10月18日から20日、2024年MotoGP第17戦オーストラリアGPが行われました。今年も初日から不安定な天候のスタートでしたが、無事にスプリント、決勝レースはドライコンディションで開催。スプリントではホルへ・マルティンが勝利し、決勝ではマルク・マルケスが見事な追い上げを見せ勝利を飾りました。
また、Moto2クラスでは小椋藍が上位フィニッシュでチャンピオン獲得へまた一歩近づいています。
そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第42回目となります。
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--“左利きの……”じゃ無くて“左回りのマルケス”、やっぱり今回は速かったですね。予選とスプリントでの(ヘルへ・)マルティン選手の速さは圧倒的でしたから、レースも間違いないと思ったんですけどね。
今回も昨年同様にあまり天候には恵まれなくて、初日のFP1が雨で結局キャンセルになったし、2日目も午前中の雨のせいで難しいトラックコンディションだったから、ここは(マルク・)マルケス選手の独壇場かと思ったら、マルティン選手が予選では段違いに速くて2番手の(マルク・)マルケス選手に0.6秒の大差をつけていたよね。スプリントでもそのままの勢いを保って、誰も寄せ付けずに完璧な勝利だったからそう思ったのも無理は無いね。
ただ、レースの後半で(マルク・)マルケス選手に抜かれた時にラインがクロスしてちょっと危うい場面があったので、マルティン選手がそれ以上は無理しなかったというのもあるけどね。
--確かにマルケス選手の見せた追い上げはすごかったですが、今週の(フランセスコ・)バニャイア選手は日本GPで見せたような強さが見られませんでしたね。
スプリントは横風対策で変更したセッティングを外したとか言っていたけれど、トップから約7秒差。レースでは一時はトップに立ったけれど踏ん張れず、最終的に10秒差を付けらたからかなり屈辱的な結果といえるだろうね。スプリントは原因がわかっているようだけれど、レースは後半でタイヤが終わったような感じだったね。
今回の優勝タイムは昨年以前の記録に対して1分近く短縮されているから、タイヤ性能の向上はあるとしても、やっぱり路面の再舗装の効果が大きいのかな。もちろん3位のバニャイア選手も昨年よりずっとタイムは短縮しているわけだけれど、上位ふたりほどにはその効果を生かしきれなかったという事かな。
--これでチャンピオンシップポイントがマルティン選手の424ポイントに対してバニャイア選手が404ポイントと今回だけで10ポイント差が拡がりました。前回の日本GPで10ポイント差に詰め寄られたのを挽回したわけですが、残り3戦での20ポイント差というのは両者にとってどうなんでしょう?
ふたり共に勝負は最終戦のバレンシアまでもつれ込むだろうと口にしているから、そういう覚悟ではいると思うんだけれど、バニャイア選手としては追う立場の心理的なアドバンテージを得るためには、もう少しポイント差を縮めておきたかったね。
古い話になるんだけれど、2006年の最終戦はヤマハの(バレンティーノ・)ロッシ選手がホンダの(ニッキー・)ヘイデン選手に対して8ポイント差を付けていたから、最悪ヘイデン選手の後ろでフィニッシュすればチャンピオンという楽勝ムードだったんだよ。
ところが本人にはそういう感じはまったくなくて、初日から気合入りまくりで、あまり得意でないサーキットなのにポールポジションを獲得して必勝態勢だったんだね。ところが柄にもなく緊張したのかスタートを失敗して7番手まで後退、対してヘイデン選手は2番手に上がっていて焦ったんだろうね。4ラップ目に転倒してしまったんだよ。すぐに再スタート出来たんだけど結果は13位。
この時ばかりは、『神の子』と呼ばれたロッシ選手もやはり『人の子』だったんだなと思ったものだよ。まあこういう事もあるから、僅かなポイント差でトップに立つのはあまりお勧めしないね(笑)。
--今回、(マルク・)マルケス選手はチャンピオンシップリーダーのマルティン選手に次ぐ大量得点で(エネア・)バスティアニーニ選手を抜いて3位に上がって来ました。可能性は0ではないと思いますが、さすがにチャンピオンは無理ですかね?
さすがに残り3レースで79ポイントをひっくり返すのは無理だとしても、上位ふたりのチャンピオン争いの鍵を握る立ち位置にいる事は確かだね。スプリントでは彼らに割って入ることでポイント差を拡げ、レースでは彼らの前に出る事で逆にポイント差を狭めた。本人の意志とは関係なくチャンピオンシップの流れを変える力を持っている訳だよ。
--なるほど、だとするともし本人の意志が入るとすれば、やはり同じスペイン人としてマルティン選手を支援する場面もあるんでしょうか?
