限定公開( 1 )
存在証明や絶望を歌うロックミュージックは多い。それと親和性の高い哲学「実存主義」の先駆者がセーレン・キルケゴール。もし彼が現代に転生してギターを手にしたら――。そんな一風変わった世界観を持った漫画が「少年ジャンプ+」で連載中の『実存アンプラグド』だ。
(参考:漫画『実存アンプラグド』を読む)
この第1話が『哲学者が現代に転生したら言いたいことがありすぎてバンド始める話』としてXで投稿された。原作はアニメの脚本に多く携わってきた小森さじさん(@kosaji_ippai)、作画はまさや/かな(@masaya_kana)さん。敷居の高い思想を現代のエンタメとして昇華させた制作の裏側に迫る。(小池直也)
――Xでの反響はいかがでしたか。
小森さじ(以下、小森):3月末から連載を始めて、第1話を8月に投稿した形です。当初「キルケゴールって誰?」という反応もありましたが、Xではそれ以外の感想が多く、読者層が全然違うなという印象でした。
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まさや/かな(以下、まさや):引用リポストで感想をいくつかいただきました。もっと拡散されてほしいという気持ちはあります(笑)。
――キルケゴールが現代に転生したら、という着想はどこから?
小森:企画の伊藤(隼之介)さんが「哲学者の物語をやりませんか?」と提案してくれたのがきっかけでしたね。それから自分で描けそうだなと思った哲学者がキルケゴールだったんです。彼が現代にいたらミスコミュニケーションが面白く表現できるかもしれない、という気持ちもありました。
まさや:もともとキルケゴールが好きだったんですよね?
小森:そうなんです。もともと高校時代から好きでしたが、大学に入って始めの頃に著書「死に至る病」を読んで挫折するという(笑)。学問の楽しさと厳しさを教えてくれた人物でした。
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――彼の思想とロキノン系〜邦ロックは親和性が高いと改めて本作で感じました。
小森:本作では西洋哲学者を主人公にしたこともあり、ネタとして使うのは洋楽にしようと決めていました。個人的に好きな音楽もロックンロールからロックになっていく時代のアーティストが好きですね。
ビートルズやビーチボーイズ、エリック・クラプトン、デヴィッド・ボウイ……。そういった音楽を掘って、実存主義との関わりを感じる部分もあったり。もちろん日本のロックにも言えると思います。
――とすると、邦ロックの印象を感じたのは作画によるところが大きいと思います。
まさや:キャラクターデザインは脚本に参考イメージもあって、それを基に考えていきました。個人的に音楽は好きですが、バンドに詳しいわけではないんです。キルケゴールは体形がひょろっとしていて、前髪がモサっとしていて、ギターを背負っているミュージシャン……というイメージを形にしました。
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――小森さんの原作を、まさやさんはどう絵に落とし込むのでしょう?
まさや:シナリオ形式でお話をいただいています。この工程は今までも経験がありますが、小森さんの脚本は脳内に絵が浮かびやすい。そのイメージをコマに割ってネームにして確認してもらう感じです。
小森:演出は何かあったら言いますが、基本的に信じてお願いしていますね。受け取ってくれたものを漫画にしてもらったら、それが正解なんだろうなと。普段はアニメの脚本が多いのですが、絵コンテがズラっと並んでいくのと「コマに割る」作業は全然違うなと思っています。
まさや:1話の演奏シーンについては最初のネームに対して小森さんと伊藤さんから「もっとカッコよくない感じで」と指摘がありました。あの時は手探りで、どうやって描いたらわからなかったです(笑)。
小森:それでニルヴァーナのライブ映像を見せました(笑)。めちゃくちゃな要望をきちんと描けるのがすごい。
――「可能性を持ってこい」という歌詞はどこから?
小森:キルケゴール自身の言葉です。岩波文庫の文語的な訳からアレンジして使いました。感情的な文章が多い人なんですよね。本人の言葉ではなく創作にしようかという話もありましたが、この形に収まりました。
まさや:小森さんが提案してくれて「それ、いいじゃないですか!」と。決まるまで時間がかかりましたね。
――中野のライブハウス、というミスマッチにも思える舞台設定も気になりました。
小森:ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」があったことから作られた哲学堂公園があるんですよ。それからサブカルがぎりぎり現存しているのが中野ブロードウェイだと思っていて。15年前のヴィレッジ・ヴァンガードの奥のフロアの雰囲気があるのは下北沢ではなく中野だなと。
――これから本作はどのように展開していきますか?
小森:哲学者がバンドを組んで演者になれるのか……という点に期待していただければ。
――今後の展望などもあれば、それぞれ教えてください。
小森:初めての漫画原作は大変ですが、楽しめています。大学に入ってキルケゴールを始めとした学問に挫折も味わいましたが、その沼の入口に招待する役割が自分に向いていると思うので、そういう仕事をこれからもやっていきたいですね。
まさや:ジャンルをこだわらず描いてきたのですが、最近は作画だけでなく演出も好きだなと気付きました。本作のように演出も任せてもらえるような作品に携われたら楽しいし、やりがいを持って制作できるなと感じています。
(小池直也)
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