日本通信が“290円で作ったCM”を流したワケ 290円プランの訴求で収益が出るのか? 福田社長に聞く

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2024年09月25日 15:01  ITmedia Mobile

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日本通信の社員が手書きで作ったというプレゼンテーション用紙

 大手キャリアがテレビCMなどのマスメディアで広いユーザーに訴求するのに対し、MVNOは一般的にコストを抑え、ネット広告に限定したり、口コミに頼ったりするケースが多い。そもそもユーザーの規模感が違うことに加え、低料金でサービスを提供するMVNOのビジネスモデルと大規模な広告宣伝展開が必ずしもマッチしていないからだ。MVNOでも、大手になるとCMを放映するケースがあるが、その機会は限られている。


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 このような状況の中、老舗MVNOの日本通信がテレビCMを放映したことが、大きな反響を呼んだ。しかもCMで訴求していたのは、月額290円の「シンプル290」。この料金プランの獲得が増えても、広告費に見合った収益が出ないのではと疑問を覚えた向きもあるはずだ。日本通信は、これまで口コミに頼ってユーザーを拡大してきた。なぜ今、テレビCMなのか。同社の代表取締役社長の福田尚久氏に聞いた。


●「290円」は普通の感覚からすると1桁違う キャリアのCMにも対抗できる


―― テレビCMも290円で作ったということで話題になりましたが、CMの枠まで含めて290円というわけではないですよね。


福田氏 あれは制作費なので、放映料は入ってないです(笑)。紙やガムテープなど、そういった類のもののコストが290円ということです。コストにうるさい前田という人間がいるのですが、目の前に待機して厳密に計算しながら290円に収めました。


 枠には2億6000〜7000万円前後使っていますが、それでもキャリアの何十分の1以下です。どこかで記憶に残り、スマホの料金が高いと思ったときに思い出してもらえればさかのぼれる、そういう記憶に残ることができればいいなと思いました。


―― ガムテープは使った分だけのような計算はしてないのでしょうか。


福田氏 確かにガムテープは1本買って余りましたが、そこまでセコい計算はしてません(笑)。


―― MVNOがテレビCMをするのは非常に珍しいと思います。失礼ながら、いわゆる大手キャリアではない日本通信がCMをしたのは、なぜなのでしょうか。


福田氏 2月に結んだドコモとの(音声接続の)合意が大きいですね。今、2年後に向けて準備をしているところですが、これで成長していける環境ができました。今の規模を少しずつ伸ばしていくのであれば、口コミベースでどうにかなりますし、ここ最近は比較的順調に伸びています。とは言いながらも、2年後やそこから先を考えると、それだけでは厳しい。知名度がまったくないですからね(笑)。業界関係者は知っていますが、認知度を上げていかなければ将来がないと思いました。


 その辺をしっかり、ある程度の期間で上げようとすると、何だかんだ言いつつもテレビのパワーはすごい。知名度はテレビで撮って、そこから先はデジタルです。無名の会社なので、登場感を出すにはテレビを使わなければいけないと考えました。


 課題もありました。キャリア各社、特にモバイルキャリアは、みなさん、とんでもない広告宣伝費を使っています。その巨大なタンカーがひしめき合うところに、ささの葉でこぎ出したところで見向きもされません。そこをどうしようかということを考えました。


 各社のボリュームがとんでもない中で、かき消されないようにするにはどうしようというところからスタートしています。悪ふざけではないですが、ちょっとばかっぽさを出して取りあえず知名度を確立する手法は昔からありましたが、うちはストレートに内容をきちんと伝えることがいいと考えました。290円という料金は、普通の感覚からすると1桁違う。アピールできるところがあるので、ここをきちんと出すことにしました。


●プレゼンは手書き、カメラはiPhoneを使用 15秒になかなか収まらずに苦労も


―― 制作費が290円というアイデアはどこから生まれたのでしょうか。


福田氏 タレントを起用することも考えました。コストを抑える必要があったのでタレントをやっている知人ですが(笑)。でも、それも何かが違う。これは、僕自身がAppleにいてスティーブ・ジョブズから受けた影響ですが、変化の多い時代に生き続けられる会社は、コストリーダーシップを持った会社です。Appleであれば、iPhoneをずっと安く作っている。安く作って提供できるのは、コストリーダーシップがあるからです。通信の世界だと、日本通信はそういう会社と思っていて、オペレーションの仕方もどこまで安くできるかをやってきました。


