鈴芽は地元の工場から東京女子プロレスのリングへ「こんなに全力で生きている世界があるんだ」

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2024年09月20日 10:01  webスポルティーバ

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■『今こそ女子プロレス!』vol.21

鈴芽インタビュー 前編

「あなたのベストバウトは?」――プロレスラーへのインタビューでよくされる質問だが、鈴芽にはあえて聞く必要がないと思った。彼女にとって、常に最新の試合がベストバウトであるように感じられるからだ。ベストバウトを常に更新し続ける、稀有なレスラーである。

 プリンセスタッグ王者、鈴芽。身長152cmという小柄な体躯を活かしたスピードと躍動感溢れるファイトスタイルで、観る者を魅了してやまない。

 鈴芽(すずめ)というリングネームには、「芽が出て育っていく」イメージと「スズメバチみたいに強く」という意味が込められている。自らのイメージカラーである黄色に合わせたモチーフを考えた時、"可愛い"ではなく、"カッコよくて強い"印象にするため、針や毒のあるイメージにしようと思ったという。

 得意技のドロップキックは打点が高く、まさにスズメバチのように相手を鋭く突き刺す。しかし線が細いため、パワーファイターには弾き返されてしまうこともある。プロレスラーとしての道を歩み始めた時から、彼女は己の体の小ささと向き合わなければならなかった。

「体格的に、捕まると不利なんですよ。捕まらないためには動き続けなくちゃいけないけど、それって難しくて。でも考えることをやめなければ、まだ勝ち筋があると思う。とにかく思考を止めないこと。『諦めない』に近いのかもしれません」

"技巧派"であり、"頭脳派"――。鈴芽の半生を追った。

【地元の工場に就職するも、辰巳リカに憧れてプロレスラーに】

 鈴芽は1998年、茨城県に生まれた。父、母、4つ上の姉がいる。父は会社員で、母は専業主婦。曰く、"普通すぎる"家庭に育った。両親に叱られている姉を見て、自分はうまく立ち回っていたという。「妹の特権ですね」と笑う。

 子どもの頃から要領がよく、やるべきことはきちんとこなし、やらなくてもいいことは手を抜いた。勉強は得意ではなかったが、持ち前の器用さで成績はよかったという。中学の途中から不登校になった。理由を聞くと、「なぜなんでしょう......」と言葉を濁す。

 意外にも運動神経はよくなかったという。しかし、体を動かすことは好きだった。特に好きだったのはマット運動。「プロレスに活かせていると思う」という。

 小学校2、3年生の時にバレーボールのクラブチームに入り、中学でもバレーボール部に入部。高校はバレーボール部がなく、絵を描くことが好きだったため文芸部に入部した。部活がない時は体育館でバレーボールをして遊んだ。

 夢は声優や芸能関係の仕事。高校で進路を決める際、夢を叶えるために進学したかった。しかし、親にも先生にも友人にも、自分のやりたいことを話すことができなかった。

「自分の気持ちを主張することが苦手でしたね。誰かの反対を押し切る勇気もなかったので、就職することにしました」

 高校卒業後、地元の工場の事務員として働き始めた。労働条件がいい"ホワイト企業"だったが、わずか1年半で辞めてしまう。プロレスラーになるためだ。

 きっかけは、東京女子プロレスの辰巳リカ。プロレスファンの友人からプロレスの話を聞くなかで、「この人を見に行きたい!」と観戦に連れていってもらった。プロレスのルールも知らなかったが、ひと目でその魅力にハマった。

「汗も涙も全部キラキラしているし、『こんなに全力で生きている世界があるんだ!』という衝撃を受けました。会場の一体感も、初めて見た時にびっくりしたことのひとつです。お客さんの歓声とかも含めて、会場全体で試合をしている感じがしました」

 全力で生きる選手たちを見て、自分も何かに全力になってみたいと思った。それが何か最初はわからなかったが、東京女子プロレスを見ていくうちに「私はプロレスがやりたいんだ」と気づいた。

 2018年5月、辰巳リカに手紙を書いた。「会社を辞めて、プロレスラーになりたい」――。

「私が挑戦できないタイプの人間だということは自分が一番よくわかっていたので、逃げ道を断ちたかったんですよね。一番尊敬している人に決意を伝えて、"背水の陣"というか、やるしかない状況を自分で作りました。リカさんからしたら、すごく重い手紙だったと思います(笑)」

 両親には入門が決まったあとに報告した。「もう決めたのならしかたない」と言われたというが、娘の初めての自己主張。さぞかし驚いたことだろう。どこか嬉しさもあったかもしれない。

【憧れの人の対角に立ち、「私、プロレスラーになれたんだ」と実感】

 2019年1月、東京女子プロレスに入門。練習が始まるとロープワークや受け身で体中にアザができたが、毎回少しずつできるようになるのが嬉しくて、練習は楽しかったという。憧れの世界に近づいている喜びもあった。

