ウェルビーイング経営を実践するために、学習ツールや健康アプリの導入など、従業員のキャリア開発や健康促進に寄り添う取り組みを行っている企業は多い。一方で、
全社一律で学習ツールを導入しているが、従業員が活用してくれない
アプリで従業員の健康データを管理しているが、改善できている社員が少ない
などの課題を抱え、うまく活用が進んでいなかったり、成果に接続できていなかったりするケースも見られる。では、どのように従業員への施策を行い、ウェルビーイング経営を推進していけばよいのだろうか。
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今回は、ウェルビーイング経営の推進に必要な「All(企業の成果創出)」と「One(個人の欲求充足)」のうち、Oneをテーマに、高次元の個人欲求を充足させるためのポイントを解説していきたい。
●「学習ツール」の前に必要な取り組みとは
ウェルビーイング経営がうまくいっていない企業によく見られるのが、従業員の生理的欲求や安全の欲求など低次の欲求(根源欲求)を満たすことに終始しているパターンだ。根源欲求を満たすことは重要だが、その先にある貢献欲求や自己実現の欲求まで満たしていかなければ、真のウェルビーイングは実現できない。
One(個人の欲求充足)のポイントになるのが、高次元の個人欲求を充足させることである。マズローの欲求階層説を念頭に、まずは最低限対応すべき「健康増進」に取り組みたい。その上で、従業員の貢献欲求や自己実現の欲求にアプローチしていくことが重要だ。
●健康増進の落とし穴
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「健康でありたい」と願うのは、私たちの生理的欲求である。従業員の健康増進を図ることは、ウェルビーイング経営の第一歩だといえる。ただ、健康増進を図る際は、部分的な対応にならないよう注意する必要がある。
近年、AIやIoT、ビッグデータなどのデジタルテクノロジーが目覚ましい発展を遂げており、これらの技術と医療・ヘルスケアを融合し、新たな価値を生み出す「HealthTech」(ヘルステック)と呼ばれる分野が盛り上がりを見せている。ヘルステックの象徴的なプロダクトの一つが、Apple Watchなどのウェアラブル端末だ。生体データを簡単に収集・管理できる。
こうしたヘルステックの進化によって従業員の健康状態を把握しやすくなったが、肉体的な健康と精神的な健康の両方をケアできている企業は意外と少ない。実際に、従業員にスマートウォッチを配布して生体データを収集している企業もあるが、スマートウォッチで収集できるのは肉体的なデータだけで、ストレスや不安など、精神的なデータまでは収集できない。そのため、ストレス過多でメンタル不調に陥る従業員は増えるなど、部分的な対応では本末転倒になる事例も見られる。
●健康増進の考え方:「肉体と精神」「診断と改善」の4領域をカバーする
機械が故障したとき、部品を交換すればすぐに動くようになるだろう。しかし、人間が風邪をひいたとき、特定の器官を交換しても治らない。薬を飲んだり、栄養をとったり、十分な睡眠で身体を休めたりと、さまざまな方法で回復を図る。
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従業員の健康増進も同様に、複合的なアプローチが必要になる。ポイントは「肉体的健康」と「精神的健康」、「診断」と「改善」の4領域を全てカバーすることだ。
例えば、定期健康診断は「肉体的健康」の「診断」をするための施策であり、フィットネスクラブの活用は「肉体的健康」の「改善」を目的としている。ストレスチェックサーベイは「精神的健康」を「診断」し、コミュニティーづくりは「精神的健康」の「改善」を図るものだ。
まずは診断によって肉体・精神の両面から従業員のコンディションを把握することが先決だ。その上で、肉体・精神の両面で改善のための施策を講じていきたい。
健康増進の取り組みによって、心身ともに良好なコンディションを保てるようになると、より会社や他者への貢献欲求や承認欲求が生まれ、自己実現というさらに高次元の欲求が強くなっていく。
