やっぱり、セブン&アイの買収提案は悪い話なのか いやいやそうでもない、これだけの理由

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2024年09月21日 09:51  ITmedia ビジネスオンライン

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 小売り大手のセブン&アイ・ホールディングス(以下セブン&アイ)が、カナダに本社があり世界各国でコンビニやガソリンスタンドなどを手がけるアリマンタシォン・クシュタール(以下ACT)からの買収提案を受けました。


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 日本国内では「ほかの有名企業もターゲットになりうるのか」「日本政府からNOを言えるようにするべき」といったように、多くの方々が買収に対して一種のアレルギー反応を示したように感じました。今回の買収提案とは関係ないとコメントしていますが、セブン&アイはこれまでしてこなかったコア業種への変更を、今年の6月以降に財務省からの照会を受けて行いました。変更の理由は開示されていないので真相は分かりませんが、防衛本能のように感じてしまったのは私だけではないでしょう。


 確かに日本を代表する小売り最大手の一角が買収対象になるということは、私自身も驚きを隠せませんでした。しかし同時に、この買収提案はACTにとって非常に合理的であり、日本企業が今後自らの価値を考える上でのきっかけにすべきだとも感じました。


 今回はそのように考えた理由を、セブン&アイとACTの財務諸表の各項目を見比べながら解説します。


●驚きだったセブン&アイへの買収提案


 セブン&アイの買収提案に驚いたのは、日本国内では小売業界で最も優れている大企業であり、かつ海外、特に米国でもきちんと成長をしていたことから、まさかそのような企業が買収提案を受けるなどということは想定していなかったからです。通常であれば、評価の高い企業は株価が高く、買収されるのではなく、むしろ買収する側です。実際にセブン&アイも買収して大きくなった企業です。


 そうした企業ですら買収候補として挙がってくるということが驚きでしたが、その中身自体は買収する側にとってみれば合理的だと思います。


 セブン&アイは今回の買収提案を受けて、日本政府からNOと言えるような規制業種申請を出したという報道が出ていました。セブン&アイは行政サービスの代行や金融業なども行っていることから、日本にとって安全保障上重要な企業であり、「買収されるなんてとんでもない」という意見もあるのだと感じます。


 ただ、株主の立場からすると、本来高い価格で買収されるということはプラスであるはずです。こうした反応は「買収されるのは良くない」ということが前提としてあり、そもそも買収されること自体をネガティブに見られている証左と言えます。


 なぜそうした認識が浸透しているのかは分かりません。ただ、私自身の考えとしては、買収されること自体が悪だとは思っていません。むしろ買収によって企業が成長できるのであれば、その道を選ばなくてはならないと考えています。


●セブン&アイとACTは比較される対象


 ビジネス的な観点で見ていくと、セブン&アイは米国での成長を重視している企業です。それを理解するために、2021年の決算説明資料から見ていきましょう。この決算資料は2020年3月から2021年2月末までの期間のもので、ちょうどコロナの影響が初めて決算に現れたタイミングです。


 この頃セブン&アイは、米国において買収を通じて直営店を積極的に展開し始めていた時期でした。セブン&アイはアジアでも店舗展開していますが、ほとんどがライセンスで、直接経営していないところも多く存在します。そのため、海外での大規模な直営は、米国が初めてだったといっても過言ではありません。


 この当時の決算説明資料では、数字の羅列が目立ち、詳しい説明はあまり示されていませんでした。


 そんななか、2022年2月に動きがありました。米国の投資ファンドであり、セブン&アイの株主であるバリューアクト・キャピタルが、セブン&アイに対して不採算事業を切り離し、コンビニ事業に経営資源を集中させ、投資をして成長させるように言ってきたのです。


 セブン&アイは店舗数は多いものの、海外ではライセンスがほとんどで、実入りは少ない状況でした。そのなかでバリューアクトから、自分たちの勝ちパターンを使って積極的に海外に出店し、成長していくべきだという強い改革提案をされた形です。


