世界の競馬ファンが注目しているGI凱旋門賞(10月6日/パリロンシャン・芝2400m)の発走が、いよいよ間近に迫ってきた。
日本からは今年、シンエンペラー(牡3歳)が参戦する。同馬は8月に渡仏し、9月14日に行なわれたアイルランドのGIアイリッシュチャンピオンS(レパーズタウン・芝2000m)に出走。3着と奮闘した。その前哨戦を無事にこなしたあとは、再びフランス・パリ郊外のシャンティイに戻って、本番に向けて調整されてきた。
そして9月27日には、芝コースでクリスチャン・デムーロ騎手(※)を背にして、実質的な追い切りを消化。レースを4日後に控えた10月2日にもダートコースで追い切って、最終的な態勢を整えてきた。
※レース本番の鞍上は坂井瑠星騎手。C・デムーロ騎手はフランスのザラケム(牡4歳)に騎乗。
日本からフランスへの輸送があって、さらにそこからアイルランドへの往復輸送。凱旋門賞に挑んできたこれまでの日本調教馬と比べると、かなりハードな臨戦過程に映る。しかし、シンエンペラーの調整を担当する岡勇策調教助手によれば、むしろ「状態は上がっている」と言う。
「前走が思いのほか全力を出しきっていない競馬で、疲れも残らなかったので、レース後の回復も順調。当初想定していたよりも、いい状態に持ってこられています。
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(追い切りは)先週しっかりとやったので、今日(10月2日)はオーバーワークに気をつけて騎乗。フレッシュな状態でレースに向かうことを重点としました。(当日の)馬場は予想では重くなりそうということですが、他馬が嫌がるようなら、うちの馬にとっては有利になると考えています」
シンエンペラーについては、日本だけでなく、開催地であるフランスをはじめ、世界各国の関係者から熱い視線が送られている。実際、主要ブックメーカーでは軒並み3〜4番人気。これは、GI勝ちもなく、前走で敗れている馬に対しては異例の高評価だ。
その一因には、シンエンペラーの全兄が2020年にこのレースを制したソットサスということがある。加えて、同馬の鞍上だったC・デムーロ騎手がシンエンペラーの追い切りに2度騎乗し、「(シンエンペラーは)ソットサスにそっくり」と太鼓判を押したことも、そうした評価につながっているのだろう。
無論、シンエンペラーがその評価に応える可能性は十分にある。それを後押しする材料のひとつは、偉大な兄が戴冠を遂げた時と同じ臨戦過程だ。兄ソットサスは3歳時、本番と同じ舞台のGIIニエル賞(1着)をステップにして3着に終わったが、翌年は今回のシンエンペラーと同じくアイリッシュチャンピオンS(4着)からの臨戦で頂点に立った。
「ニエル賞はメンバーがそろっても厳しい競馬にはなりにくいので、"本番に向けて"という意味では、コース経験以外は糧になりにくいのかもしれません。翻(ひるがえ)って、アイリッシュチャンピオンSはGIで、2000m戦ですから、流れも攻防も厳しくなります。その経験が本番で活きるのだと思います。
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つまり、悲観するような内容でなければ、そこでの着順は関係ありません。これは、シンエンペラーにも言えるのではないでしょうか」(C・デムーロ騎手)
過去30年を振り返っても、3歳になって未勝利の馬が凱旋門賞を勝ったケースは一度もない。だがそれ以前に、そもそも凱旋門賞は欧州以外の調教馬が勝ったことがない。その分厚い牙城に挑むことを考えれば、どんなデータも些末なものに感じてしまう。
シンエンペラーを管理する矢作芳人調教師、鞍上を務める坂井騎手、そしてオーナーの藤田晋氏による"トリオ"は、追い切りが行なわれた夜、日本の大井競馬場で前祝を果たしている。地方交流GIジャパンダートクラシック(10月2日/ダート2000m)をフォーエバーヤングで制したのだ。この勢いに乗って、パリの地でも美酒を味わうことができるのか、大いに注目である。
とはいえ、欧州トップクラスの集う最高峰の舞台である。頂点を目指すシンエンペラーの前には当然、手強いライバルたちが待ち受けている。
なかでも強力なのは、主要ブックメーカーで1番人気を分け合っている地元フランスのルックドゥヴェガ(牡3歳)とソジー(牡3歳)だ。
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ルックドゥヴェガは、3戦無敗でGIフランスダービー(6月2日/シャンティイ・芝2100m)を勝利。その勝ちっぷりと、昨年も無敗のフランスダービー馬エースインパクトが凱旋門賞を制したことから、早々に断然の1番人気に支持された逸材だ。
ただ、9月15日に行なわれた前哨戦、ニエル賞で3着。同レースを勝ったソジーの後塵を拝したことで、同馬と人気を分け合って本番を迎えることになった。それでも、陣営の凱旋門賞への自信は揺らいでいない。
ルックドゥヴェガを共同で管理するヤン・レルネール調教師が「(ニエル賞で)負けはしたけけど、凱旋門賞を勝つためには必要なレースだった」と、前走の敗戦を何ら気にすることなく、視線を先に向ければ、主戦のロナン・トーマス騎手も「(凱旋門賞の)距離に不安はないし、馬場が重くなるようならチャンスですよ」と、確かな手応えを示して見せた。
一方、ソジーは7月に凱旋門賞と同じ舞台のGIパリ大賞(7月13日)で優勝し、先述したとおり、前哨戦のニエル賞でもルックドゥヴェガを蹴散らして快勝。抜群のコース適性を示している。
唯一気になるのは、近年ニエル賞の勝ち馬が凱旋門賞を勝っていない、ということだが、パリ大賞、ニエル賞を連勝してきた馬と言えば、2006年の凱旋門賞でディープインパクトをあっさり退けたレイルリンクがいる。そして何より、ソジーを管理するのは、凱旋門賞を8勝しているアンドレ・ファーブル調教師というのが最大のプラス要素だ。
鞍上のマキシム・ギュイヨン騎手は大一番を前にして、「(今年の凱旋門賞は)断然の存在がいないレース。できれば、馬場については前走ぐらいがいいですね」と慎重な姿勢を崩さなかったが、最後には「(ソジーは)どの位置でも自在に競馬できるのが強み」と、秘めた自信を漂わせていた。
この2頭のほかにも、一発を狙う曲者がズラリ。そのうち、シンエンペラー陣営にとって特に怖い存在になりそうなのが、武豊騎手が騎乗するアイルランドのアルリファー(牡4歳)だ。
3歳時のGIIギヨームドルナノ賞(ドーヴィル・芝2000m)では、前出のエースインパクトと差のない2着に入線。4歳となってからも、2走前のGIエクリプスS(7月6日/サンダウン・芝1990m)で今年の欧州3歳最強馬とされるシティオブトロイの2着と好走し、前走のGIベルリン大賞(8月11日/ホッペガルテン・芝2400m)では圧倒的1番人気に応えて5馬身差の圧勝劇を演じている。
武豊騎手の凱旋門賞への想いはもはや言うまでもないが、キズナと挑んだ2013年の凱旋門賞ではオルフェーヴルを外から封じようとしたように、ここ一番での"キラー"ぶりには目を見張るものがある。日本競馬にとっての悲願達成は、競走馬より先に騎手が果たしても不思議ではない。
いずれにしても、今年も見どころ満載の凱旋門賞。ゲートインまで、まもなくである。