 昨年(2023年)からは、マイナンバーカードの署名検証で本人確認をして、eSIMを発行するということをやっています。それまでは免許証の写真を送ってもらって人間かどうかを確認していましたが、そういうところにすごくコストがかかる。早くからeSIMに対応していたのも、eSIMなら出荷しなくていいし、SIMカードを作る必要もないからです。


 コストリーダーシップを持つということは、僕自身のポリシーでもありますが、会社としても基本線にしています。それを追求しようとなったときに、「じゃあ、290円でCMを作ろう」となりました。会議でそれを言ったら、誰かが「できないだろう」と言いましたが、その瞬間に「よし、それでやろう」と決定しました。


 カメラはiPhoneでいけますし、ストレートにメッセージを伝えていけば15秒の枠で十分です。Apple時代のとき、僕のプレゼンは全て手書きでした。タイプアウトしてきれいなものばかりな会社だったので、あえて手書きで作るということをずいぶんやってきました。それをやろうとして、僕の手書きにしたのですが、最初はダメ出しされてしまい(笑)。「僕には読めますが、世の中の人は読めない」と言われてしまいました。


 その日に社員を集めてオーディションをやり、声と文字を書く人を決めました。声優に頼んだら290円に収まるわけがないので、ナレーションをやってもらう人や紙に文字を書く人を社員から募集したところ、応募が90人を超えました。社員数を考えると、結構な比率ですよね。その中に、結構いい声の人間がいました。手書きも普段は見ないので新鮮でしたね。企画を考えてから、ちょうど1週間でそこまで進みました。


―― 広告代理店は制作にかかわってないんですね。


福田氏 ないですね。スティーブとテレビCMをやったときのことを思い出しました。スティーブがAppleに戻ってきて最初にやったのは、クリエイティブを戻すことでした。あの時のAppleにはお金がなかった。当時議論したのは、今日決めなくてもいいものは、いかに頭に残っているかが勝負になるということです。有名な「1984」のテレビCMもオンエアしたのは1回だけ。スーパーボールに合わせました。1回しか流されていませんが、伝説のようにメッセージとして残っています。


 当時のAppleが一生懸命やっていたのは、アウトドア(屋外広告)です。人間の脳は、記憶と場所をつかさどっているところが同じで、歩き回ることが重要になります。最近では科学的に証明されてきましたが、屋外で巨大なものを見たことは記憶に残りやすい。ですから、徹底的に屋外広告をやりました。やはりうちも、ある程度記憶に残るものをやりたい。ただ、記憶に残っただけで何のことか分からないと困ってしまうので、290円ということが残るようにしました。


 あとこれは、日本通信という漢字の社名があったからできたことですね。アルファベットで、聞いたことないような会社名だったら成立しなかったと思います。


―― 名前は規模感以上の重厚さがありますからね。日本を代表する通信事業者のような(笑)。


福田氏 NTTも東日本、西日本ですからね(笑)。b-mobileから日本通信SIMにして社名を全面に出そうとしたのも、それが理由です。いろいろな広告を見ていても、社名が残らない。ベタな社名はそういうときに悪くないなと思いました。サービスブランドとしても使っているので、これでいけるとなりました。


 そこからは制作です。教科書的な字では面白くないので、その人が書いたことがリアルに出る感じにしました。声もうまかったですね。普通に話をしているときにはそんなにいいとは思っていなかったのですが(笑)、テレビで流してみたら「いいじゃん」となりました。最後は紙をめくるところですが、2枚めくってしまったり、下がズレてしまったりで、なかなか大変でした。


―― あれは本当に15秒に収めたんですか。


福田氏 うまくいったと思っても1秒足りない、逆に1秒オーバーしてしまったということが何度もあり、苦労しました。最後はガムテープがあったので、それを手につけて紙がくっつきやすくするような工夫もしました(笑)。


―― 編集でチャチャっと縮めてしまう、みたいなことはしなかったんですね。


福田氏 編集でやろうと思ったら、何でもできてしまいますからね。あるいはCGでという手もあったのかもしれませんが、リアルなものとはちょっと違うという思いがありました。音も後から入れたわけではないんです。ここがiPhoneのすごいところで、「サッ、サッ」という音もちゃんと聞こえました。文字の色がちょっと薄いと思い、鉛筆を4Bにしたかったのですが、既に買われてしまっていて予算オーバーでした(笑)。そういうところも含めて、リアルにできたと思います。


