日立社長が「現場作業者の働き方改革」に注目するワケ “4つの人間力”を拡張せよ

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2024年09月29日 19:51  ITmedia ビジネスオンライン

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日立製作所の小島啓二社長(撮影:河嶌太郎)

 日立製作所が、現場作業者の働き方改革に注力している。


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 同社が東京国際フォーラムで開催した「Hitachi Social Innovation Forum 2024 JAPAN」の9月4日の基調講演に、小島啓二社長が登壇。人口減社会を迎え、今後いかにして生成AIをはじめとするテクノロジーによって「人手不足」を解決するかを語った。


 イベントでは講演の他、セッションや日立グループ各社による展示の中で、さまざまな業界の現場を支える「フロントラインワーカー」(現場作業者)の働き方をテーマに、テクノロジーによる変革の可能性を提示している。


 「データとテクノロジーの力で、フロントラインワーカーが輝く現場を実現する」「現場の人手不足というグローバルな社会課題を解決し、再び日本を成長の軌道に乗せられると確信をしている」と話す小島社長の講演内容をお届けする。


●日立社長「現場作業は極めて高度」 テクノロジーは何ができる?


 「日立はデータとテクノロジーを活用して、顧客とともに社会課題を解決する社会イノベーション事業に注力しています。私たちは健全な地球環境や人々の幸せ、そして経済成長の3つを同時に達成する持続的な経済成長の実現を目指しています」


 講演の冒頭、小島社長はこう切り出した。いま日本では、過去にない勢いで少子高齢化が進んでいる。そしてその影響によって多くの業界で人手不足が起こっている。2050年までには、実に2000万人の労働人口が減少するという見通しもある。特にものづくりなどの現場においては、若手社員の採用が難しくなり、熟練社員の退職によって、技術伝承が必要な事業の継続が困難になる企業も出てきている。


 これは、日本だけでなく世界中の多くの国々でも共通している問題だ。現場の人手不足は、まさにグローバルな社会課題の一つとなっている。


 しかし小島社長は「データとテクノロジーで現場にイノベーションを起こすことによって、必ずやこの困難を乗り越えられると信じている」と語る。


 「日本の素晴らしさは現場の力、まさに『現場力』に根ざしていると考えています。刀鍛冶の精錬や鍛造といったような、古来の現場の技術が日本にはあり、これが明治維新以降の近代化でのものづくりの支えとなりました。多くの日本企業が優れたものづくりの力を発揮し、日本製品の極めて高い品質を支えてきました。日立自身もこうした企業の一つです」


 10分以内で新幹線車内をきれいにする清掃サービス、そしておもてなしの精神で利用者を迎える旅館業などのサービスも日本の強みだと、小島社長は語る。この高い製品とサービスを支えているのが、現場作業者であるフロントラインワーカーだ。


 「この“現場の力”こそが、日本が世界に誇れる強みだと言えます。しかし、そうした現場がいま人手不足の危機にひんしています。データとテクノロジーでこの問題にしっかりと取り組み、解決することが求められていると私は考えています」(小島社長)


 フロントラインワーカーの例として、小島社長は製造工場の組み立て担当者や、物流を担うトラックドライバー、医療現場を支える看護師などを挙げた。


 「フロントラインワーカーの方々は、絶えず変化する現場の環境に合わせて仕事をしています。頭脳と肉体をリアルタイムで統合的に活用し、環境変化に柔軟に対応しながら目標を達成する。フロントラインワーカーの仕事は心身への負荷も高く、極めて高度な活動だといえます」(小島社長)


 そのため、フロントラインワーカーの仕事をそのままデジタルやロボットによって自動化して置き換えることは、とても難しく非現実的だ。「しかしテクノロジーによって、人間が使う一つ一つの力を拡張することは可能だ」と小島社長は指摘する。


 小島社長によると、フロントラインワーカーは「思考力」「コミュニケーション力」「五感力」「作業力」の4つの人間力を発揮しているという。「思考力」は、現場で起きるさまざまな変化や課題に対し、臨機応変に解決策を導き出す力。「コミュニケーション力」は、仲間と情報を共有し、必要な合意形成を図る力。「五感力」は、視覚、聴覚、触覚などを使って、周囲の様子を感じとる力。そして「作業力」は、自らの身体や道具を使って、仕事を進める力を指す。


 フロントラインワーカーは現場で、この4つの力を同時に発揮しながら、仕事に取り組んでいくという。


 例えば製造現場で機械のトラブルが発生した際には、フロントラインワーカーは、異音を聞いたりエラー表示を見たりすることで、機械の異変に気付く。過去の経験に基づいて、緊急に対策を考え、仲間と相談して指示を出す。そしてラインを停止し、機械の部品交換作業スケジュールの組み換えを進めることによって、現場全体で復旧の対策をしていく。