そう言われると、2015年の(マルク・)マルケス選手とロッシ選手の確執を思い出すね。マレーシアGPでマルケス選手を故意に転倒させたとしてペナルティを科されたロッシ選手が、最終戦で最下位スタートになってチャンピオン獲得のチャンスを逃し、結果的にスペイン人の(ホルヘ・)ロレンソ選手がチャンピオンになったという一件ね。
--バニャイア選手はそのロッシ選手の愛弟子ですから、もしそういう事が起こり得るとしたら何か因縁を感じますね。
確かにね。でも(マルク・)マルケス選手は来シーズンのファクトリー入りが決まっているし、立ち場的にも来シーズンはアプリリアに移籍するマルティン選手を支援するのは考え難いよね。まあ個人的な関係がどの程度の濃さなのかは知らんけどね。
--ところでその(マルク・)マルケス選手ですが、スプリントでもレースでもスタートで問題が起きていましたね。
スプリントに関してはスタート自体は問題無かったんだけれど、下降デバイスの解除が出来なくてもたついてる間に8番手くらいまで後退して、そこから追い上げて行ってレース中盤であっさりとバニャイア選手を抜いて2位に浮上したのは驚いたね。
決勝レースのスタートでは派手にスピンしてちょっと危ない状況だったけれど、原因は自分の捨てたバイザーのティアオフに乗ってスピンが始まったみたいだから自業自得だな。
スタート前に捨てるのも珍しいけど、それが風向きで自分のマシンの下に落ちたのは偶然とはいえ珍しい出来事で、本人も気にしてマシンの下を探す素振りを見せていたけどまさか真下に落ちてるとは思わなかったんだろうよ。
いずれにせよ自分でピンチを招いて、それをものともせずに結果を出しに行くところは、これも持って生まれたひとつのスター性という事でバニャイア選手とは対極のキャラクターだね。というか、良くも悪くも「唯一無二」と言うべきなのかな、今更だけど(笑)。
--今回のスプリントは完走15台リタイア7台とかなり荒れましたが、特に(マーベリック・)ビニャーレス選手と(マルコ・)ベゼッチ選手の接触はかなりのハイスピードでしたから、大きな怪我が無かったのは奇跡的ですね。
あのシーンは何度も見返してみたけれど、ビニャーレス選手のオーバーテイクに関しては特に無理しているようには見えないんだが、ベゼッチ選手にとっては自分の走行ラインに割り込まれた形になった。スリップストリーム効果でマシンが吸い寄せられてしまってブレーキングが間に合わなかったかのように見えたね。
いずれにせよ一瞬の出来事なのでペゼッチ選手としても被害者意識が強いだろうし、ペナルティが科されるのはちょっと厳しいかなと言うが僕の見解。命に関わるような大事故にならなかったのはラッキーだったで終わらせず、両車のデータを時系列的に突き合せて、何が原因なのかを突き止める必要は有ると思うよ。
そもそも人間の反応時間はそれほど速くないから、あのくらいの速度域での出来事は人間の処理能力の限界を超えているんじゃないかな。交通事故は追突した方に100%非があるという裁定になりがちだけど、今回のようなケースは不可抗力的な要素が大きいから、ライダー全員に対して注意喚起するためにも事故の原因とライダーが取るべき対応を科学的に明らかにすべきと思うね。
--話は変わりますが今年のレースも残り少なくなってきたわけですが、期待された日本メーカーの巻き返しは現時点ではどのように感じていますか?
ライダーの好・不調と言う側面もあるから結果だけで判断するのは難しいけれど、アラゴンGP辺りからホンダの(ヨハン・)ザルコ選手とヤマハの(ファビオ・)クアルタラロ選手が比較的安定してポイントを獲得出来ている状況にあるので、レース結果は複雑な要素が絡むから一概には言えないけれどある程度は成果が出て来たと評価したいところだね。
他のライダーがあまりにも不甲斐ないというか結果が出ていないので、そう言い切るにはちょっと無理があるけどね。
--今回はヤマハの(アレックス・)リンス選手がダイレクトQ2進出からの予選9番手ということで期待したのですが、好結果にはつながりませんでしたね。
結果的には予選で低迷したクアルタラロ選手の方がレース結果は良いという皮肉な結果になったけれど、ふたりに共通した課題としてレース前半でのグリップ不足を挙げていたのが気になるね。以前クロスプレーンクランクエンジンの特徴は、慣性トルクの影響が殆どない『雑味の無い駆動力』と説明した事を憶えているかな。僕はこの特徴が路面温度の低いこのトラックでは災いしたんじゃないかと見ているんだよ。
--雑味の無い駆動力はタイヤに優しいという事だったと思いますが、それが災い……?
そうなんだよ。昔のようにタイヤを自由に選べるのであれば、他車に比べて1ランクソフトなタイヤを選択できるというアドバンテージになったけれど、タイヤが共通化された現状では今回のような路面温度が低いトラックではソフトを選択しても最適なタイヤ温度まで上げるのに時間が掛かってしまう要因にもなるんじゃないかな。まあこれは極めて個人的な憶測でしか無いけどね。
--という事はやはりV4エンジンへの移行は必須という事になるのでしょうか?
V4ならすべて問題解決というわけでも無いのは、ヤマハ以外が全てV4という現状を考えれば容易に想像がつくよね。大事なのはやはり『駆動力の質』なので、出力特性や点火間隔、クランクマスなど選択肢が増える分だけ早急に検証しなければならない事も増えるので、他社レベルに追いつくのは簡単な事では無いと思うよ。
--やはり来シーズンのどこかでV4での参戦というのが現実味を帯びてきますね。
ついこの間、2027年からの排気量変更に備えて開発投資の負荷を軽減するために、2006年のエンジン開発を凍結すると正式に決まったらしいね。ヤマハとしてはV4の戦闘力がいかほどの物か他社との直接比較で検証する必要があるから、来シーズン中にかなり早い時点から実戦投入して来るんじゃないかな。
--となるとウインターテストでのお披露目とかの可能性もアリですね、これは楽しみだ。
おいおい、それは気が早すぎるよ(笑)。