しかし、より高度な自己実現の充足に向かう上で、陥りがちな落とし穴も存在するため注意が必要だ。
●自己実現の落とし穴
近年、LMS(学習管理システム)を導入し、従業員のスキル習得やキャリア開発を支援する企業が増えている。もちろん、従業員に学習機会を提供し、キャリア開発を促すことは重要である。しかし、会社に「やらされる」という受け身の姿勢で取り組んでも、キャリア開発はうまくいかない。前提として、自ら主体的にキャリアに向き合う「スタンス」が形成されていることが大切だ。
ビジネスパーソンに求められる要件は、下図のように「人材要件フレーム」として整理できる。スタンスがピラミッドの土台になっていることから分かるように、良いスタンスを確立できていない人は、今後のキャリアに必要な知識やスキルを習得しようとしてもうまくいかず、キャリア開発が停滞する。優先すべきは、後天的獲得可能性の低いスタンスを開発することだ。
キャリア開発では、「3つの輪」のフレームワークが使われることが多い。これは、個人の「Will=やりたいこと」「Can=やれること」「Must=やるべきこと」を整理するフレームワークで、3つの輪の「重なり」が大きくなるほど自己実現につながりやすくなる。
重なりを大きくするためには、それぞれの輪を広げる必要があるが、やはりスタンスが確立していない人はうまくいかないことが多い。例えば、以下のようなスタンスの人はキャリア開発が難しいだろう。
●Will(やりたいこと)の不足:完全漂流型キャリアスタンス
やりたいことに向き合うことから逃げ続け、環境に対する「受身姿勢」が定着している状態。自分の意思が弱く「取りあえず、やっておきますね」が口ぐせ。
●Can(やれること)の不足:ぶら下がり型キャリアスタンス
やれることを増やして能力を高めることを諦め、今のままを求める「現状維持姿勢」が定着している状態。「新しいことを学ぶ時間がない」を言い訳に、変化や成長のための行動を取っていない。
●Must(やるべきこと)の不足:天動説型キャリアスタンス
顧客や周囲からの期待(やるべきこと)を無視して、自分目線に偏重する「ニーズ無視姿勢」が定着している状態。「会社や上司は自分のことを何も分かっていない」と、他人のせいにしてしまう。
●自己実現の考え方:自律・協働型キャリアスタンスを身に付ける
自己実現に向けたキャリア開発のためには、キャリアを自律的に考え、なおかつ他者と協働するスタンスが重要である。このスタンスを形成するためには、会社や顧客からの「期待」に応え、「意思」を持って行動し、成果・成長を通して信頼を高める「共栄姿勢」を育む必要がある。
自律・協働型のキャリアスタンスを形成できた人は、日々の仕事と自分のキャリアを接続させながら、高いモチベーションを持って働き続けられる。もちろん、LMSも自身のキャリアの糧になるものとして主体的に活用する。
●自己実現のポイント:志(キャリアビジョン)の言語化
自律・協働型キャリアスタンスを身に付けるためには、志(キャリアビジョン)を言語化することが不可欠だ。会社や社会に対する問題意識を持ち、人生で成し遂げたい志を描き、それを言語化する。そして自ら立てた志を日々の業務に接続し続けることで、自律的に仕事に取り組めるようになる。
志を言語化する準備として、経営陣や上司のキャリアをモデルケースとして紹介したり、1on1でキャリアの話をしたりすることが効果的だ。
●おわりに
前回記事でも述べたように、ウェルビーイング経営を推進するためには、いかにして「All(企業の成果創出)」と「One(個人の欲求充足)」を同時に実現できるかが重要になってくる。
今回はOneにフォーカスして、高次元の個人欲求を充足させるための取り組みについてお伝えした。次回はAllに注目し、エンゲージメントを高め続ける取り組みについて解説したい。
●著者プロフィール
岩崎健太 株式会社リンクアンドモチベーション 組織人事コンサルタント
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