井上尚弥のKOが後半のラウンドに多くなった理由を山中慎介が解説「相手が『いかに倒されないか』を考えている」

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2024年10月13日 07:30  webスポルティーバ

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山中慎介インタビュー 前編

 9月3日、有明アリーナで行なわれたボクシング世界スーパーバンタム級4団体統一王座防衛戦。王者・井上尚弥は、元IBF世界同級王者テレンス・ジョン・ドヘニーとの一戦で7回TKO勝利を収めた。あらためて"モンスター"がその強さを証明した試合について、元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に聞いた。

【ドヘニーの気持ちを折った】

――井上選手のKO予想が圧倒的に多かったと思いますが、ドヘニー選手が棄権する形の終わり方は意外でしたね。

「まさかですよね。ドヘニーは腰を負傷したということですが、どの程度ダメージがあったのか、真相はわかりません。尚弥の強烈なボディーが入って痛めた、という印象もありますけどね」

――6ラウンド終盤にボディーをもらって、インターバルでコーナーに戻る際は表情がつらそうに見えました。

「あそこで勝負がついた感じでした。ドヘニーは深いダメージを負ったのと同時に、気持ちも折れたのではないでしょうか」

――試合は中盤から井上選手の手数が増えて、ダメージングブローがヒットし始めました。KOの予感も漂い始めていましたが......。

「フィニッシュが見えてきていたんですけどね。尚弥の世界戦をずっと見てきましたが、こういう終わり方もあるんだなと」

――井上選手は、試合の立ち上がりは慎重に見えました。

「やはり(ルイス・)ネリ戦の1ラウンドでダウンしているのもありますし、ドヘニーが強烈で見えにくい左を持っているのもありますからね。試合序盤は、しっかり下へのパンチを見せていきましたね」

――ドヘニー選手は、後ろ重心でディフェンシブな構えでした。

「尚弥を前にすると、結局、ああいう戦い方になるんですよ。試合前は、『俺はイケる』と思ってリングに上がるんでしょうけど、実際は尚弥の圧やパンチの威力を感じて受け身になるんだと思います」

――打ちに行きたくても行けない状況になってしまうということでしょうか。

「ドヘニーの打ち出しに対する尚弥の反応の速さが半端じゃないので、パンチを出す隙がないんですよね。ドヘニーから打つタイミングもないですし、尚弥にカウンターを合わせるタイミングなんて、もっと見当たらなかった。リアクションのよさでドヘニーを完封した感じです」

【相手は"いかに倒されないようにするか"を考えてしまう】

――4ラウンド、ドヘニー選手の左フックが井上選手の顔をかすめましたが、慌てた様子はありませんでした。

「尚弥に危ないシーンはなかったですね。3ラウンドと4ラウンドはジャッジ2人がドヘニーにつけていましたが、なんとかうまくポイントを取ったという感じ。パフォーマンスとしてはあれが限界でしょう。ドヘニーは常に後手だったと思います」

――井上選手がラウンドごとに少しずつギアを上げて、ドヘニー選手はじり貧状態になっていった感じでしょうか?

「そうですね。尚弥はスーパーバンタム級に上げてから、後半のラウンドで勝負を決めることが多くなりました。(スティーブン・フルトン戦:8R TKO、マーロン・タパレス戦:10R KO、ネリ戦:6R TKO、ドヘニー戦:7R TKO)それは、階級の壁というよりも、相手の警戒心が高くなったことが大きいと思います。相手がディフェンシブになったので、倒すのが遅くなるのは当たり前です。ドヘニー戦もあのままいけば、後半のどこかでKOしていたと思いますよ」

――階級が上がれば相手の耐久力も上がるとは思いますが、それよりも相手の戦い方の問題ということですね。

「どんなハードパンチャーでも、ディフェンシブな相手を序盤で倒すのは難しいですから。尚弥を前にすると、相手は"いかに倒されないようにするか"を考えてしまうんでしょう」

――山中さんは現役時代、相手が"神の左"を警戒するなかで、どのようにしてこじ開けていったんですか?

