なぜ、謎の「クラフト〇〇」が増えているのか 大企業が次々に参入する理由

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2024年10月16日 11:21  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ「クラフト」商品が過熱しているのか

 今、素材や製法に関して職人的なこだわりがあることを示す「クラフト◯◯」というネーミングが増殖中だ。分かりやすいのはクラフトビールやクラフトジン。少し前は専門店で提供されていたが、一般の飲食店でも置かれるようになってきた。


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 最近はクラフトコーラも人気だ。火付け役は漢方由来の製法でスパイスや生薬などを調合した「伊良コーラ」で、銭湯や日帰り温泉などにも置かれているのでファンになった人も多いだろう。


 このような「クラフト飲料」が一部ファンの局地的な盛り上がりではなく、社会的な「ブーム」にまでなったというのは、「大手メーカーもガッツリ便乗」という点からも明らかだろう。


 発売からわずか2カ月で57万ケースを突破したキリンビールのクラフトビールブランド「SPRING VALLEY(スプリングバレー)」、サントリーのジャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」、コーヒー飲料「CRAFT BOSS(クラフトボス)」、さらにアサヒ飲料のクラフトコーラ「三ツ矢クラフトコーラ」など、“クラフト感”を押し出した商品が相次いでいる。


 大手メーカーがこれを大きなトレンドとして捉え、「職人のこだわり」を消費者に訴求するバズワードとして重宝していることがうかがえよう。


 マーケティングの世界では、こういう使い勝手のいい言葉はすぐに広まる。例えば、スイーツ業界だ。「もともとパティシエとか菓子職人は素材や製法にこだわっているんだから、わざわざクラフトを付けなくてもよくない?」というツッコミはさておき、クラフトチョコレート、クラフトキャラメル、クラフトバターケーキなど、唯一無二の“クラフト感”を前面に押し出すスイーツ店が増えているのだ。


 とどまるところを知らない「クラフトブーム」の中で今、熱い視線を集めているのが「クラフトドレッシング」だ。全国各地の「道の駅」などで売っている、ご当地こだわりドレッシングのことで、2024年4月放送の『マツコの知らない世界』(TBS系)で取り上げられたことも追い風となって、市場が盛り上がっている。


●クラフトブームの始まりは


 そもそも、この分野のクラフトブームは「調味料」が先行していた印象だ。「世界に羽ばたく『クラフト醤油』 赤橙色のいざない」(NIKKEI The STYLE 2023年3月31日)の記事で取り上げられているように、全国各地のしょうゆ蔵でつくられる個性的なクラフトしょうゆを筆頭に、クラフト味噌(みそ)、クラフトポン酢などが「道の駅」や催事場で注目された。


 ただ、皆さんも実体験で分かるように、しょうゆやポン酢は毎日のようにドボドボと使うものではない。「食」にこだわりのある人は、刺身はこれ、肉料理はこれという感じでしょうゆを何本も使い分けるが、一般的な庶民は調味料をそこまで多く買いそろえない。


 そこで代わりに注目されつつあるのが、野菜にかけるのはもちろん、炒め物の味付けにも使える「調味料にも使えるドレッシング」だ。


 ドレッシングは違う味を楽しみたいということでわりと多く買いそろえる。しかも、しょうゆや味噌よりも食品として自由度が高い。和風、洋風、中華風と味もさまざま、原料も定番の玉ねぎ、にんじん、ゆず、ねぎなどだけではなく、「日向夏ドレッシング」(宮崎)、「柿ドレッシング」(和歌山)、「伊予柑ドレッシング」(愛媛)など特産品を用いてエッジを立てられることも、市場が盛り上がる要因の一つだ。


 この勢いが続けば、クラフトビールやクラフトジンに続いて「クラフトドレッシングブーム」がやってくるかもしれない。大手メーカーの動向を見ると、その「兆候」を読み取れるのだ。


 「リケンのノンオイル 青じそ」などを手掛ける理研ビタミン(東京都新宿区)が2024年8月、「洋食屋さんのただただおいしいドレッシング」という新商品を出した。


 町のこだわりの洋食屋さんが手づくりで野菜をすりおろしてつくったようなドレッシングをコンセプトとしているこの商品の名に「クラフト」は付いていない。しかし、その宣伝文句の中では「ハイブリッドクラフト製法」という独自手法を用いていると強調しているのだ。


