「とりあえず、やってみる」 創業130年、老舗の海苔会社がデジタル改革で得た“意外な成果”

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2024年10月21日 10:11  ITmedia ビジネスオンライン

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老舗の海苔会社がデジタル改革で得た成果は?

 「取りあえず、やってみれば」


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 これは、創業130年を誇る老舗海苔メーカー、小善本店(東京都台東区)が掲げる意外な合言葉だ。伝統産業の代表格ともいえる海苔製造の世界で、なぜこのようなチャレンジ精神あふれる言葉が飛び交うようになったのか。その謎を解く鍵は、同社が近年推進する大胆なデジタル化戦略にある。


 小善本店は1894年創業の海苔製造販売会社だ。長い歴史の中で培った品質と信頼で、国内外に確固たる地位を築いてきた。しかし、2019年を境に社内の様子が一変する。「IT化とともに、若い人に受け入れられるようにしたかった」と、常務執行役員で社長室管理本部長、BtoC事業本部長、そしてITシステム部長を兼任する小林祐介氏は当時を振り返る。


 変化の象徴が、3年前に一新されたというオフィスだ。来訪者は口をそろえて「どこのスタートアップですか?」と驚くという。伝統と革新、アナログとデジタル。相反するものが融合する小善本店のオフィスに、同社の変革への意気込みが表れている。


 しかし、なぜ130年もの歴史を持つ企業が、突如としてデジタル化に舵を切ったのか。そして、「取りあえず、やってみれば」という姿勢は、どのような成果をもたらしたのか。老舗企業の大胆な挑戦の裏には、何があったのか。


●伝統とデジタルの融合、その意外な転機とは


 小善本店のデジタル化への道のりは、多くの企業と同様、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行がきっかけだった。しかし、同社の変革はそれ以前からひそかに進行していた。


 小林氏は5年前、情報系の大学を卒業後、大手金融機関で営業やIT企画の経験を積み、家業である小善本店に入社した。「IT化できていないという課題は認識していました」と小林氏は当時を振り返る。しかし、130年の歴史を持つ企業の体質を変えることは容易ではない。そこで小林氏が取った作戦が「取りあえず、やってみる」だった。


 「コロナ禍の前から、オンラインミーティングの環境整備を始めていました」と小林氏は語る。当初は「一つの選択肢」にすぎなかったこの取り組みが、パンデミックを機に「必然」へと変貌を遂げる。


 しかし、デジタル化への障壁はそう簡単には崩れなかった。「年齢が高い人がネックになるのでは」と小林氏は危惧していた。ところが予想外の援軍が現れる。それは、テレビだった。


 「テレビでDXの必要性が盛んに報道されるようになったんです」と小林氏は笑う。「高齢の社員こそテレビをよく見ている。それが功を奏しました」。皮肉にも、既存の媒体であるテレビが、デジタル化への抵抗を和らげる役割を果たしたわけだ。


 だが、オンラインミーティングの導入は、小善本店のデジタル化の序章にすぎなかった。本格的にSaaS活用していく過程で、同社は思わぬ壁にぶつかることになる。


●「取りあえず、やってみる」から始まった大変革


 小善本店が直面した「思わぬ壁」は、意外にも自社の販売管理の基幹システムだった。長年使い続けてきたオンプレミスのフルスクラッチシステムは、デジタル化の足かせとなっていたのである。


 「システム外で別途作って無理やり対応していました」と小林氏は苦笑する。この状況を打開するため、同社は大手ベンダーのパッケージソフトを導入。しかし、この選択が新たな課題を生み出すことになる。


 「確かに機能は多かったのですが、カスタマイズには膨大なコストがかかる。『これ絶対もっとよくできるよね』と思いました」と小林氏は当時を振り返る。ここで小林氏は決断を下す。5年の契約期間をへて、システムの刷新を決めたのだ。


 次に選んだのは、クラウド型の会計ソフト「freee」だった。「APIが使える点や、自分で調べていろいろとやっていける点が決め手でした」と小林氏は説明する。さらに、「だまっていてもアップデートしてくれる。常に最新である」というSaaSの特性も、選択の理由だった。


 freeeの導入を機に、小林氏はさらなる改革を決意する。それまで、人事労務管理や経費精算など各業務に特化した別々のSaaSを利用していたが、これらをfreeeの各プロダクトに順次切り替えていったのだ。


