テレワーク継続で「社員に優しくしたのに」不満がなくならない……企業が見落としているコト

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2024年09月25日 10:51  ITmedia ビジネスオンライン

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ウェルビーイングが注目される背景は?

 在宅勤務やフレックスタイム制など“従業員に優しい”人事施策や働き方は、近年のトレンドだ。その一方で、


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1カ月前まで普通に働いていた従業員が、仕事のストレスから体調を崩してしまい、離職してしまった。


従業員にイキイキと働いていてもらうため、副業の解禁やフレックスタイムの導入などを行っているが、不満を解消できていない。


と悩む企業は少なくないようだ。その影には、誤ったウェルビーイング施策があるかもしれない。


 本連載では、ウェルビーイングが注目される背景や、ウェルビーイング経営を推進するポイント・注意点などについてお伝えしていく。


●ウェルビーイングが注目される背景


 昨今、人事領域において「ワークエンゲージメント」「マインドフルネス」など、働く人の気持ちや心に重きを置いたキーワードに注目が集まっている。中でも、注目度が高くなっているのがウェルビーイングだ。


 ウェルビーイング(Well-being)は、直訳すると「幸福」「安寧」「福利」。WHO憲章では「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態(Well-being)にあること」と定義されている。


 ウェルビーイング市場が活況を呈している米国では、数多くのサービスベンダーが参入している。米NPO「GLOBAL WELLNESS INSTITUTE」の調査によると、米国におけるウェルビーイングの市場規模は2022年時点で約1兆8000億ドル、日本円にすると約262兆円にも上っている。同年の日本における市場規模が約35兆円(予測)であることと比較しても、米国での注目度の高さがうかがえる。


 なぜ米国で注目されているのか。これは、流動性の高い労働市場において、優秀な従業員を採用・確保し続けるために「従業員体験」が重視されていることが大きいだろう。


 米国はジョブ型雇用が主流であり、入社後の異動や昇給はほとんどない。優秀な従業員はキャリアアップのために転職することが多く、企業は優秀な従業員を確保するために、「従業員体験」を魅力的にデザインする必要がある。その一環として、従業員の健康促進や幸福実現といったウェルビーイング向上の取り組みが盛んになっているのだ。


 こうした流れを受けて、日本企業でもウェルビーイングの重要性が認識されるようになった。SXサービスを提供するUPDATER(東京都世田谷区)が企業の人事担当者を対象に実施した調査では、69.1%の企業が「ウェルビーイングへの取り組みの重要性を実感している」と回答している。


 ジョブ型雇用ではなく、メンバーシップ型雇用が主流の日本において、なぜウェルビーイングへの注目度が高まったのだろうか。


背景(1)リモートワークによる運動機会・対人機会の減少


 2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、リモートワークや在宅勤務が一般化した。これに伴い運動機会や対人機会が減少し、不安やストレスを抱える従業員が増加。従業員の心身の健康維持の重要性が叫ばれるようになり、ウェルビーイングに注目が集まるようになった。


背景(2)人材版伊藤レポートにおける言及


 2022年5月に経済産業省が発行した「人材版伊藤レポート2.0」では、ウェルビーイングの重要性について言及されている。エンゲージメントとの関連や、自律的なキャリア開発との関連について示唆されたことで、ウェルビーイング経営に関心を持つ企業が増加した。


 例えばトヨタ自動車では、従業員が自由に使えるスポーツセンター利用サービスを提供しており、ロート製薬では全社員対象のウォーキングイベントなどを開催している。このような取り組みは、業種や規模にかかわらず全国の企業に広がっている。


取り組みの重要性


健康経営を実践することは、社員の健康保持・増進によって生産性や企業イメージ等を高めるだけでなく、組織の活性化や企業業績等の向上も期待されることから、経営陣に求められる重要な取組の一つとなっている。


また、社員のエンゲージメントの向上につながることから、心身を健康にするだけでなく、熱意や活力をもって働くことを実現する社員のWell-beingも、視点として重要である。


有効な工夫:Well-beingの視点の取り込み


Well-beingは、多義的であり、社員一人一人の価値観や働く目的が異なる中で、その意味するところも人それぞれである。


そのため、経営陣は、中長期的な企業価値の向上につなげる観点からWell-beingを捉え、それを高めるために、個々の企業の状況に応じて、多様な人材が能力発揮できる環境の整備や、自律的なキャリア開発の促進などの試行錯誤を重ねる。


「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 〜 人材版伊藤レポート2.0〜」より(参考リンク:PDF)


●ウェルビーイングの落とし穴


 このように、日本においても従業員のウェルビーイング向上に力を入れる企業が増えている。しかし、効果的な取り組みができている企業ばかりではない。ウェルビーイング経営に手応えを感じられていない企業は、以下のような「落とし穴」にハマっているケースが多い。