―― ここも編集でコントラストをガッと上げたりすれば……(笑)。


福田氏 そうしたくなりますが、ここはあえて素で勝負しようと思いました。料金を紹介したかったのではなく、日本通信はこういう会社っですと伝えるには、ベタにやった方がよかったと思います。


―― iPhoneで撮ることに難しさのようなものはありましたか。


福田氏 撮影用の台を作りましたが、この上に実際に置いてみたら傾いてしまう(笑)。斜めになると、紙が真四角に写らないんです。僕のはiPhone 15 Pro Maxなので、これではダメだということで小さい方に変えました。


 あと、台に光が反射して、黄色くなってしまうんです。ここには黒く塗った紙をつけました。黒い紙を買うと、290円をオーバーしてしまうので(笑)。


●普段「テレビを見ない」人からも「テレビ見ました!」との反応が


―― CMを流す時間帯は決まっていたのでしょうか。


福田氏 そこはお任せしていましたが、CMを流したのは関東と静岡です。全国一律でいこうとすると、7億円ぐらいになってしまうので……。そこに絞りつつ、どのぐらい投入すれば多くの人が1回、2回は見たとなる量をやっています。1回、2回見れば、話題になるからです。


 最初は群馬(※福田氏は群馬県出身で現在、前橋工科大理事長も務める)と静岡で流そうと考えていました。テストマーケティングとして、地方だけなら安いのでと思っていたのですが、完成したものがよかったので、一度は関東全体でやらないとダメだろうということで、全域に投入しました。中途半端だともったいないので、関東では、このぐらいの投入量であれば、多くの人に見てもらえるという量でやりました。


 静岡では、それよりも投入量を増やしています。効果測定するために、そこだけは3割増しぐらいにしました。あとは、インターネットやSNSで、関東、静岡と関西圏も含めてやっています。検索広告は全国です。CMはその3段階です。


―― ターゲットはやはり一般層に広くということでしょうか。


福田氏 日本通信SIMになってからは、MNPで入ってくる方が圧倒的に多い。これは、b-mobileのときになかった傾向です。これが意味しているのは、メイン回線としてご利用する方々が増えているということです。実際、料金プランもメインで使っていただける内容になっています。そうなってくると、ターゲットは誰彼問わずになってきます。分かっている方だけに向けるのであればインターネットで十分ですが、一般の方々に届かせようとすると、やはりテレビの力は絶大です。


―― 効果はどうでしたか。


福田氏 申込数は増えていますが、今、それを測定しているところです。やはり知らなかった人が圧倒的に多かったという感触があります。「そんなのあるんだ」という感じで、調べたあと乗り換えるという声はいろいろなところに書き込まれていますし、実際、数自体も増えています。そういう意味では、ペイしています。


 これは今検証中ですが、通信は典型的なサブスクモデルで、3年間続けばペイすることになります。やはり予想通りというか、普段「テレビを見ません」という人からも「テレビ見ました!」って言われるんですよ(笑)。特定の番組を見るために見るというのではなく、テレビがついている状態にはあるのだと思います。


―― 次回作はありますか。


福田氏 考えています。これは、どこかでやらなければいけない。データを取りながら状況を見ていますが、2年後に向け、その後のことも考えています。


 最近、考えていることがあって、今はアンテナピクトにdocomoやau、SoftBankと出ますが、音声の相互接続をすれば、ここに日本通信と出すことができます。その準備もしつつですね。


―― 大前提として、黒字化したからできたCMですよね。


福田氏 もちろんです。本音では黒字、赤字は関係ないと思っていますが、ドコモとの音声接続でフルスケールのサービスができるようになる。当社としては、大きな勝負どころです。2年後にスタートではなく、今のうちから少しずつです。ビジネスはいつもそうですが、勝ちパターンを探す旅のようなところがあります。こういうふうにしたらいけるというところを見つけて、あとはそれを拡大再生産していければいいからです。


●取材を終えて:2年後の音声接続に向けて知名度を上げる戦略


 やや唐突にも思えた日本通信のテレビCMだが、その背景には2年後に控えたドコモとの音声接続があった。フルMVNOとしてサービスを展開する際に規模を拡大すべく、今のうちから徐々に知名度を高めていくというのが日本通信の戦略だ。シンプル290を題材に選んだのは、そのインパクトがあったからだ。その意味では、フルMVNOサービスにつながる第2、第3のCMがあっても不思議ではない。次回作でどのような工夫を凝らしてくるのかも注目しておきたい。



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