 「複数のSaaSを使用していると、システム間の連携が煩雑で、データの一元管理が難しくなります」と小林氏は説明する。「freeeに統一することで、これらの課題を解決できると考えました」


 この決断により、バックオフィス業務の大半がfreeeで統一された。「1つのプラットフォームに集約することで、データの連携がスムーズになりました」(小林氏)。各システム間でのデータ連携の手間が大幅に削減され、業務効率が飛躍的に向上したという。


 しかし、freeeだけでは対応できない業務もあった。在庫管理や受発注システムなど、業務の根幹を支えるシステムの構築には、サイボウズの「kintone」を活用した内製開発を選択した。kintoneは、ノーコードで業務のシステム化が行えるSaaSだ。


 「取りあえず、やってみる」精神が、ここでも生きた。「kintoneは取りあえずやってみるには良い手段です。ダメだったらすぐに作り直せばいい」と小林氏は語る。この柔軟な姿勢が、試行錯誤を恐れない社風を醸成していった。


●SaaS導入がもたらした成果と新たな課題


 小善本店が段階的に進めてきたSaaS導入は、具体的にどのような成果をもたらしたのか。最も顕著な変化は、業務効率の大幅な向上である。


 「以前は営業の社員など、午後8時頃まで残っていた時代もあったんですが、今では皆、定時で帰っています」と小林氏は語る。残業時間の削減は、SaaS導入の直接的な効果だ。


 freeeの導入により、会計業務の効率化も図られた。データ入力の手間が削減されただけでなく、リアルタイムでの財務状況把握が可能となり、経営判断のスピードアップにもつながっている。


 また、kintoneを活用した内製システムにより、在庫管理や受発注業務が一元化され、データの集計や分析にかかる時間が大幅に短縮された。これにより、より戦略的な業務に時間を割くことが可能になったという。


 SaaS導入は、業務効率化にとどまらず、社員の意識改革ももたらした。小林氏は次のように語る。「以前は『いつもの方法で』と言っていた社員が、今では『もっと効率的な方法はないか』と考えるようになりました」。130年の歴史を持つ企業文化が、デジタル化を通じて着実に変革されつつある。


●グローバル展開を見据えた次なる挑戦


 小善本店のSaaS活用は、国内業務の効率化に大きな成果をもたらした。しかし、同社の挑戦はここで終わりではない。次なる課題として浮上しているのが、グローバル展開に向けたシステム統合である。


 「これからは海外がメインになっていく」と小林氏は語る。同社は既に韓国、中国、台湾に製造拠点を持ち、世界各国に製品を輸出している。しかし、海外拠点とのデータ連携はいまだ課題が山積みだ。


 現状、海外子会社の管理は「Excel + 現地会計事務所」という組み合わせで行われている。「リアルタイムどころか、月次の締めですら遅れがちです」(小林氏)


 この状況を打開するため、海外拠点を含めたシステム統合を検討している。しかし、その道のりは平坦(たん)ではない。


 「言語の壁が大きいですね」と小林氏。特にアジア圏では、英語だけでなく現地語への対応が必要となる。「韓国の現地法人では、行ってチェックしようと思っても、使っているサービスのトップメニューすら何が書いてあるか分からない状況です」


 さらに、各国の会計制度の違いや、データ形式の標準化など、技術的な課題も山積みだ。「SAPのようなグローバルに対応した大規模システムを導入する選択肢もあるが「われわれの規模では現実的ではありません」と小林氏は説明する。


 そこで小林氏が注目しているのが、新たな海外拠点の設立計画だ。「新しい拠点では、ゼロから私が関われるので、うまくいけば他の拠点にも横展開していきたい」と意気込みを語る。この新拠点でのシステム構築に、小林氏は「取りあえずやってみる」精神を存分に発揮する構えだ。「現地の状況に合わせて柔軟に対応し、試行錯誤しながら最適な方法を見つけていきたい」という。


 グローバル展開におけるシステム統合は、多くの中堅企業が直面する課題だ。老舗企業が、最新のテクノロジーを駆使してグローバル市場に挑む。その姿は、日本企業の新たな可能性を示唆している。小善本店の挑戦は、まだ始まったばかりだ。



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