【魯肉飯&大腸麺線】要町の小さな名店「有夏茶房」の本格台湾料理は、現代生活におけるポーションだ:パリッコ『今週のハマりメシ』第154回

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2024年10月04日 13:50  週プレNEWS

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要町にある「有夏茶房」の滷肉飯(ルーローハン)セット

ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

【写真】ラーメン、うどん、そば、どれともまったく違う大腸麺線(ダイチョウメンセン)

* * *

用事があって池袋へ出かけ、その用事が終わって時刻はお昼のちょっと前。せっかくだから昼ごはんでも食べて帰りたい。 そこでなんとなく西口方面に出て、駅前繁華街をうろついてみる。当然店はいくらでもあるものの、そもそも自分が"なんの気分"かがはっきりしていないから、なんだか決められない。時間ばかり過ぎてゆき、なぜか焦りはじめる。よくあることだ。

むやみやたらと歩いていたら、もはや有楽町線でひと駅隣の、要町駅のほうが近いくらいの場所まで来てしまった。もう、行ってみるか、要町。

池袋から要町へは、大通りである都道441号を直進すること10数分で着く。その間、いったん飲食店の数が少なくなるエリアのあたりで、やっと我に帰った。そもそも、なにをあわてることがあるんだと。気ままに街を散策し、流れに身をまかせて出会った店にふらりと入ってみることこそ、僕のもっとも好きな行為じゃないかと。それが見つからないなら、別に無理に店に入らなくたっていい。

そんなことを思った時に目の前にあったのが、可愛らしい外観の「有夏茶房」という店だった。茶房というくらいだからカフェ系かな? と思い近寄ってみると、「滷肉飯(ルーローハン)」や「大腸麺線(ダイチョウメンセン)」などなど、興味深いメニューが並んでいて、どうやら台湾料理店のようだ。


なんてことをしていたら、店から優しそうな顔をしたご主人が出てきた。僕に気がついてわざわざ、ということではなくて、店頭の睡蓮鉢で飼っている金魚に餌をあげにきたようだ。僕に気づくとにっこりと「こんにちは」と挨拶をしてくれたので、僕も「こんにちは」と返す。それ以上の、たとえば「お席空いてますよ」とか「美味しいですよ。よかったらいかがですか?」みたいな会話はなし。とてもいい。そうか、僕は今日、この店に導かれてここまでやってきたというわけだったのか。 「ひとり、入れますか?」と聞いて、そのまま入店。


小さなテーブルが4席、椅子は全部で8つの、こぢんまりとした店内だ。蔦の這う大きな窓から光が入って気持ちがいい。メニューを見てみると、やっぱりどれも魅力的。王道のルーローハンはもちろん、「軟骨飯(ナンコツハン)」「滷大腸飯(ホルモンハン)」「猪脚飯(ジュージャオハン)」、どれも気になる。しかもランチセットには、野菜炒め、味付け卵、揚げ豆腐、デザートがつくらしい。 が、「滷肉飯セット」(税込1,210円)には唯一「大腸麺線(ミニ)」もつくと書いてあり、どちらも食べてみたかったので、初回の今日はこれを選んでみるのが良さそうか。


また、「酒菜(おつまみ)」のメニューが思いのほか充実しているのも個人的に嬉しく、夜に飲みに来るのも楽しそうな店だ。「おつまみを注文されたお客様は、お酒類が110円割引になります」の一文にも泣ける。念のためご主人に、お酒はランチタイムでも頼めるかどうか聞いてみると「もちろんです!」とのことで、流れで「台湾紹興酒(杯)」(550円)も頼んでしまう。


ほどなくして、料理と酒が到着。


まずはダイチョウメンセンからいってみよう。スープをズズズとすすると、しっかりとしたとろみが舌に心地いい。味わいは優しくて、しかし動物系の旨味が強めにある。最初は、とんこつ? と思ったけど、そうか、これがホルモンの風味か。くさみなど皆無で、ふわりと柔らかい麺と合わさって、とにかく癒される。さっきまで焦っていた自分が遠い昔のようだ。


野菜炒めがこれまた穏やかな味わいで、けれども物足りなくないところはさっきのメンセンと共通している。揚げ豆腐はしっかり味。中華系のスパイスの香りと酸味がほのかにあってうまい。サービスで「麻辣グリーンピース」をつけてもらった紹興酒をこくりと飲むと、少し歩き疲れ、また悩み疲れた心身が、開放された感覚が確かにあった。


そしてルーローハン。さっきからおんなじ感想ばっかりだけど、見た目よりもずっと優しくて穏やかな味だ。そうか、本格的かつ腕の確かな料理人が作る台湾料理って、優しくて穏やかな料理なのか。ひと口ごとに癒され、体調が回復してゆく、毎日でも食べたい。


ほろりと煮られた豚肉は、甘めの醤油ベースに八角が香り、ごはんとよく合う。添えられたパクチーや高菜、煮玉子を崩しながら少しずつ味変してゆくのが楽しく、食べれば食べるほどにうまくなる。野菜炒めをのせてもうまい。

また、ザラザラっとしていなくて、むしろねっとりとした自家製ラー油。これをかけると味が一変、麻辣の「辣」、つまり唐辛子に特化した爽やかな辛さと、焙煎っぽい香ばしさが加わり、よけいにれんげを口に運ぶ手が止まらなくなる。


きっと料理名があるんだろうけど僕にはわからないデザートは、ナタデココと餅と寒天の中間のような、透明でぷるんとしたなにかがたっぷり入った、日本で言う寒天のようなものか。蜜っぽい甘さと、マンゴーっぽい酸味と香りのバランスが良く、妙にうまいお茶とよく合って、素晴らしいシメだ。


何度も前を通ったことはあったのに知らなかったのが恥ずかしいが、お会計時に聞けば、店は開店からもう10数年になるらしい。 ご主人は台湾のご出身らしく、「美味しかったです」とお伝えすると、調理場にいた奥様までわざわざ顔を出してくれ、ふたりで「嬉しいです! ありがとうございます!」と何度もお礼を言ってくださった。なんて良い気の充満した名店なんだ......。 要町の有夏茶房、今日、心身に刻み込んだ。日々の暮らしに疲れたらまた癒されに行こう。

取材・文・撮影/パリッコ

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