「完成マンション取り壊し騒動」 心配なのは積水ハウスではなく、国立市といえるワケ

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2024年09月21日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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JR国立駅前の国立駅旧駅舎

 東京都国立市で、6月に完成していたにもかかわらず、解体が決定した新築の分譲マンション「グランドメゾン国立富士見通り」の取り壊しが始まっている。事業者の積水ハウスによれば、地域住民を訪問して説明を行い、既に7月16日から解体工事に入ったとのことだ。


【画像】今、こんなことになってるの!? 取り壊しが始まったマンション、解体マンションの向かいにある同じくらいの高さのマンション、販売されていた3LDKの部屋、まぶしすぎるチラシ(計7枚)


 今のところ、解体工事に伴う騒音・振動・粉じんなどの苦情は聞こえてこない。地域の生活環境保全に十分に配慮して、慎重に工事を進めていると見られる。入居予定者にも十分な補償を行ったとのこと。


 同マンションのエリアは、建物の高さが規制された区域ではなく、法令違反はない。建築に構造上の問題があったとも聞かない。一部入居も決まっていた新築マンションが、急転直下、解体が決まる事態は前代未聞といえるだろう。それだけに地元の人たちも現実とは信じがたく、唖然(あぜん)としている。


 現地を訪ねて、道の清掃を行っている人や店舗経営者に聞くと「特に強い反対もなかったのに、せっかく造ったマンションをなぜ壊すのか」「最初は反対していたが、話し合いを重ねて合意した。お金持ち(の会社)が考えることはよく分からない」「取り壊しが決まったときに担当者が男泣きしたと聞いた」などと困惑する声が多い。


 一方で、富士見通りから常に富士山が見えるわけではないが、空が澄んだ冬の早朝などには、通りの先にくっきりと見えるのが、住民の自慢であったことから「通りから富士山が見えるから、その景観が守られたのは良かった」という声もあった。当該マンションに対する複雑な心境がうかがえた。


 国立市役所に問い合わせても、「積水ハウスと住民が話し合って、特に問題なくマンションが建設されたと考えていた」と驚きを隠さなかった。前例のない建設したマンションの取り壊し事件は、果たして住宅メーカーの地域の環境に配慮した“美談”として済ませて良いものなのだろうか。,


●昔ながらの商店街で、起爆剤としてマンションはうってつけだったはず


 JR国立駅を降り立つと眼前に見えるのは、当時のものを復元した赤い三角屋根の国立駅旧駅舎と、駅前ロータリーだ。ロータリーには、赤レンガ風で多摩信用金庫の歴史・美術館を併設したビル、さらに1952年に指定された「国立文教地区」の看板が見える。文教地区のため、駅周辺部にはキャバクラ、ガールズバー、パチンコ店の類は存在しない。


 解体中のマンションは、多摩信用金庫ビルの辺りから西南へ延びる、富士見通り沿いにある。駅から7〜8分ほど歩いた、通りのちょうど真ん中辺りだ。通り沿いには少しひなびた商店街が続いており、通行人はかなり多い。複数の学校の通学路でもあり、日中は路線バスも頻繁に往来している。


 駅に近い通りの起点部分は、チェーン店のオンパレードだが、その先は地域に根ざした個人店、それも飲食店が多い。他にも、他の街では今やなくなってしまった金物店にレコード店といった業態、今風のニッチなこだわりの店も混在し、良い意味でカオスな商店街になっている。


 しかし、末端部の郵政研修所の近くになると、シャッターが閉まったままの店舗も多い。歴史を振り返ると、2006年に駅が高架化して商業施設の「nonowa」がオープン。スーパー・総菜・ベーカリー・洋菓子・和菓子・カフェなどの店が一斉にできて以来、徐々に富士見通りのにぎわいは失われ、コロナ禍が拍車をかけたようだ。


 客観的に見て、富士見通りには活性化の起爆剤になるものが必要だ。新築マンションが建つのは、人の流れができ、良い話であるように思われた。最終的に、地域の人が建設に納得したのは、富士見通りの衰退を食い止めたいといった意思によるものではないだろうか。


●フロア数の見直しなども行ったが、結局取り壊し


 積水ハウスが2021年に、2階建の一軒家を取り壊した後に、当該マンションの建設を発表した際には、狭小な土地であり、採算を取るには高層にして部屋数を増やすしかないと考えた。国立市としては、条例で高さ制限を設けている場所ではなく、積水ハウスには地域住民に十分に説明を行い、つつがなく建設するように求めたという。


 既に道向かいには、同じくらいの高さの10階建のマンションが2012年にできており、そのときも住民の反対はあったが、最終的には円満に解決した。今回もマンション建設への賛否は、住民間で真っ二つに近かったようだ。しかし、積水ハウスは住民の意見を聞き入れ、当初11階建てだった計画を、10階建てに変更するなど見直して着工した。


 とはいえ住民全員が100%納得したわけではなく、日照や電波の障害、高所からプライバシーが侵害される懸念もくすぶったが、富士山が見えることを売りに、グランドメゾン国立富士見通りは建造へと入った。


 しかし、積水ハウスが通りからの眺望を最終的に確認したところ、当該マンションが障害になっていることが分かり、協議の末、取り壊すことになったという。SNSに投稿された、マンションが建つ前と建った後の比較画像が炎上したのが、原因だったという説もあったが、積水ハウスの広報は「SNSの富士山が半分くらい隠れた画像は関係ない。当社の自主的な環境、景観に配慮した判断」とキッパリ否定した。


