「当選4回。40代。そんな私が総裁選に名乗りを上げたのは自民党が生まれ変わると証明したかったから」。演説会やテレビ出演が夜遅くまで続いた告示日の翌朝、街頭演説で声を張り上げたのは地元・千葉県のJR津田沼駅前だった。
東大ボート部主将を務めた熱血派だ。在米大使館勤務時代、旧民主党政権下の日米外交に危機感を覚え、財務省のキャリアを捨てて政治の世界に飛び込んだ。駅頭に立って罵声を浴びせられた当時の記憶は、党が置かれた現在の状況と重なる。
党内では経済安全保障の分野で実績を積み、保守派の政策通として頭角を現した。「鷹」をもじった「コバホーク」の愛称で慕われる。党の刷新を狙う派閥横断の中堅・若手に担がれ、当選4回という異例の早さで与党第1党の党首選に挑む。
課題は知名度不足だ。出馬を真っ先に表明した後、全国を回り、応援ソング「コバロック」もフル活用して浸透を図る。「岸田政権は長期ビジョンが共有されている感じは正直なかった」。混戦脱出のカギを握る論戦で舌鋒(ぜっぽう)は鋭さを増す。