PCのバッテリー交換DIYが当たり前に? 2027年に迫る欧州の“バッテリー規制”、各メーカーの現実的な対応策は

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2024年10月04日 15:21  ITmedia PC USER

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パナソニック コネクトのLet's noteシリーズは長年脱着型バッテリーを採用しており、最新モデル(SRシリーズ)でも脱着可能になっている

 2023年7月、欧州連合理事会が「2027年以降に欧州(EU)で販売されるバッテリー搭載デバイスは、ユーザーが自分でバッテリーを交換できる機構を備えなければならない」という新しい規制の施行を発表した。


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 現在、ノートPCの多くはバッテリーが本体に組み込まれ、ユーザー自身が交換できない仕様が一般的だ。現状のままでは2027年以降、多くの製品がEU圏内で販売できなくなる。この規制によって、PCメーカー各社はどのような対応が求められるのか。本記事では、さまざまな規制の振り返りと、先行事例を解説しよう。


●各国にある電子機器の法規制をおさらい


 PCのハードウェアなどを販売するベンダーがグローバルでビジネスを展開する場合、注意すべきことはいくつかある。販売する国の商習慣に配慮するのはもちろんだが、それ以前に各国の規制当局による法律を順守する必要がある。その規制の最たる例は、電波や無線通信に関する規定がよく知られていることだろう。


 電波は国によってルールが異なり、日本では「電波法」によって規制されている。なぜそうした法律が必要かと言えば、電波は有限の資産だからだ。


 「ある周波数はTVに、この周波数は携帯電話に、こちらの周波数は緊急性の高い航空無線、警察無線、消防救急に」──と、周波数の割り当てが国主導で行われており、ときには政治的な議論にもなる(つまりある種の利権である)。


 よって電波を発する装置を利用する場合は、ユーザーが正しい周波数を使う(正しい周波数帯に電波を飛ばす装置を使う)ことが求められる。


 とはいえ、ここで言う“装置”とは、スマートフォンやPC、ゲーム機、家電など、Wi-Fiやモバイルネットワークに接続できたり、さまざまな電波を発したりする身近なデバイスのほぼ全てが含まれる。


 電波や周波数に詳しくない一般ユーザーに電波法を守れと言っても、それは無理な話だ。そこで電波法では、製品ごとに一括して「正しい無線の周波数を使っている」という確認を行うため、第三者機関による事前審査をメーカーに義務付けている。


 そのテストを経て認証された機器には通称“技適マーク”という表示が許可される。このマークがある機器を使うことで、私たちユーザーは電波法や技術的な知識を必要とせずに“装置”を使うことができる。


 さらに、日本にはそうした電気製品向けの安全規定を定めた「電気用品安全法」という法律がある。機器に電気を使う製品には登録検査機関による適合性検査が義務付けられており、有名なところではACアダプターなどに表示されている「PSEマーク」がよく知られているだろう。この検査の存在によって、電気製品の安全性が保たれている。


 もちろんそうした規定は日本だけでなく、米国など他の国にもあり、EUでも各国共通の規定として用意されている。


 EUが打ち出したバッテリーの再利用に関する新しい規制は、ここまでに紹介したさまざまな規制に加えられるものだ。


●EUが打ち出したバッテリー規制の内容


 EUはバッテリー規制単体というより、工業製品として出荷量が増大し続けるバッテリーの再利用を促進するため規制の大枠を発表し、その中にバッテリーの話が含まれているというのが今回の事のあらましだ。


 バッテリーをユーザーの手で容易に交換できるようにすることで、機器の使用サイクルを長くすることが狙いのようで、交換した使用済みバッテリーはリサイクルしてCO2の排出削減や持続可能なデジタル社会を実現したいと考えていると思われる。


 施行が2027年からというのは開発に時間がかかるメーカーへの配慮だろう。現在、ほとんどのスマホやタブレット、ノートPCはバッテリーが本体に組み込まれており、ユーザーの手で取り外せないようになっている。よってメーカーは今後、EUの規制に対応せざるを得ないというのが現状だ。


●昔のノートPCはバッテリーが外せた なぜ今は取り外せない?


 そもそもスマホやノートPCは、なぜバッテリーが取り外せないものが主流になったのか。実は2000年代の半ばまで、携帯電話もノートPCもバッテリーは交換式が主流だった。


 バッテリーの組み込み型がトレンドになったのは、製品の薄型化と関係がある。


 厳密に調べた訳ではないが、衆目の一致するところ、その始まりはどちらもAppleの製品だ。現在の誰もが使っている形態のスマホ市場を作り出したiPhone、薄型ノートPCという市場を作り出したMacBook Air、いずれの製品もバッテリーはユーザーが取り外して交換できないようになっていた。


 なぜAppleがそうしたのか。当時の担当者に話を聞く機会はなかったので、あくまで筆者の推測になるが、おそらく最大の理由はデザインだ。


 iPhoneは当時の携帯電話に比べて、MacBook Airは当時のWindowsベースのノートPCに比べて、本体の薄さが際立つ設計だった。


 もし交換式のバッテリーを搭載するとなった場合、厚みのある頑丈なケースでバッテリーのセルを包む必要がある。特にリチウムイオン電池はセルに衝撃を与えると発火して燃えてしまう危険性があるため、より頑丈なケースが必要になる。そして、そのケースを包むボディーと……厚みは増す。


 しかし、バッテリーセルを本体に内蔵し、製品のボディーでバッテリーも保護する設計にしたらどうか。すると交換式バッテリーの外装で生まれる厚みを節約できる。これが本体の薄型化を実現できるロジックだ。