 また、同社は2023年8月に「インドカレー屋さんの謎ドレッシング」というものを出しており、2024年9月までで250万本突破の大ヒット商品となっている。これも見ようによっては「お店の手づくり」、つまりはクラフト感を前面に出しているのだ。この勢いが続けば、よりストレートにクラフトを訴求した「職人のこだわりがつまったクラフトドレッシング」のような商品が登場をするのも時間の問題だろう。


 ただ、どんなブームにも言えることだが、さまざまな分野に「クラフト」が広がっている一方で、決してケチをつけているわけではないのだが、「ん? それってクラフトでいいの?」と首をかしげるようなものまである。


●意外な食品にも広がるクラフトブーム


 例えば「クラフト餃子」である。


 餃子好きの間では有名だが、2022年から「クラフト餃子フェス」という全国各地の人気餃子店が集結する新たなフードフェスが行われている。直近では10月9日から16日まで「さいたま新都心けやきひろば」で開催され大盛況だった。


 クラフト餃子フェスを主催するLAF Entertainment(東京都港区)によれば、「クラフト餃子」とは、餃子の食材選びや製造過程において、全国の餃子職人が皮、餡、タレなど、一つ一つにこだわり抜いて完成させた餃子のことだという。


 いや、もちろん難癖をつける気などさらさらない。フェスの性格を示した素晴らしいネーミングだと思うし、誰かが迷惑するものでもないのでこの名称をどんどん広めていただきたいと思う。しかし、その半面で「餃子ってだいたいの店は食材や製法にこだわってつくるよなあ」と思ってしまう自分もいるのだ。


 これが「アリ」ならば、クラフトカレー、クラフトラーメンなどなんでもいけてしまう。と思ったら案の定、調べてみたら既にそのようなことを提唱している店、専門家がいらっしゃる。しかも、大企業も便乗済みで、エスビー食品(東京都中央区)は2024年8月、スパイス専門家監修のもと「S&B CRAFT CURRY 中辛」という新商品を発売している。


 そう、もはや「クラフト」というのは好む好まざるとに関係なく、人間が口に入れるあらゆるものに適用される万能ワードになっていたのである。それがうかがえるのが飲料や料理だけではなく、「食材」であるはずの「肉」「魚」「牛乳」にまでその流れが及んでいるということだ。


●「クラフトミート」と呼ばれる熟成肉も


 まず、肉好きの人たちの間では「クラフトミート」という言葉が広まっている。よく言われるように肉は魚と違って、新鮮だからいいというものではなく、手間暇かけて「熟成」させたものがうまい。その職人の技を用いた熟成肉のことを「クラフトミート」と呼ぶのだ。


 全国にそのような熟成肉を扱う精肉店や飲食店が増えているが、中でも有名なのが東京・赤羽にある「CRAFT MEAT&LAB」だ。肉を乾かすことが趣味というオーナーが日々、うまい熟成肉を探求する文字通り「研究所」だ。ECサイトには『1頭買いした牛・豚に「菌による成熟・水分・温度・酸化コントロール」を注いだ“クラフトミート”を生産している』とある。


 「クラフトミート」があるのなら当然、「クラフトフィッシュ」もある。陸上養殖の産業化を目指している「さかなファーム」(東京都新宿区)は2020年9月、養殖魚の魅力を伝えるマーケットプレイス「CRAFT FISH」をオープンした。これをブランド名にして陸上・海上問わず、さまざまな養殖水産品を販売しているのだ。


 よく言われるように、日本の養殖技術は非常に高い。近畿大学がクロマグロの完全養殖に成功して世界で注目を集めたように、いずれ来る世界的なタンパク質不足の解決策の一つになるとも期待されている。そんな職人的技術を「クラフト」と銘打つのは、当然と言えば当然かもしれない。


 また、あまり「職人のこだわり」というイメージが直結しない「牛乳」の世界にも「クラフトミルク」という言葉が登場している。それが2024年6月、東京・吉祥寺に誕生した乳業メーカー「武蔵野デーリー」である。


