キングジムの製品は、よく「キングジムらしい」という言葉で表されます。
例えばデジタルメモ「ポメラ」は、ノートパソコンが普及している中で、テキスト入力に特化した折り畳みキーボードを搭載したマシンとして登場しました。その折り畳みキーボードのギミックと思い切って機能をシンプルにした潔さが大ヒットにつながったのです。
誰にでも便利というわけではないけれど、刺さる人には確実に刺さる、その感じが「キングジムらしい」なのでしょう。
ドアの向こうに人がいることを光と音で知らせてくれる「扉につけるお知らせライト」も、誰にでも便利という製品ではありませんが、これがあることで確実に助かる人がいる、そういう製品です。それを7年前に発売し、シリーズ展開するほどの隠れた人気商品となり、2024年にはリニューアル版まで登場しました。
「7年前、開発のきっかけはとても単純なもので、弊社はオフィスの上下階への移動はエレベーターと階段で行うのですが、通路が狭いこともあって、フロアから階段に向かうドアを開けると、階段を降りてくる人とぶつかってしまう、ぶつかりそうになってしまうということが多々あったんです。
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そこで、当時の担当者が、勝手に注意をしてくれるもの、そもそもぶつかる前にドアの向こうに人が居ることを知らせてくれるものができないかと考え始めたのがきっかけなんです」と、キングジムの現在の「お知らせライト」シリーズ開発担当者の株式会社キングジム開発本部電子文具開発部の柴田充輝さん。
単なるセンサー付きのライトではない「お知らせライト」
最初は、自社ビルで必要に駆られての開発だったわけです。ただ、この企画にビジネスとしても可能性があることにも気が付いたからこそ、製品としての開発が始まったそうです。
「同じような問題を抱えている会社は他にもあると思ったので、みなさんはどうやってこの問題を解決しているんだろうといろいろ調べたら、例えば何十万円もかけて、扉をくりぬいて、そこにガラス窓を付けて、カーブミラー的なものを付けて……といった対策をしているところが多かったんです。
ただ、階段の扉にそんなに予算をかけられる会社も多くはないでしょうから、もっと簡単で安く、そういった機能を後付けできる製品は作れないかということで最初に誕生したのが、初代の有線タイプの『お知らせライト』です」と柴田さん。
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例えば、ドアのどの部分に取り付けるのが良いのか、ドアの前に人がいることを感知するセンサーの感度はどのくらいに設定するのか、ドアを開ける人がライトに気が付くデザインはどういうものか、などなど、クリアしなければならない要素は多く、開発も簡単なものではなかったそうです。
また、有線タイプでは取り付けられない扉もあるということで、翌年には無線タイプも発売されていますが、これも、ただ無線にするだけではなく、ペアリングが簡単に行えるようにするなどの配慮をして製品化されています。
「センサーライト自体は、世の中にたくさんあります。でも、この製品の場合、ドアの向こうにいる人だけに反応してほしいし、通り過ぎたあとはオフになるようにしなければなりません。ドアの前を人が通り過ぎたあとでも、ずっとライトが点いていると、いつまでたってもドアが開けられませんから。
シンプルな製品ですが、開発にはかなり手間がかかっているんですよ」と柴田さん。
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誰も気が付いていないけれど、誰もが持っている不満を見つける
しかも、この製品、当然ながらあまり個人には売れないでしょうから、大ヒットが望めるようなものではありません。それが製品化できるあたりがキングジムというメーカーの面白いところですし、そういうところが「キングジムらしい」を生み出す要因なのでしょう。
「弊社の方針といいますか、一番の目標としているのが『独創的な商品を作ろう』ということなんです。
そのためには、他社の真似をしないことが重要です。なので、お客様がまだ見つけていない、潜在ニーズなどと言われたりもする、“誰も気が付いてはいないけど、みんながなんとなく不満に思っていることに気付いていこう”という方針があって。
『お知らせライト』シリーズも、扉の開閉時が危ないなんて誰もが分かっているけど、わざわざその解決にお金を出そうという発想がなかったから、それを安価に解決する商品があれば買う人が必ずいるというところで、うまく潜在ニーズを掘り起こせたと思っています」と柴田さん。
その他にはない便利さでロングセラーとなった「お知らせライト」ですが、長く愛用しているユーザーが多いからこそ気が付く改善点も生まれます。
