赤字転落のヴィレッジヴァンガード 苦境の原因は「サブカル不調」「人材不足」だけとは言い切れないワケ

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2024年10月15日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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ヴィレヴァン赤字転落の根本原因は? (編集部撮影)

 全国各地に300店以上を展開する「遊べる本屋」ことヴィレッジヴァンガード(以下、ヴィレヴァン)が2024年5月期決算で赤字転落を発表すると、「ヴィレヴァン経営の失敗?」といった記事が散見されるようになった。「ショッピングモールに出店したことで、ヴィレヴァンの独自性が失われた」「ヴィレヴァンらしい店づくりができる人材が減ってしまった」といった論調が中心だが、果たして問題はそれだけなのだろうか?


【画像】ヴィレヴァンは「何に」苦しんでいる?


 サブカルの担い手として知られるヴィレヴァンのビジネスモデルを簡単に説明すると、サブカル関連の雑貨をそろえた異空間のような売り場を構成し、雑貨を衝動買いしてもらいつつ、その世界観の軸となっている書籍を手に取ってもらう手法の書店である。赤字転落が取り沙汰される前から、ヴィレヴァンの業績は右肩下がり、収益は低空飛行の状態が長く続いていた。一方で、厳しさを増す書店業界で「なんとか健闘していた」ともいえる。ヴィレヴァンの現状を、データで分析してみよう。


●ピーク時には400店以上まで拡大


 図表1は、ヴィレヴァンの2002年以降の売上高と経常利益の推移だ。2014年までは順調に増収増益で推移していることが分かる。この時期、全国のショッピングセンター、特に地方のイオンモールへの出店を急速に増やしたことで、店舗数もピークの400店を超えるほどになっていた。


 しかし、過剰出店気味となり、店舗当たりの売り上げが低下。2015年以降は不採算店舗の整理を実施して規模を適正化しつつ、店舗当たりの売り上げを維持して、なんとか収益を確保していた。ちなみに、2017年5月期に大幅な減収となっているのは、子会社の雑貨チェーン、チチカカの業績が急速に悪化し、他社に売却したことが影響している。


 コロナ禍以降は不採算店整理を上回る売り上げの落ち込みがあり、店舗閉鎖による収益改善も追い付かなくなった(図表2)。コロナ禍が実質的に終息した2023年は売り上げの回復が期待されたが、結果としてさらに減収が進み、10億円弱の経常赤字を計上するに至った。


●大丈夫なのか?


 こう聞くと「大丈夫なのか?」と思うかもしれないが、会社の資金や自己資本は潤沢であり、改善策を実施する時間的余裕は十分ある。2024年に入って売り上げも回復に転じており、今期の黒字回復(2025年5月期の業績予想は売上高272億円、経常利益2億400万円)は実現する可能性が高い(図表3)。


 ヴィレヴァンが急拡大した後に急失速したことについて、さまざまな分析がされている。中でも「SNSの影響力がマスメディアを上回るようになり、サブカルという概念自体が曖昧になるにつれて、ヴィレヴァンの対象市場が縮小し始めた」「大半の出店場所がショッピングモールになったことで、ヴィレヴァン独自のとがりや毒気が抜けてしまった」といった指摘が散見された。


 「急拡大に伴いヴィレヴァンの異空間を作り出せる人材が希薄化してしまった」という意見も多く、その結果、ヴィレヴァン独自の世界観が失われたという評価にもつながっているようだ。おそらく、これらの意見は全て当たっていて、時間の経過とともに変化した環境と、上場して市場に成長をコミットするために起きた変質とが相まって、顧客とのギャップが大きくなったのだろう。


●ヴィレヴァンがすべき店舗網の再構築


 人材に関して、かつて運営会社にインタビューしたことがある。ヴィレヴァンの“異空間店舗”は、店長やスタッフの運営におおむね任されている。スタッフは店に来ていたお客がアルバイトになり、バイト店長になり、そして正社員店長になる、という過程を経て、ヴィレヴァンへの適性を会社と社員が互いに判断する。こうして育成された人材は、いわば一人ひとりが店舗コンセプトなのだ。彼ら・彼女らを転勤させることが店舗のリニューアルにつながり、店舗が陳腐化することを回避できる、というロジックがあった。


 この考え方は納得できる部分もあるのだが、年齢を重ねていく社員個人のライフステージとは相成れない点がある。また、事業の成長が止まってしまえば、社員へのインセンティブ提供も難しくなる。店舗の減少はポストの減少を、収益の低迷は待遇改善の期待が薄くなることを意味する。遠隔地への転勤が続くのであれば、別の生き方を考えるのが普通だろう。人材への依存度が高いビジネスモデルの会社でありながら、個々の社員の人生に対する配慮は足りなかったと言わざる得ない。