 Appleはこう考えて、バッテリーを交換式から組み込み型にしたのだろう。当時は「(実は筆者もその一人だが)そこまでして薄くしなくてもいいのでは」という声もなかった訳ではないが、薄さを追求したAppleの決断は市場に評価され、他のメーカーも追従した。これが2010年代を通じて市場で起こったことだ。


●バッテリー交換式を続けるLet's note、薄型と交換式を両立させたDynabook、新たに参入したエプソンダイレクト


 そうした動きも、ここ数年徐々に変化が生じている。その最大の要因は、持続可能な社会を実現していこうという社会情勢の変化やユーザーの意識の変化だ。


 以前からのユーザーが組み込み型バッテリーのノートPCに不満を感じる点として、「PCのパフォーマンスは十分なのに、数年でバッテリーの寿命が尽きてしまう」というものがある。


 バッテリー交換はメーカーに修理扱いで依頼するしかなく、バッテリー自体のコストに加えて技術料などが付加される。これでは同じ機種を使い続けるモチベーションが低下してしまう(買い替えは促進されるが……)。持続可能な社会を実現する上で、良いことだとはいえない。


 そこで、ここ数年はバッテリーが交換可能なノートPCに注目が集まりつつある。パナソニック コネクトのLet's noteシリーズは、現行製品のFVシリーズ、SRシリーズ、QRシリーズのいずれの製品でも着脱式バッテリーを採用している。


 Let's noteは最新モデルに限らず、世の中の流れに反して着脱式バッテリーを一貫して採用し続けており、それがLet's noteのアイデンティティーの1つにもなっている。


 直近では同じく国内PCメーカーのDynabookが、2023年に発売した「dynabook X83 Changer」でバッテリーを交換可能にする新設計を採用した。Let's noteのようにワンタッチで交換できる着脱式ではないが、ユーザーの手で純正オプションの純正バッテリーに交換可能だ。


 さらに法人分野で根強い人気のエプソンダイレクトも、ワンタッチでバッテリー交換が可能な13.3型ノートPCの投入を10月1日に予告したばかりだ。こちらはツールレスでバッテリー交換が可能な機構を採用しているという。


●PCシェアトップのLenovoもバッテリー交換可の流れに


 このように、バッテリー交換できるノートPCの流れは着実に来ているのだが、こうした動きは日本メーカーにとどまらない。PCの世界市場でトップを走るLenovoも、バッテリーをユーザーが交換できる仕組みを整え始めている。


 同社は以前から、PCのメンテナンス用マニュアルを積極的に公開するなど、ユーザー自身によるメンテナンスに寛容だ。特に法人向けPCの場合、企業のいわゆる情シスが部品交換を行うようなケースも想定している。


 その際に「この部品はユーザー企業が交換してよい」「この部品はメーカー(Lenovo)のエンジニアが行う」と、それぞれ部品ごとに定めており、前者は「CRU(Customer Replaceable Unit)」、後者は「FRU(Field Replaceable Unit)」と呼んで区別している。


 ThinkPadの場合、SSDなどはCRUとされており、メーカーから送られてきた交換用のSSDを情シスが交換して修理することが許可されている(=保証が継続する)。


 PCの仕組みを理解している情シスにとっては、わざわざメーカーに製品を送らなくても自分の手で素早く修理して社内のダウンタイムをなくしたいと考えるはずだ。CRUはそうしたニーズに応えられるものだ。


 それに対して、FRUはメーカーのエンジニアでなければ交換できないと定義された部品として、ThinkPadならディスプレイパネルや無線のアンテナ、そして内蔵バッテリーがそれに該当する。


 しかし、2024年2月に発表されたThinkPad TシリーズおよびLシリーズの一部モデルでは、バッテリーがCRUに変更された。


 ThinkPadを含むLenovoの法人向け製品の開発責任者である塚本泰通氏(レノボ・ジャパン 執行役員 副社長 開発担当 CPSD 大和研究所)は「バッテリーをCRUにする取り組みは、EUの規制が発表される前から取り組んできました。PCエコシステム全体を持続可能にするという観点で考えれば、『何かを変えれば使い続けられる』──これは実現した方がいいと考えています」と話し、PC産業の持続可能性を考えて、そうした取り組みを加速していきたいという意向を明らかにしている。


 塚本氏によれば、バッテリーのCRU化に向け、ユーザーが交換する際に事故が起きないようにバッテリーパックの外装を従来の黒から茶色に変えるといった工夫もしているという。これは黒いネジをバッテリーパックの上に置いたままカバーを無理やり閉めて傷つけるといったケースの事故を防止するためだ。


 もちろん、エンドユーザーがバッテリーのセルを扱うことを前提にして、バッテリーに強固なカバーを装着するとった新たな工夫も重要だと塚本氏は指摘した。


 もっとも、今回の件は全てのThinkPadのバッテリーがCRUになったというのではなく、まずはTシリーズやLシリーズなどのメインストリーム向け製品で始まったものだ。


●PCメーカーの現実的な対応策は


 全てのモデルに拡大するのはまだ時間がかかるだろう。今後、2027年のEU規制をにらみ、PCメーカー各社はLenovoが実施しているような取り組みを行っていくことになるだろう。


 EUが求めているのは、ユーザー自身の手でバッテリーを交換可能にするということであり、Let's noteのように外装付きのバッテリーパックを純正部品として販売するということまでは求めていない。多くのPCメーカーにとっては、Lenovoがやっているような「バッテリーをCRUにする」という道が現実的な解決策になりそうだ。



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