「表面にシートが露出している関係で、2年、3年と非常階段の扉などに設置されていると劣化したり、耐久性に不安があるといった声を多く頂戴したんです。こういうのは、長く使っていただいているからこそのご意見ですね。あと、電池寿命がもう少し長いといいといった声もありました。
デザインも、元々はとにかく目立たせたかったこともあって、非常口のイメージで作っていたのですが、それだと病院などでは、ちょっと怖いイメージがあって使いにくいという声もありました」と柴田さん。そこで、今回の大々的なリニューアルが行われたそうです。
会社のあちこちで試作品のテストが行われている
「電池も以前は無線タイプだとそれぞれに単2形アルカリ乾電池を4本使っていました。新商品はそれぞれに単3形アルカリ乾電池6本ですが、だいぶ軽くなりました。その上で電池寿命約2年というのはキープしています。
有線タイプは以前、片方に単3形アルカリ乾電池を3本入れる仕様だったのですが、今回は親機と子機それぞれに3本ずつ入れるようにしました。電池の本数は倍になったのですが電池寿命は半年だったのが約2年と4倍になっています。単2形アルカリ乾電池は重いだけでなく、最近は手に入りにくいというのもありました」と柴田さん。
また、「お知らせライト」はマグネットで扉にくっつけるのですが、軽量化した分、装着時の安定性も増したそうです。
キングジム製品には、マグネットでどこかにくっつけるというタイプの製品が多いのですが、これらの製品は、試作時に、会社のドアなどにいつの間にかくっつけられていて「耐久テスト中」といった付せんが貼られていたりすることも多いそうです。
こうして、社内で実際に試しながら製品が開発されているのですね。社内に貼り付けられた製品は、ちょっとずつ形の違うものが貼られていたりするので、「たぶん、新しい企画なんだな」と思って見ている社員が多いそうです。
製品を目立たせるのではなく“機能”を目立たせるリニューアル
また、今回のリニューアルの大きなポイントであるデザインの面でも、「お知らせライト」とはどういう製品なのかを改めて問い直すリニューアルが行われていました。
「この製品の一番の目的は、扉を開け閉めする際の危険をお知らせすることなのですが、そのためには“常に目立つデザイン”にしなければなりませんでした。しかし、これまで実際に製品化して長く使われてきた中で、実際には、この機器が目立つのが重要なのではなくて、点滅したら注意ということを知らせるのが重要だということが分かりました。
そこで今回のリニューアルでは、フレームをなくして、光がいろいろな方向に伸びることで、光自体がより目立つようにするということをコンセプトにデザインを考えたんです」と柴田さん。
実際にさまざまな試作品を見せていただいたのですが、どれも横からも光が漏れるように作られていました。フレームがあると、前方向にしか光が届かないため、光が見える角度が制限されてしまいますが、新しいタイプはフレームがなくなったため、光が周囲にも届いて、より目立ちます。
最初の製品の発売当初は、こういう機器自体が珍しかったこともあって、機器自体を目立たせる必要がありました。そこから7年経って、機器自体は知られるようになったため、危険を知らせている光そのものを分かりやすく見せようという方向へと進化したわけです。
こういう細かい変化に気が付いて製品開発に生かすことが、キングジムの“かゆいところに手が届く”ような製品作りにつながるのでしょう。
「実は、今回のリニューアルのきっかけは、電池交換が結構面倒だったことなんです。有線タイプは電池寿命が半年程度だったので、かなり頻繁に電池交換が必要になります。いろいろな扉を開いては動作チェックして、さらには電池交換もして……という感じでした。
もっと電池が持てばいいのにと思っていたら、お客様も同じようなことを思っていて」と柴田さん。
自分が困っていることは、いろんな人が思っていることだということが分かると、会議でもそのアイデアが採用されるという社風が、製品開発のポイントになっているのだそうです。
柴田さんの住んでいるマンションでも「お知らせライト」を使っていて、会社ではなく一般住宅だと、やや目立ち過ぎているので、もう少しシンプルな色が欲しいという住人の声もあったといいます。そういう生活の中から出てくる声も、製品開発につながっているのです。
納富 廉邦プロフィール
文房具やガジェット、革小物など小物系を中心に、さまざまな取材・執筆をこなす。『日経トレンディ』『夕刊フジ』『ITmedia NEWS』などで連載中。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方、選び方を伝える。All About 男のこだわりグッズガイド。(文:納富 廉邦(ライター))