 また、バリューアクトはACTを引き合いに出すことで、セブン&アイの海外事業の非効率性を指摘し、運営の見直しを要求しています。そのため、今回の買収報道が公表される以前から、ACTとセブン&アイは互いに比較される対象でした。


●粗利を増やす戦略


 この指摘を受けてか、2022年の決算説明書は、2021年とは打って変わってかなり詳細に記載されています。また、セブン&アイは米国のガソリンスタンド併設型コンビニのスピードウェイを買収をして成長する姿勢も示しました(もちろん、もともと計画されていたのでしょうが)。


 2022年の決算説明資料で、セブン&アイはコンビニの付加価値を日本国内で高めつつ、海外においてはどのような商品が伸びているのかを示していました。


 日本の会計基準を採用していることから、スピードウェイの買収によって暖簾(のれん:時価評価純資産と買収価額の差額)が発生するため、この年からはEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を強調する形で、成長しているという点を見える化し、株主を大きく意識した記載へと変化しました。また、同日に決算説明資料とは別に今後の見通しも示しました。外圧によって大きく変わった年だったのです。


 セブン&アイはこのタイミングで、グローバル(基本は米国)におけるコンビニの成長戦略を示しました。具体的には、チルド品なども充実させ、単純に「ガソリンスタンドに併設するコンビニ」ではなく、プライベートブランドなどを出すことによる付加価値の提供で「選ばれるコンビニ」を目指しました。それにより粗利を増やす戦略のため、わらべや日洋(セブンに調理済食品を供給)を誘致、日本の事業での勝ちパターンを米国でも展開していくことを発表しました。


 セブン&アイの粗利構成比は加工食品を中心とした商品が多い一方で、ACTはガソリンで稼いでおり、安定的に収益を得ていることが分かります。また、米国における店舗数もセブン&アイが1位で、ACTが2位となっています。


 米国での成長はセブン&アイとACT両者が最重要視していること、米国における店舗数もトップ2であること、互いの強みが異なり補完関係になれる可能性が高いことなどを加味すると、ACTからの買収提案は非常に合理的だと考えています。


 米国での成長を最優先に考えるのであれば、ACTがセブン&アイを買収しようと考えるのは合理的な判断だと考えています。セブン&アイが強いとされるオリジナルの加工食品を手に入れられることになりますし、両社の販路が使えればシェアも稼働率も向上し粗利も上昇させられると考えているのではないでしょうか。


●なぜ評価されないのか


 次に、セブン&アイとACTの財務諸表を見てみましょう。


 両者の時価総額と企業価値を比較してみると、ともにACTのほうが大きいことが分かります。ただ、減価償却に左右されずに会社がどれほど利益を上げているかを示すEBITDAを見ると、セブン&アイは1兆円と、ACTよりも稼いでいることが分かります。EBITDA利益率も高いことが分かります。


 では、なぜセブン&アイは市場の評価がACTに比較して低いのかを考えてみると、資産回転率の低さが影響しています。ACTの2.1、セブン&アイの0.93という数字は、ACTは持っている資産を使ってその2倍以上の売り上げを作れるのに対し、セブン&アイは1倍に満たないということを示しています。


 セブン&アイはEBITDA利益率が高いものの、そのために使っている資産が多すぎる状況で、売り上げを上げるための効率が悪いと見られてしまっている状態です。これにより、いくらEBITDAが高くても、セブン&アイの評価が低くなっているのです。


 セブン&アイの手元には現金が1兆5000億円ほどあり、手元に多くのキャッシュを持ってしまっていることになります。上述のように資産回転率が悪いため、ACTに比べるとビジネスで必要な額以上の資本をもっており、「非効率」と評価される状態でもあります。


 EBITDAで比べた場合、収益力においてセブン&アイはACTより優れており、ACTに引けをとりません。一方、持っている資産を使って売り上げを作る力でいうと、ACTにかなり見劣りしています。