落とし穴(1)根源欲求を満たすだけで終わっている


 従業員のウェルビーイング向上を図る際は、「マズローの欲求階層説」を念頭に置いておきたい。


 米国の心理学者であるアブラハム・マズローは、下図のように、人間の欲求を5段階に分類した。ピラミッドの下に位置する低次の欲求から満たしていくことで、1つずつ上の段階の欲求が生じるようになるというのが、マズローの欲求階層説の考え方だ。


 ウェルビーイング経営がうまくいかない典型的なパターンが、従業員の生理的欲求や安全の欲求など低次の欲求(根源欲求)を満たすことに終始し、その先にある承認欲求や自己実現の欲求にアプローチできていないことである。これでは、従業員の幸福実現を支援することはできない。


 例えば、定期的なストレスチェックで従業員の健康増進を図っている企業は多いだろう。もちろん重要な取り組みではあるが、それだけで終わっていたら意味がない。健康面や給料面で一定の充足が得られていても、従業員は「会社にどのように貢献をすれば良いのか」と悩んだり、また「日々の頑張りがなかなか認められない」と不満を抱えたりしてしまう。


 従業員の承認欲求や自己実現の欲求まで満たすことができなければ、本当の意味で、ウェルビーイングを実現することはできないということだ。


落とし穴(2)成果に接続できていない


 「ライフスタイルに合わせて柔軟に働きたい」「集中できる時間に働いて生産性を高めたい」といった従業員の要望に寄り添うため、フレックスタイムや時差出勤を導入している企業は多いだろう。しかし、出勤時間がバラバラになることでリアルタイムの情報共有が難しくなり、意思決定に時間がかかるようになるなど、問題が生じるケースも少なくない。


 また、コロナ禍にはリモートワークが一般化したが、5類移行した時期を境に「オフィス回帰」の動きが加速している。リモートワークによってメリットを享受できている企業がある一方で、コミュニケーション頻度が減少したことでミスが増加したり生産性が低下したりするなど、デメリットが上回ってしまっている企業もある。


 ビジネスの成果に接続できていない場合は、どんなウェルビーイング施策も長続きしない。


●「企業の成果創出」と「個人の欲求充足」を同時に実現する


 このような落とし穴を避けるには、どうしたら良いのだろうか。ウェルビーイング経営を推進する上で肝に銘じておきたいのが、「企業の成果創出」と「個人の欲求充足」を同時に実現することである。いわば「One for All, All for One」の状態だ


 「All」とは、すなわち企業のことであり、事業成果の最大化を図ることだ。「One」とは、すなわち個人のことであり、個々の従業員の欲求充足を図ることである。


 Allに寄りすぎると「会社の言うことが絶対」という状態に陥り、従業員が疲弊していく。その結果、体調不良者や離職者の増加につながりかねない。一方、Oneに寄りすぎると、従業員の要望だけでなく「わがまま」も受け入れることになってしまい、結果として、会社への求心力が低下し、ミッションやビジョンの実現が困難になる。


 ウェルビーイング経営を推進しようとすると、施策がOneに偏ったものになりがちだ。施策を検討する際は、従業員の要望に寄り添うのはもちろんだが、同時に「その施策は将来の事業成果につながるのか?」という視点を持たなければいけない。


●エンゲージメントを高め続け、高次元の個人欲求を充足させる


 ウェルビーイング経営を推進するためには、AllとOneをともに充実させる必要がある。そのポイントは、以下の2つだ。


・All:エンゲージメントを高め続ける


・One:高次元の個人欲求を充足させる


 Allを充実させるためには、従業員が会社のビジョンや目指す方向性に共感し、「皆のために頑張ろう」「会社のために貢献したい」と思える状態をつくらなければいけない。そのためには、エンゲージメントを高め続けることが重要である。


 Oneを充実させるためには、低次元の個人欲求を満たすだけでなく、従業員の自己実現に向けてキャリア開発を行うなど、高次元の個人欲求までを充足させることが大切だ。


 上述の通り、昨今はリモートワークが見直され、「オフィス回帰」をする企業が増えているが、リモートワークという働き方自体に問題があるわけではない。エンゲージメントが高い状態にあり、個々の従業員の自己実現に向けたアプローチができていれば、オフィスに出社するか否かにかかわらず、成果を創出できるはずである。


●おわりに


 ウェルビーイング経営を推進するためには、企業の成果創出(All)と個人の欲求充足(One)の同時実現を目指さなければいけない。Allを充実させるポイントが「エンゲージメントを高め続けること」であり、Oneを充実させるポイントが「高次元の個人欲求を充足させること」である。


(岩崎健太 株式会社リンクアンドモチベーション 組織人事コンサルタント)



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