 この4つの人間力を、どのようにデータとテクノロジーによって拡張できるのか。まず「思考力」においては今後、生成AIは、文字だけでなく図面、映像、音声といったさまざまなタイプの情報を学習できるようになるという。


 「作業記録やノウハウを学習させた現場独自の生成AIを活用することによって、作業者はさまざまな情報を瞬時に引き出せるようになります。思考力の拡張によって、現場でスムーズな判断が可能になるわけです」(小島社長)


 次に「コミュニケーション力」では、今後5Gや6Gの高速通信環境を現場に整備していくことで、高精細な映像や資料をリアルタイムにチームで共有できるようになるという。コミュニケーション力の拡張によって、離れた場所にいるフロントラインワーカー同士が一刻を争う状況の中でも密に情報を共有し、連携し対応することが可能になる。


 「五感力」では、今後センシングの技術あるいはVRを活用することによって、現場空間を共有しモニタリングもさらに効果的にできるようになるという。


 「現場の音や映像を基にして、異常あるいはリスクを検知する。人の生体情報や作業負荷を常にモニタリングして、作業者の健康状態もしっかりチェックする。こうした作業者の五感力の拡張で、事故を未然に防いで現場の安全性品質を大きく高められるのです」(小島社長)


 最後に「作業力」では、アシストデバイス(編注:力仕事をサポートする装置)やドローンといった技術を使うことで、体への負担を減らし、高い場所や広い範囲の点検を安全かつ迅速にできるようになるという。小島社長は「今後、現場の安全性と作業効率を大きく向上させるロボティクスの技術がさらに進化していく」と確信する。


●小島社長「再び日本を成長の軌道に乗せられる」


 フロントラインワーカーの作業力の拡張によって、年齢や性別、身体能力に大きな違いがある中でも、多様な人々が共に働ける環境を実現できる。このようにテクノロジーを活用することで、フロントラインワーカーが現場で使う4つの人間力を拡張できるというわけだ。


 「拡張された一つ一つの力を統合して、新たな価値を生み出す。価値の創造に挑む。これができるのは、汎用的で創造的な力を持つ人間だけだと私は考えています。フロントラインワーカーが生き生きと働ける環境を整備することで、現場の安全性品質、生産性、環境への配慮を一段と高められるのです」(小島社長)


 データとテクノロジーの力でフロントラインワーカーが輝く現場を実現する。これが日立が目指す現場のイノベーションだという。


 「日本企業は長い間、現場を重視してきました。そんな日本企業だからこそ、現場の人手不足というグローバルな社会課題を解決し、再び日本を成長の軌道に乗せられると私は確信しています」(小島社長)


 一方で、さまざまな業界で、現場のイノベーションが進んでいくと、2つの社会課題が新たに生じることが予想されるという。その1つ目が、インフラへの負荷の増大だ。テクノロジーをフルに活用するためには、大量の電力と、送配電網の整備が必要になる。半導体やバッテリーなどの製造には、膨大な資源も必要になる。


 小島社長が警鐘を鳴らす。


 「データセンターやAIによる世界の電力需要は、国際エネルギー機関の調査で『2022年から2026年までの4年間で倍増する』と指摘されています。2050年にカーボンニュートラルを目指す日本でこれを実現するためには、エネルギーインフラの在り方を大きく見直す必要が出てくるでしょう」


 2つ目の課題が人材育成だ。現場のイノベーションを実現するためには、フロントラインワーカーが、新たなテクノロジーを効果的に活用するトレーニングが必要だという。


 「AIの安全性や信頼性など、さまざまなリスク対処もしていかなければなりません。これらの課題に対処するためには、各企業の個別最適では限界があります。産業界、金融界、行政が一体となった街づくり。さらには、教育・研究機関を巻き込んだ人材育成といった全体最適なエコシステムの構築が必要となるでしょう。このように、社会を前進させるための不断の努力が私たちに求められているのです」(小島社長)


 小島社長は、将来の人々が今の時代を振り返った際に「2020年代がターニングポイントとして記憶される」と指摘した。


 「この2020年代は、現場・インフラ・産業の在り方が大きく変わった、まさに歴史的なターニングポイントとして、記憶されるでしょう。今後この変化の渦は、あらゆる業界を巻き込んで広がっていきます。日本はこれまで、技術や社会の転換点をテコにして発展を遂げてきました。そんな日本にとって、この大変革はまさにチャンスだと私は考えています」(小島社長)


 日立は未来に向けて何をしていくのか。


 「日立は、技術の力で新時代の社会インフラを支えていく。顧客との競争を通じて現場のイノベーションを推進し、輝く現場、輝く社会の実現に全力で取り組んでいく方針です。大変革の時代を乗り越えるために、共に何ができるかを考えていきたいと思います」


 イノベーションによって、「4つの人間力」をどこまで伸ばせるのか。労働力不足という社会課題解決に、どこまでつなげられるのか。日立の今後に注目だ。


(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)



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