 また、買収の場合はプレミアム(上乗せ)が付きますが、セブン&アイという会社自体に1兆円以上の現金があり、一部は現金を現金で買っているのと同じです。セブン&アイが多額の現金を持っていることにより、その事業自体はもっと安く買えることになってしまうため、買収する側には想像以上に割安に見え、「買収したらおいしい」と考えられた可能性があります。


●買収で「優れた企業になる」という選択肢を捨ててよいのか


 前述の通り、セブン&アイは規制業種にあたるため、買収には日本政府の承認が必要なのではないかとの見方があります。


 財務省が「外資による買収防衛目的で、コア業種へ格上げすることはない」という報道が出ていました。しかし、その「コア業種への格上げ」が万が一通ってしまうと、日本製鉄がUSスチールを買収することとは逆になってしまいます。そうなった場合、多くの投資家に対して日本の市場は世界に開かれていないという印象を与えてしまうでしょう。


 上場会社に対する東京証券取引所からの「資本コストや株価を意識した経営」への対応要請などにより、日本企業は今、資本市場と向き合うべく変わろうとしています。日本の株式市場は乱高下しているものの、海外投資家は逃げていません。こうした状況の中で「買収への抵抗」が起きてしまうと、かなりネガティブな反応をされてしまうでしょう。


 果たしてそれは日本経済にとって本当に良いことなのでしょうか。私は、もっと合理的な判断をもって、日本社会が買収を許容できるようになると良いと感じています。自民党総裁選を控える中で、幸い買収についてはネガティブなコメントは特段ありませんでした。個人的には、日本社会や政府機関が買収に抵抗するような状況にならなければ良いと考えています。


 なぜなら、前段で説明した通り、ACTがセブン&アイを買収し、企業価値が向上したとしたら、日本経済や日本社会にとってプラスだと考えるからです。確かに、セブン&アイという名前ではなくなる可能性があり、純粋な日本の小売り企業ではなくなるかもしれません。


 ただ、買収により海外の商習慣を日本の小売りに取り入れていくことで、今後の発展に良い影響を与えられる可能性もあります。買収に対してアレルギー反応を示すだけでなく、そうした可能性を信じることも必要なのではないでしょうか。


●日本経済の活性化につながることが最重要


 今回は、セブン&アイという小売り業界の話でしたが、それ以外の業界でも今後同じようなことが起きうると考えています。例えば自動車業界に関しても、中国メーカーの台頭により日米欧メーカーが中国だけでなく、世界中の市場での競争が一段と激しくなっています。2000年代初頭のような国境を超えた大型の統合が起きました。今後、同じように完成車はもちろん、自動車部品の業界でも統合が進むかもしれません。


 今回の買収提案は日本の上場企業にとってエポックメイキングになるのでは、と考えています。なぜなら、収益性は申し分ないが、成長への期待や効率性の低さを放置できなくなるからです。


 市場からの評価が割安であれば、大企業でも買収される可能性があります。たとえ買収されなかったとしても、今回のセブン&アイでいえば、数年後にACTに買収されたほうが良かったのではないか? と株主に思われないような結果を経営者は出さなければならないのです。


 円安の影響もあり、今後は優れた企業ほど国境を越えて買収の対象となるでしょう。日本企業が、日本人の手によって育っていくことは理想的ではあります。一方で、買収によってより優れた海外企業の経営で今まで以上に成長し、そこで働く日本人の給与やスキルが成長することも同じように日本社会にとってプラスです。


 日本の社会は経営者も社員も株主も、一気にグローバルのレベルにアップデートしなければならない、待ったなしの状況に突入しているのかもしれません。それが日本経済の活性化へとつながっていくことが一番大切なのだと思います。


(草刈 貴弘、カタリスト投資顧問株式会社 取締役共同社長/ポートフォリオ・マネージャー)



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