ビールやウイスキーで知られるサントリーが、日本ワインにも注力している。実は、ワインはサントリーの祖業であり、長い歴史を持つことは意外と知られていないのではないか。
【画像】特別な栽培によって糖度が急激に上昇した、ぶどう「甲州」
日本ワインの売り上げ目標として、サントリーは2030年に10万ケース(1ケース=750ミリリットル12本換算、以下同)を掲げている。これは2020年比で2倍の数値だ。2023年の売上実績は6.6万ケースであり、このまま推移すれば目標は達成圏といえる。
横ばいが続くワイン市場、しかも高価な商品も多い日本ワインで、サントリーはどう戦うのか。前編では同社の“先行者利益”やぶどう「甲州」への取り組みについて触れたが、今回は環境変化への対応などに迫る。
●環境対策と品質向上の“二兎”を得る取り組み
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甲州の品質向上以外にも、サントリーでは環境変化に対する取り組みなど、さまざまな打ち手を講じている。山梨大学と共同で始めた「副梢栽培」(ふくしょうさいばい)はその一つだ。
通常、ぶどうは4月ごろ芽吹いて「新梢」(しんしょう)として育ち、7月以降に成熟期を迎え、1日の寒暖差で成熟が進む。一方、副梢栽培では、新梢の先端を切除。その後に芽吹くものを育てることで、ぶどうの成熟開始時期を通常の場合よりも遅らせる。
ぶどうは昼夜の寒暖差が大きいほど糖度が高まるのだが、昨今の夏は激しい暑さによって夜の気温も下がりにくかった。そこで成熟期を遅らせて、寒暖差の大きい時期まで成熟が続くようにするのだ。
一般的な栽培と比較し「副」梢であることから、栽培量が減少するとされているものの、副梢栽培に取り組んだ結果、収穫量は大きく変わらなかったという。これは、栽培時期がズレることで、ぶどうに特有の病気が広がる時期を避けられるようになったことが影響している。もともとの目的である糖度の上昇にも効果が出ているという。
大気中の二酸化炭素を減らす取り組みも進む。除草剤を使わずに、草が生えた状態でブドウを栽培する「草生栽培」や、土壌の炭素貯蔵量を毎年0.4%ずつ増やすことで、温暖化を抑制しようとする「4パーミル・イニシアチブ」などが代表例だ。
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4パーミル・イニシアチブとして、焼却処分などで廃棄していた剪定(せんてい)枝を、炭化させてから土壌に投入している。枝は植物の光合成で炭素が貯蓄されることから、燃やすと大気中に二酸化炭素が出てしまう。そうせず、炭にすることで二酸化炭素の発生を減らし、かつ微生物による分解もしにくくなる。
これらの取り組みは社会貢献でもある一方、ワインづくりにも良い効果をもたらしている。「サントリー登美の丘ワイナリー」(山梨県甲斐市)の栽培技師長、大山弘平氏は「やはり、品質面でも効果がないとなかなか続けられない取り組みでもあります。その点で、4パーミル・イニシアチブであれば炭によって土壌が活性化したり、枝を炭化させる際の煙で、農地の病原菌も減少したりといった効果があるだろうと捉え、前向きに取り組んでいるところです」と話す。
●サントリーが重視する「テロワール」とは
大山氏が話す通り、やはり品質につながらないことには、社会的に意義のある取り組みでもなかなか続かない。では、そもそもサントリーの日本ワインが目指す品質とは何か。大山氏は「何か一つのバロメーターが突出しているのではなく、例えるのであれば『真円』のような、調和を持ったワイン」と表現する。そのために重要なのが「テロワール」だ。
テロワールとは「土地」を意味するフランス語から派生した言葉であり、土壌や気候など、ぶどう畑を取り巻く環境要因を指す。ワインの品質や風味を左右する重要な要素だ。
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例えば、一つの農園であっても場所によって日射量や降水量は異なる。そこで登美の丘ワイナリーでは、敷地内のテロワールを生かした原酒のブレンドを行うために、畑を50区画ほどに分け、細かくぶどうを管理しているという。注力する甲州では、そのうち10区画ほどを使用して品種のポテンシャルを引き出す試行錯誤を続けている。
それぞれの区画で栽培したぶどうの特徴に合わせて細かく原酒を作り分けするために、2024年9月から7億円をかけて新たな醸造棟の建設にも着手。完成は2025年9月を予定し、年間で1000ケースの生産量増強を見込む。
●高価格帯がヒット、若年層への手応えも
ここまでサントリーが日本ワインで行っているさまざまな取り組みに触れてきたが、どんな内容でも社会に発信しないことにはもったいない。その点、登美の丘ワイナリーはイベントやツアーの開催、国際コンクールへの出品に取り組むほか、今後は輸出にも乗り出す方針だ。
サントリーの常務執行役員でワイン本部長の吉雄敬子氏は「海外での日本ワインの知名度はまだ高くないが、国内では高価格帯でも売れるなど、ある程度の成果は出ています。高くても納得して買っていただけるストーリー付けや、世界で日本酒に続くような市場を作っていきたいです」と意気込む。
飲食店需要がコロナ前から復活しきれていない中、サントリーによると1〜8月のワイン市場全般は前年同期比で98%と、何とか横ばいを維持している。そのうち吉雄氏の話にあった通り、5000円以上するような高価格帯の商品が顕著に伸びている。品質が価格に結び付くワイン市場では好材料だ。
また、同価格帯のワインと比較したときに日本ワインは20〜30代の購入が多い傾向にあるという。若年層のアルコール離れが話題になることも多いながら、そう安価ではない日本ワインでこうした層をキャッチできている背景には、前回と今回で触れた取り組みの影響もあるだろう。価格に納得できるようなストーリー付け、さらに環境を意識した取り組みは「共感」や「エシカル」といった、若年層の消費動向にマッチしている。
好調とはいえ、まだ赤字の日本ワイン事業。今回紹介したような取り組みがサントリーにもたらす果実は、果たして酸いか、甘いか。
●著者プロフィール:鬼頭勇大
フリーライター・編集者。熱狂的カープファン。ビジネス系書籍編集、健保組合事務職、ビジネス系ウェブメディア副編集長を経て独立。飲食系から働き方、エンタープライズITまでビジネス全般にわたる幅広い領域の取材経験がある。
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