●ドイツ流の学園都市構想から生まれた国立


 国立市は、人口約7万6000人の、東京都中部にある小都市だ。市域の北側にJR中央線の国立駅、南側にJR南武線の谷保駅・矢川駅がある。元々は雑木林が広がる何もなかったような場所で、国分寺と立川の中間にあるので国立と名付けたという。この地から国を立てると、高まいな理想があったといった説もある。


 地域の中心だったのは甲州街道沿いの谷保で、谷保駅から歩いて2〜3分の谷保天満宮は梅の名所として多摩地区では知られた神社だ。東日本最古の天満宮でもある。しかし、数百戸の農家が点在するだけののどかな村だった。


 街のグランドデザインを描いたのは、現在の西武グループの礎を築いた「箱根土地」の堤康次郎だ。駅の南に東京商科大学(現・一橋大学)と東京高等音楽学院(現・国立音楽大学)を誘致し、教育機関と住宅の融合をウリに、理想の学園都市を目指して計画的に良質な住宅街として開発が進んだ。箱根土地の本社も、当時国立にあった。


 箱根土地は箱根や軽井沢の別荘地開発だけでなく、渋谷に百軒店(ひゃっけんだな)を開発して、今日の渋谷の商業地としての発展を先導。一方で、国立、小平(東京都小平市)、大泉(東京都練馬区)において、ドイツの都市・ゲッティンゲンをモデルに学園都市構想を推進した。中でも最も成功したのが国立といわれている。


 ゲッティンゲン大学(ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン)は、過去40人を超えるノーベル賞受賞者を輩出。童話作家のグリム兄弟、詩人のハイネ、数学者のガウス、札幌農学校(現・北海道大学)初代教頭のクラークらの母校でもある。堤が国立を開発した際の、並々ならぬ意気込みが伝わってくる。


 国立駅から谷保駅までの2キロ弱を、幅44メートルのメインストリートと大学通りが縦貫。現在はこの通り沿いに一橋大学、桐朋学園、都立国立高校がある。駅前の円形ロータリーからは西南に富士見通り、東南に旭通りが延びる。これらの通りが駅から放射状に延び、碁盤の目のように道路が造られた。


 これらは、やや先行して「田園都市(東急グループの前身)」が始めた「田園都市構想」に対抗したものだった。現在の東急目黒線沿線の大田区・世田谷区・目黒区の駅、田園調布・奥沢・大岡山・洗足の一帯を、英国の社会思想家、エベネザー・ハワードが提唱した都市と農村の長所を併せ持つ「田園都市」の理念に基づき、宅地開発を進めたものだ。こちらはロンドン郊外のレッチワースがモデルになっている。ドイツ流の学園都市と、英国流の田園都市は、当時の東京の都市開発の2大社会実験だった。


●積水ハウスよりも国立市の方が心配だ


 富士見通りから富士山の見える眺望は、もちろん堤の率いる箱根土地が演出した、田園都市にはないプレミアムな価値である。駅前のロータリーから富士見通りに入る起点には「関東の富士見百景」の小さな碑が建っている。


 街のシンボルとして愛されてきた旧駅舎は、2006年の中央線高架化により解体。しかし、住民の間で高まった保存運動に市役所が応え、2020年に復元された。現在の旧駅舎は観光案内所、市民が憩う休憩所などとして、活用されている。このように、国立の特に古くからの住民は、堤の学園都市構想として始まった、市の歴史を重視する気質が強い。


 そのため、市が条例で高さを規制していなかった地域でも、マンション建設の反対運動がしばしば起こってきた。大学通りで住民と明和地所が、14階建のマンションが街の景観を損ねるかどうかで争った訴訟は、2004年に最高裁判決で明和地所の勝訴に終わっている。その前例からして、景観権を主張して訴訟をしても富士見通りの住民に勝ち目はないが、今回は積水ハウスの側から事業の廃止届を提出した。住民も市役所も驚くのは無理もない。


 さて、積水ハウスの2024年1月期決算によると、年商は3兆円ほど。そのうち、分譲マンションを扱うマンション事業は1100億円弱で、あまり大きくない。最も売り上げが大きい賃貸住宅管理事業が6500億円ほどであると考えれば、たった1棟の小規模マンションにこだわり、景観を壊しているといわれ続けるより、低層の戸建住宅の住環境を重視している会社と見られた方が断然有利だ。今回の解体で約10億円の損失を出したが、3兆円企業にとっては、かすり傷程度だろう。


 一方で国立市では、学園都市の面目を近隣の小金井市に奪われるという事態に見舞われている。谷保駅近くで33年間開校してきた辻調理師専門学校の東京校に当たる「エコール・キュリネール国立」が、東京学芸大学と提携して、4月に小金井市のキャンパス内に移転。「辻調理師専門学校東京」として再スタートを切ったのだ。国立市には大工場や大規模商業施設もなく、住宅都市として住民が増えなければ税収も増えない。頑迷な土地柄で、学校もマンションも逃げ出すイメージが付くのはまずいといえる。


 例えば富士見通りの景観を損ねている電柱群を地下に埋め、積水ハウスの環境に対する熱い想いに応えて、住んで快適な活気ある街へとともに再スタートを切るなど、あっても良い展開ではないか。


(長浜淳之介)



このニュースに関するつぶやき

  • 相当頭の逝かれた団体が難癖付けて圧力をかけたんだろうなと、容易に想像できる。 そういうのが蔓延ると、街は崩壊するよ
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