シンガポールの“不動産王”オン・ベンセンは、公務員の贈答品取得教唆と司法妨害ほう助の容疑で正式に告発された。2008年に初めてF1をシンガポールに招致し、現在も同イベントを運営する会社を経営している78歳のオン氏は、同国で50年ぶりとなる政府大臣の汚職事件への関与を理由に起訴されている。
元運輸相のスブラマニアム・イスワラン氏は、とりわけオン氏から多数の高価な物品を受け取った罪で、先週木曜日に禁錮12カ月の実刑判決を言い渡された。
裁判官がイスワラン氏に判決を下してから24時間も経たないうちに、オン氏は前述の容疑のために法廷に召喚されたが、彼の裁判がいつ開始されるかはまだ明らかになっていない。裁判所の文書によると、オン氏は2022年12月当時、イスワラン大臣をシンガポールからドーハへの旅行に招待し、高価な物品を受け取るよう唆した疑いがある。オン氏のプライベートジェットでの飛行費用は7700ドル(約114万円)とみられている。
不動産王はまた、イスワラン氏のためにフォーシーズンズホテル・ドーハでの1泊4737.63ドル(約70万円)相当の宿泊と、ドーハからシンガポールまでのビジネスクラスの航空券5700ドル(約84万円)相当も手配した。これらの行為が法に触れるとして同氏は当局に起訴された。シンガポールでは、公務員が公務上の関係にある人物から無償、または不当に低い価格で何らかの価値のあるものを受け取ることは違法とされているためだ。
元運輸相の事件に関するさらなる裁判文書によると、オン氏は当時の大臣に対し、CPIB(シンガポール汚職行為捜査局)が2022年12月の旅行の搭乗名簿を押収したと警告し、イスワラン氏に捜査の手がおよぶのを避けるためにフライト代金を請求するよう促したという。これがもうひとつの容疑である司法妨害のほう助に抵触した。
オン氏が初めてシンガポールの司法制度の注目を集めたのは、イスワラン氏の汚職疑惑事件の捜査が最高潮に達し、同氏が事務所で逮捕されてから2023年7月に初めて出廷した時だった。審理の後、この不動産王は10万ドル(約1476万円)の保釈金を支払い、バリ島への渡航も許可された。
当時、大臣としてイスワラン氏が受け取っていた収入に比べ、受け取った利益は比較的控えめであったものの、シンガポールには“公職における汚職がほとんどない”という非の打ち所のない記録がある。イスワランは判決に対する控訴を断念し、月曜日にチャンギ刑務所に入り、次のような声明を発表した。「大臣として私が行ったことは第165条に違反していたことを認める。私は自分の行動に全責任を負い、すべてのシンガポール国民に心から謝罪する」
オン氏の逮捕は、グランプリのプロモーターにとって大きな打撃となるだろう。不動産王の有罪判決は、F1と汚職を結び付けるものとして世間の注目を集めることになり、国のイメージを現状のまま維持することに非常に熱心な政府が、現在の契約が終了次第レースをすぐに中止する可能性があるためだ。
現時点でシンガポールは2028年末までグランプリを開催する契約を結んでいるが、国内ではすでにこれを最終契約とすることについて協議が行われている。懸念材料は汚職事件だけではない。まず何よりも、プロモーターの手数料を含めたコストが上昇し続けている問題があり、これに加えて世界中で24のグランプリが開催されることからファンの選択肢が増え、観戦する外国人の数が徐々に減少している実態がある。さらに、道路の重要な2カ所が閉鎖されることに対する地元の反対は、この16年間消えていない。
これらを踏まえると、オン氏の有罪判決は政府にとって最後の一撃となる可能性がある。仮にシンガポールGPの存続が困難になった場合、タイがF1カレンダー入りに非常に熱心であるため、F1のCEOであるステファノ・ドメニカリは、同じ地理的エリアの同じくらい象徴的な都市で、直接の代替候補を得ることになるだろう。