 こうした状況を踏まえると、緩やかな縮小傾向が今後も長く続くことは、異空間を生み出せる人材に依存するヴィレヴァンの運営を揺るがしかねない。かつてはヴィレヴァンでバイトからキャリアを積み、いつかは自分の店を持ちたいという志向のスタッフも多かったと聞く。今期は足元の売り上げが回復しているため、経営計画は達成されるだろうが、スタッフの新たなキャリアアップの道筋を提示できなければ、閉塞感を打破することは難しいだろう。


 通常、チェーン店は店舗の賃貸期限や収益状況に合わせた店舗計画を作るものだ。そこで少し極端な提案ではあるが、ヴィレヴァンは「店舗ありき」の人員配置ではなく、「本当にヴィレバンらしい店舗」をつくれる店長・スタッフに合わせた、店舗網の統廃合を進めるべきではないだろうか。世界観を共有するスタッフを研修や教育では養成できないことは、店舗数を急増させた時期に会社として十分学んでいるはずだ。


●イオンモールへの出店は実際どうだったのか


 では、店舗数を急増させた時期に、地方のショッピングモール(主にイオンモール)に大量出店した店舗は、ヴィレヴァンに禍根を残したのだろうか。実際にピーク時である2013年度の地域ごとの店舗配置と、直近期の配置を比較してみた。これはピーク時に比べて生き残った店の割合を示しており、どのエリアで客離れが大きかったかを知ることができる(図表4)。


 もともとの地元エリアである中部の残存率は9割以上と高いのは置いておこう。それ以外で分かるのは、関東、近畿の大都市圏の減少率が高く、北陸、東北、九州といった遠隔地の残存率が高い、という意外な結果だった。


 オールドファンからは「全国のイオンモールに出店したこと自体がヴィレヴァン変質の元凶」との批判もあるが、地方における中高生などのサブカル初心者の開拓には一定の効果があった、という評価もできるのではないだろうか。逆に、そのまま大都市中心で展開していたら、業績はもっと早いタイミングで厳しい局面に追い込まれていたことが想定できる。もっとも、そんなに急拡大しなければいいという意見もあろうが、上場したため後戻りできなかったのだろう。


●ヴィレヴァン苦境の元凶とは?


 ヴィレヴァンの商品別売上構成はコロナ禍以降公表されていないが、2019年においては書籍の構成比が7%、SPICEと称する各種サブカル雑貨が同85%を占めているので、もはや「書店」とはいえないかもしれない。しかし、SPICEはあくまで書籍と出会うための空間づくりに必要な調味料であり、「菊地君の本屋」という異空間が多店舗展開したのがヴィレヴァンである。


 なぜ、こうした構成になったのかといえば、「SPICEで構成した売り場が面白く、集客につながる」のが理由の1つだろう。雑貨が売れることで収益も上がり、ヴィレヴァンの基本の売り場作りとして展開されていくようになった。しかし、最大の理由は、収益構造上、書籍の販売だけでは食えないからである。


 今は開示していないので以前のデータになるが、ヴィレヴァンが扱う書籍の粗利率は20%ちょっとしかない。一方、SPICEの粗利率は35〜40%ほど。その理由は、書籍流通における再販売価格維持制度(書店は出版社が定めた定価で販売しなくてはいけないという決まり)によって、書籍販売の利益が事実上低水準に抑えられていること、つまり書店がそもそも構造上、儲からないビジネスモデルになっているからである。


 小売ウォッチャーから言わせてもらえば、書籍の粗利率2割というのは、大手ディスカウントストアと同水準であり、効率性の高いインフラを備えた大手でないと儲けは出ない。「最終的に書籍の粗利率3割は必要」という意見も聞くが、個人的には賛成だ。


 ヴィレヴァンの赤字転落が話題となり、その経営手法に関してさまざまな意見が出ている。しかし、そもそも儲からない収益構造で各地の書店が閉店していく中、ピーク時には400店以上、減った今でも300店以上の書店チェーンにまで成長できたこと自体がすごいのである。逆に言えば「SPICEで構成した異空間で集客し、稼ぐ」という破天荒なビジネスモデルがなければ、生き残れない書店の仕組み自体に問題があるのだ。


 2024年10月4日、経済産業省は「関係者から指摘された書店活性化のための課題(案)」を公表して、現在パブリックコメントを実施している。その中でも書店経営に関するさまざまな課題を抽出し、書店を残していくための問題提起がなされている。書店経営の1つの成功事例を作ってきたヴィレヴァンが赤字になったタイミングで思うのは、役所や書店関係者の力だけで何とかできる状態ではなく、書店の受益者である消費者も含めて、どうすべきか考える時ではないだろうか。


著者プロフィール


中井彰人(なかい あきひと)


メガバンク調査部門の流通アナリストとして12年、現在は中小企業診断士として独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。



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