「僕は、フィニッシュブローは左ストレートのみですから、当てるまでに時間がかかりました。試合の前半は、左ストレートを当てるタイミングや位置を計っている感じでしたね。世界戦(13勝9KO)で6ラウンド以内にKOしたのは1度だけなんです。1ラウンドで終わった試合(ホセ・ニエベス戦)のみ。前半でKOするというのは、それほど難しいことなんです。それでも尚弥の場合はスーパーバンタム級に上げるまで、前半でガンガン倒していましたけどね(※)」

(※)井上は世界戦23勝(21KO)のうち、前半(6ラウンド以内)でのKOが13回。

――軽量級であの破壊力は、やはり脅威ということですね。

「中・重量級のパウンド・フォー・パウンド(PFP)にランクインしている選手でさえ、前半でのKOを予想されることはなかなかありません。尚弥はそれほど異質ですし、次戦以降の相手もディフェンシブになると思いますよ」

【スーパーバンタム級で対戦が見たい相手は?】

――ドヘニー選手の計量後の大きな増量も話題になりました。スーパーバンタム級のリミット55.3kgから、井上選手は7.4kg増の62.7kg、ドヘニー選手は55.1kgから11kg増の66.1kgで試合に臨みました。

「相手より重ければいいというわけではありません。ベストなパフォーマンスが発揮できるかどうかが重要です。ただ、ドヘニーはいつもそれくらい戻しているので、10キロ程度戻すのがベストってことなんでしょうね」

――ちなみに現役時代、山中さんはどの程度戻していましたか?

「7、8キロくらい減量して、リカバリーで5キロくらい戻してましたね。それでも増やせるようになったほうで、世界チャンピオンになった当初は、3、4キロしか戻せなかったんです。どのくらい戻すかは、減量する期間にもよると思いますけど、僕の場合は時間をかけて徐々に落としていました。いわゆる"水抜き"と言われるような方法で、直前に大きく減量するやり方ではなかったです」

――井上選手の次の相手は、12月にサム・グッドマン選手(IBF&WBO世界1位)が有力視されています。グッドマン選手はここまで19戦全勝(8KO)ですが、どう見ますか?

「う〜ん......正直に言うと勝負論はないと思います。ドヘニー戦と同様、尚弥の勝ちは揺るがないでしょう」

――熱い試合になるかどうかは、井上選手とファイトできるかどうかでしょうか?

「そうですね。相手が完全に引いてしまうと、見ごたえのある試合にはなりづらい。今は尚弥を相手に、誰なら盛り上がるのか、楽しませてくれるのかということがテーマになっていると思います。スーパーバンタム級なら、ムラドジャン・アフマダリエフ(元WBA・IBF同級王者)がどこまでやれるのか見てみたいです」

――アフマダリエフ選手は、去年4月にタパレス選手に判定負けを喫して初黒星。2団体王者からも陥落しましたが、スーパーバンタム級のトップランカーであることは間違いない?

「僕は、尚弥がスーパーバンタム級に上げた時、一番見たいカードがアフマダリエフ戦でした。タパレスに敗れましたが、危ないシーンは特に見受けられませんでしたし、オリンピックの銅メダリスト(2016年のリオ五輪)で好戦的な選手です。そのアフマダリエフが尚弥を前にして、下がらずに戦えるのかどうか見たいですね」

――好敵手を見つけるのが難しいほど、井上選手の実力が抜きん出ているのが現状だと。

「尚弥の場合は、あらゆるパンチでKOできますし、仮にアウトボクシングをしてもめちゃくちゃうまいはずです。なんならサウスポーで戦っても勝てるんじゃないか、くらいのレベルだと思います」

――そういえば2017年、WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチのリカルド・ロドリゲス戦でサウスポースタイルを披露したことがありましたね。

「そうでしたね。サウスポーの僕から見ても、あの完成度には驚きました(笑)」

(後編:激闘の「武居由樹vs比嘉大吾」で勝負を分けたポイントをどう見たか 10.13「井上拓真vs堤聖也」も予想した>>)

【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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