのだから不思議だった。
「私と母は性格が似ているので会えばいつも喧嘩ばかり。それがカメラを通して両親の姿を客観的に見ると『あれ?うちのお袋って結構面白い人じゃん!?』と。ゼロではないですが、この作品以降は母と喧嘩する機会も減りました」
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厳しい状況を記録する意味
劇中では、母が不整脈で倒れるという不測の事態も映し出される。この時に村上監督は「記録する意味」を実感したという。
「父も危ないのに母も高齢で危ないという大ピンチ。普通だったらオロオロするでしょうが、撮影をしているとどんな厳しい状況でも一歩引いて客観的に受け止めることができて、冷静に対処する自分がいました。介護とは決して楽なものではありません。一人で泥沼に入り込んでいくような気持ちになることもあるでしょう。そんなときに記録するという行為は、気持ちを整理する意味でも役立ちます。映像でも写真でも日記でもいい。日々を記録してそれを見直すことで自分の気持ちが整理されると共に、自分自身を客観視することができるのです」
題材は親の看取りというヘヴィなものだが、作風は意外なほどカラッとしている。介護あるあるや家族ならではの些細な悶着を挿入することで、あえてユーモアを忍ばせ、介護や看取り、その先に待つ死を日常の延長にあるものとしてナチュラルに描いているからだ。
「親の看取りは誰しもが悲しいと感じるものでしょうが、私は悲しいだけの映画にはしたくありませんでした。というか、この看取りの期間はむしろ楽しかった。不謹慎かもしれませんが、まったく悲しくなかった。私には介護という知られざる世界をカメラで覗き込む充実感があり、母は福祉関係の方々との新しい出会いとコミュニケーションを通してどんどん生き生きとしていく。まるで父の生命のエネルギーが母に移行しているような感覚。人間の死とは、ただ命が消えるのではなく、他の誰かにエネルギーとして移っていくのではないか?今まで考えもしなかったことが象徴的に感じられる日々でした」
福祉制度への提言
村上監督には本作を見てもらいたかった人がいる。完成前に亡くなった父だ。
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「父の晩年は孤独な老後でした。しかし父は、母はもちろんのこと様々な人の手を借りて召されていきました。人間とは死ぬまで、そして骨となって消えるまで社会と繋がっている。父の姿を通して、社会の中で生まれ社会の中で死んでいく普遍的な人間の営みを見た気がします。作品のゴールは父の死なわけですから、当然完成作を見せることは物理的に不可能です。でも『これだけの人があなたのことを最後まで看取ってくれたんだよ』と、父にも見て感じてもらいたかったです」
村上壮さん、享年91歳。
「看取りや介護に100%後悔がないということはあり得ないと思います。しかし看取りとはお別れの期間であり、その時間をどう過ごすことが出来たのか?それが重要だと実感しました。父が私たちの看取りに満足したのかどうか、それはわかりません。ただ本人の希望通り、自宅で息を引き取ることが出来たという全う感はあったのではないでしょうか。私としてはドキュメンタリー監督として撮影することに専念し、作品完成を目指してきたので、この映画が公開されてお客さんに見ていただいて初めて息子として父の看取りを終わらせることができると考えています」
最後に村上監督は当事者家族として言葉に力を込めた。
「自宅での看取りは福祉の力を借りなければ絶対にできませんでした。特にヘルパーさんは実務的な介護のほか、私たち家族の精神的支えにもなってくれました。父にとっても最後まで肉体的接触のある人は家族以外ではヘルパーさんだけ。その温もりによって父も最期まで社会的繋がりを感じていたはず。しかし現在の日本の制度はそのような仕事に従事する方々を冷遇しています。私の父は幸いにも家族がいましたが、孤独死が珍しくない今、福祉に携わる方々の待遇を厚くしていかないと、なり手不足に陥り本当の意味での孤独な死を招くことになります。実家で父を看取った当事者として、これだけは声を大にして言いたいです」
村上浩康(むらかみ・ひろやす)
映画監督。1966年宮城県仙台市生まれ。2012年『流 ながれ』で文部科学大臣賞。2019年多摩川河口干潟を舞台にした連作『東京干潟』『蟹の惑星』で新藤兼人賞金賞、文化庁優秀記録映画賞、門真国際映画祭最優秀ドキュメンタリー作品賞、座・高円寺ドキュメンタリー映画祭大賞、キネマ旬報文化映画ベスト10入賞。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)
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