 8月25日、後楽園ホールでデビュー。同期の舞海魅星(現MIRAI。マリーゴールド所属)と組み、中島翔子&里歩組と対戦した。セミファイナル前の第6試合。通常、デビュー戦は第1試合になることが多く、鈴芽は異例のケースと言える。それだけ期待されていたのだろうし、彼女は期待を上回る試合をした。しかし、試合後は涙が止まらなかったという。

「やってきたことを100%は出せなかった。本当に悔しかったです」

 9月15日、両国KFCホール大会にて、デビュー3戦目にして憧れの辰巳リカとのシングルマッチが組まれた。プロレスラーを目指すきっかけとなった、憧れの辰巳リカ。鈴芽はエルボー、クロスボディー、ドロップキック......臆することなく攻めた。

「憧れの人の対角に立って、そこで初めて『私、ちゃんとプロレスラーになれたんだ』という実感が湧きました。入門した時に決めていたことではあるけど、あらためて『ファンのままじゃいられない』という覚悟もできた」

 2021年1月4日、後楽園ホール大会にて、遠藤有栖デビュー戦の相手を務めた。それまでもタッグではデビュー戦の相手を務めることはあったものの、シングルでは初めて。鈴芽もまだキャリア1年4カ月だったが、自分でも驚くほど冷静だったという。

「未だかつてあんなに冷静だった試合はないです。そんななか、有栖は練習以上の力を発揮してきて、ゾクゾクしたのを覚えています。『そんなできんの!?』 みたいな」

 その後、有栖とタッグを組む機会が増え、ふたりはいつしか「ありすず」と呼ばれるようになった。練習熱心な有栖は着実に力をつけていったが、試合では勝てない日々が続いた。試合で負ける度に落ち込む有栖。しかし鈴芽は「有栖が勝てないわけない」と、それほど深刻には考えていなかったという。

 有栖が自力初勝利したのは、デビューから1年後の2022年1月4日。後楽園ホール大会で「ありすず」は桐生真弥&宮本もか組と対戦し、有栖が宮本から3カウントを奪った。有栖が勝てないことにもどかしい思いを抱いていた鈴芽も、大いに喜んだ。

【遠藤有栖とマジラビに挑戦するも、"タッグ力"の差で及ばず】

 周囲の「ありすず」への期待が高まるなか、有栖は密かに「ひとりでは何もできないんじゃないか?」という思いを強めていったという。しかし鈴芽は「そんなことはない」と断言する。

「私はデビュー戦から『遠藤有栖はすごい』と思い続けているんです。有栖は常に過去の自分を超えていく。私だったら自分が持っているものをかき集めて、どうしたら勝てるかを考えるんですけど、有栖は勝てないなら勝てるように自分自身が進化するんですよ。それが本当にすごい」

 4月9日、後楽園ホール大会にて、坂崎ユカ&瑞希(マジカルシュガーラビッツ。以下、マジラビ)の持つプリンセスタッグ王座に挑戦。有栖とのタッグ名を「でいじーもんきー」(以下、でじもん)に決め、気合を入れて臨んだ。

「マジラビさんは東京女子らしさが一番詰まっているタッグだと、当時も今も思っています。そんなふたりが持っているベルトだからこそめちゃめちゃキラキラして見えたし、私たちもその景色が見たいと思った。チャレンジマッチのつもりは全然なかったです」

 しかし、マジラビにはあと一歩のところで及ばなかった。有栖は「タッグ力の差だった」と分析していたが、鈴芽もやはりタッグ力は大事だと考えているという。タッグ力とは、有栖曰く"絆"。長い月日をかけて共に闘うことで、タッグチームは完成度を高めていく。

 本来、鈴芽はタッグよりもシングルのほうが好きだという。シングルは目の前の相手のことだけを考えればいいが、タッグはリング全体を見なければならず、苦手意識があった。しかし有栖とタッグを組み始め、「私がしっかりしなきゃ!」という思いから周りをよく見るようになり、タッグで闘う方法を自然と身につけた。

 そのうちに有栖がメキメキと成長し、次第に有栖のことを見ようとしなくても「なんか息が合う」という状態に。タッグで闘うことの楽しさを覚えていく。

(後編:遠藤有栖と築き上げた絆 「勇気をあげられるレスラーになりたい」>>)

【プロフィール】
鈴芽(すずめ)

1998年11月27日、茨城県生まれ。高校卒業後、工場の事務員として働いていたが、辰巳リカに憧れて東京女子プロレスに入門。2019年8月25日、後楽園ホールでデビュー(鈴芽&舞海魅星vs. 中島翔子&里歩)。2024年2月10日、遠藤有栖とのタッグ・でいじーもんきーで「第4回"ふたりはプリンセス"Max Heart トーナメント」初優勝。3月31日、両国国技館大会にて、水波綾&愛野ユキが持つプリンセスタッグ王座にでいじーもんきーで挑戦し、勝利。第16代王者となる。152cm。

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