 100年続く牛乳屋が立ち上げたメーカーで、「フリーバーン」(牛が自由に歩き回ることができる牛舎)など、牛をのびのび放し飼いにするなど、こだわりの飼育をしている牧場の生乳だけを用いた牛乳、つまりは「クラフトミルク」を製造販売するという。


 このようにありとあらゆる食品、そして原料にまで「クラフト」をうたい始めている現状に対して「どうせ一過性のブームでしょ」と冷ややかに見る人もいらっしゃるかもしれない。


 ただ、筆者は意外とこの流れは、分野によっては定着していつの間にやら「定番」になり変わっている可能性も大いにあると思っている。


●クラフトが「定番」になりそうなワケ


 「そば」の前例があるからだ。


 「手打ちそばの名店」でそばに歯応えがあったり、のどごしのよさをうりにしているところがある。あれも考えてみれば各店の職人の腕に左右される「クラフトそば」である。


 だが、実はこれは「傍流」だった。明治時代に発明された製麺機が普及し、昭和に入り、戦後もそのまま「機械打ちそば」が主流だった。それが1960年代後半から田舎の農家で使っていた古道具や農具が、東京の百貨店で高値で売られるような「民芸品ブーム」が過熱して、その流れで1970年代から「手打ちそばブーム」が起きる。そのようなニーズに対応する形で「そば打ち職人」が急に増えたというわけだ。


 手打ちそばの名店として知られる「藪蕎麦 宮本」(静岡県島田市)の主人、宮本晨一郎さんも当時をこのように振り返っている。


「宮本さんが修業していた1970年代は機械打ち蕎麦の全盛期。修業先の『池の端藪蕎麦』もご多分に漏れず機械で蕎麦を仕立てていた。手打ちの技術で唯一の指針となったのは、同じ上野にある『蓮玉庵』の店主が修業先に来て実演してくれた蕎麦打ちだ。そのとき目にした工程を脳裏に焼きつけ、あとは自分なりに工夫をし、独学で精度を高めてきた」(dancyu 2023年6月24日)


 つまり、われわれが今「伝統の味だなあ」と喜んで食べている「手打ちそば」は、たかだか50年前の「手打ちそばブーム」という、いわば「クラフトブーム」によって定着した新しい食のスタイルなのだ。


 ということは、これまで紹介してきた数々のクラフト食品、クラフト食材だって消費者に受け入れられ、いつの間にやら「定番」のポジションにつく可能性もあるということだ。


●既に成功している大手企業も


 クラフト餃子やクラフトフィッシュの刺身をさかなにクラフトビールを飲み、時にはクラフトミートの焼肉を堪能、シメにクラフトラーメン……。そんな「職人のこだわり」「手づくり感」にこだわった「クラフト専門レストラン」が至る所に増えていくかもしれない。


 そうなると大企業チェーンも「便乗」していくだろう。既にそれで大成功しているところもある。うどんチェーンを展開する丸亀製麺(東京都渋谷区)だ。


 今オンエアされているCMで「丸亀製麺には、すべての店に麺職人がいる。」というキャッチコピーを押し出しているように、丸亀製麺は各店ごとに熟練の職人(麺職人)を配置しているのが特徴だ。そのような意味では、「クラフトうどん」のチェーン化に成功しているといってもいいだろう。


 このような「クラフト感訴求の成功モデル」をパク……ではなく、参考にする大手外食チェーンもあらわれるかもしれない。例えば、従来のファミレスより職人的なこだわりを強めた「クラフトファミレス」。あるいは、手間暇かけた熟成肉や稀少な高級肉しか使わない「クラフト牛丼」――。


 「バカバカしい」と笑う人も多いだろうが、これまで見てきたように、「職人のこだわり」という付加価値を示す「クラフト◯◯」は言ったもの勝ちの側面もあり、消費者が食い付けば、大企業はスピード感をもって便乗してきた、という動かし難い事実があるのだ。


 クラフトミートを用いた職人こだわりのハンバーガーを、クラフトコーラで楽しむ「クラフトマクドナルド」なんて冗談みたいな店が、いつの間にか始まっているかもしれないのだ。


(窪田順生)



このニュースに関するつぶやき

  • 日頃使っている封筒にクラフト封筒と書いて有るがこれも手作りだったのか。知らなかった。そんな貴重な物をこんなに安く…有難い事だ。
    • イイネ!2
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