学校の落ちこぼれだった1人の少女が、日本人女性として史上初となる宇宙飛行士の船長(コマンダー)に……。『ありす、宇宙までも』は、そんなドラマチックな物語を描いたマンガだ。
8月30日に発売された単行本第1巻は早くも漫画好きのあいだで大きな話題を呼んでおり、『チェンソーマン』で知られる藤本タツキも“ながやまこはる”名義のXにて絶賛の言葉を記していた。
ありす、宇宙までも が面白かったのでオススメです。
— ながやま こはる (@nagayama_koharu) August 30, 2024
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『ありす、宇宙までも』の作者は、『薔薇だって書けるよ』や『MAMA』などの作品を手掛けてきた漫画家・売野機子。6月3日に発売された『週刊スピリッツ』27号(小学館)から連載が行われている。
主人公の朝日田ありすは、容姿端麗で運動神経もいい“非の打ちどころのない”小学6年生。しかし実は日本語が苦手で、周囲の言うことをよく理解できておらず、勉強にも付いていけていなかった。クラスメイトたちはそんな彼女を「天然」の美少女としてかわいがるのだが、本人はひそかにそのことで傷ついている。
だがある日、「神童」と呼ばれる隣のクラスの男子・犬星類との出会いによって人生が一変。物知りな彼は、ありすが母語も第二言語も中途半端にしか習得できていない「セミリンガル」の状態ではないかと分析する。それを伝えられた彼女は、自分が“なんにでもなれる”存在であることに気づくのだった。
そしてありすは中学校に進学した後、毎日放課後の1時間を使って犬星から“賢くなる”ための特訓を受けることになる。やがて宇宙飛行士船長になる彼女が、夢を叶えるために歩き出した瞬間だ。
ハンデを背負った主人公が夢を叶えていくストーリーはある意味王道といえるが、同作の場合は本当の意味でゼロからのスタート。なにせ犬星は、学習の第一歩として小学1年生の「こくごドリル」をありすに解かせるのだ。日本語が不得手だったことから生じた学習の遅れを一気に取り戻した上で、一握りの人間しかなれない宇宙飛行士を目指す……。気が遠くなりそうなほど壮大な道のりではないだろうか。
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しかも知識を得ることによって勉強ができるようになるだけでなく、“世界の見え方”そのものが変わっていくところも描かれているのが、同作の大きな魅力だ。
『ありす、宇宙までも』で挑戦的なテーマが描かれていることは間違いないが、同じような題材に取り組んだ作品として、2023年製作の映画『哀れなるものたち』が挙げられる。同作はヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーン主演による作品で、いわば現代の女性版フランケンシュタインとでもいうべき物語だ。
同作の主人公・ベラは若い女性の姿をしているが、天才外科医・ゴッドウィンの手によって胎児の脳を移植された存在。そのため世界のことを何も知らず、世間の常識なども一切身に付いていない。劇中では彼女がさまざまな知識を身に付けていった結果、世界の見え方が変化していくところが描かれている。
社会はどんな風に成り立っているのか、人は何のために生きるべきなのか、自分の存在とは一体何なのか……。新たなことを知るたびに、それまで見ていた光景が別物へと変わっていく。
また、主人公が無知だった頃は周囲から“かわいがられる”だけの存在だったが、知識を身に付けることで1人の人間として生きる幸せを発見していく……というところも、ベラとありすの共通点だ。彼女たちの劇的な成長は、知識が人間らしく生きるための武器だということを教えてくれる。
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さらに同じ“宇宙”と関連するマンガとして、泥ノ田犬彦の『君と宇宙を歩くために』にも触れておくべきかもしれない。同作は勉強もバイトも続かないヤンキーの小林が、周囲から変わり者と敬遠される転校生・宇野と仲良くなったことで、新たな生き方を学んでいく物語だ。
小林と宇野は“普通”ができないことに苦しんでいて、それを克服するための道を少しずつ模索していく。ここでも武器となるのは知識と知恵であり、世界の見え方が変わっていく描写には感動を呼び起こされる。
ともあれ『ありす、宇宙までも』が『哀れなるものたち』や『君と宇宙を歩くために』と違うのは、第1話の時点で宇宙飛行士船長というゴール地点が示されていること。すでに分かっている結末に向かって、どのように物語が進んでいくのか……。アクロバティックな構成も含めて、今後の展開がもっとも楽しみな作品の1つだ。
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