Q. 「食後に眠くなるのは糖尿病のサイン」って本当ですか?
Q. 「食後はいつも、とても眠くなります。『食後の眠気は糖尿病のサイン』と言われているので、心配です。自分でも調べてみましたが、糖尿病になると、食後にインスリンが分泌され、血糖値が急激に下がるために眠くなるそうです。昼食の後でも、急にだるくなったり、眠くなったりするので、自分にも当てはまります。今年の会社の健康診断では異常が見つからなかったのですが、早めに検査を受けるべきでしょうか?」
A. 誤った情報ですので心配無用です。うのみにしないでください
不安を感じられているようですが、ご心配なく。糖尿病の有無に関係なく、私たちはみんな、満腹になると眠たくなるようにできています。それは、ごく当たり前の生理現象です。「糖尿病だとインスリンが過剰に分泌され、低血糖になるから眠くなるのだ」という説がまことしやかに広まっているようですが、なぜこのような誤情報が広まったのかわかりません。
実際には、糖尿病になると、膵臓(すいぞう)から分泌されるインスリンというホルモンが不足したり、うまく作用しなくなったりするため、食後に上がった血糖値はなかなか下がらなくなります。低血糖どころではありません。
高血糖状態が長く続くことで、血管のタンパク質に糖がくっついて(専門的には「糖化反応」と言います)血管が脆くなります。その結果、目の網膜の血管が破裂して失明したり、腎臓の血管がだめになって腎不全になってしまったりすることがあるのです。「インスリンが過剰に分泌されて低血糖になる」ということはあり得ません。
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ご飯などに含まれるデンプンを摂取すると、唾液や胃腸にある酵素の働きで、最終的にはブドウ糖(グルコース)という単糖にまで分解されて体内に吸収され、血流にのって全身に運ばれて、私たちが活動するのに必要なエネルギー源として利用されます。
「血糖値」というのは、血液中のグルコース濃度に相当します。ですから、しっかりとご飯を食べた後は、当然のように血糖値=血中グルコース濃度が一時的に高くなります。
一方、脳の視床下部というところには、睡眠を引き起こす「睡眠中枢」があります。睡眠中枢が働くと私たちは自然と眠くなり、休息モードに移行します。
そして、血糖値と睡眠中枢の関係性は、意外なほど簡単で直接的であることが、2015年にフランスの研究チームが発表した研究論文(Journal of Neuroscience, 35(27):9900-9911, 2015)で明らかにされました。
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よくよく考えてみると、「食後にすぐ眠る」のは野生動物にもよく見られることです。例えば、野生のライオンは、必死で獲物を捕まえて、たらふく食べておなかいっぱいになると、ごろりと寝てしまいます。「食事によって得られた貴重な栄養分やエネルギーは、しっかり体内に蓄える」というのが、生存のためには重要なことでしょう。
「食後には動かず休む」のは合理的なことです。私たち人間も動物ですから、食後に眠たくなって休むことは、実は悪いことではないのです。
現代の私たちは「食後にすぐ寝るのは悪いこと」と思いがちです。「食後3時間たたないと寝てはいけない」という専門家のアドバイスも目にします。しかし、人間の体や脳の仕組みを本当に理解すれば、こうした考えはナンセンスなのかもしれません。
私たちの祖先が、厳しい環境の中で飢餓と戦いながら生き延びてきたころには、おそらく「食後に眠たくなってすぐに休息する」というしくみが、貴重な栄養分とエネルギーを体に蓄えるのに役立っていたに違いありません。ところが、現代の「飽食の時代」を生きる私たちは、食べたいものをいつでも好きなだけ食べてしまいます。
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「食後に眠たくなる」という生理現象の意味を正しく理解して、食習慣そのものを見直す必要性を感じてもらえたらと思います。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))