そしてこの能力は、たゆまぬ学習で成立しています。生まれてから成長する中で、顔認識の力をどう伸ばしていくのかを解説します。
輪郭だけで「人間の顔」を判別する赤ちゃんの力
「人間の顔」とそれ以外は、生まれたばかりの赤ちゃんでも、ある程度は見分けることができるようです。心理学者のファンツが、生後46時間から6カ月の乳児を対象に行った実験があります。この実験で赤ちゃんにたくさんの図形を見せたところ、「規則正しい幾何学模様」に興味を示す傾向がある一方、特に規則正しさのない「人間の顔」にも興味を示すことが分かりました。多くの図形の中から「人間の顔」を判別する能力は、生まれつき備わっているのです。
人間はとても未熟な状態で生まれるので、赤ちゃんのうちは自分一人では生きていけません。「人間の顔」を素早く見つけて、顔の筋肉を動かして微笑みのような表情をしたり、声を出したり、体を動かしたりして、助けを求めます。
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物をすばやく識別するためには、まずは輪郭をつかみ、次に全体を把握するのが重要だからでしょう。このような物の見方を、一般に「枠組み効果」といいます。
「顔認識」の力は、顔のパーツや動きを見ながら伸びる
しかし赤ちゃんが成長していくにつれ、「助けてくれる人間なら誰でもいい」というわけにはいかなくなります。人間の社会で生きていく上では、自分の「好きな人」と「嫌いな人」を見分けなくてはなりません。より正確な「顔認識」の学習がスタートします。この段階では、特に、目、鼻、口の配置に注目し、個々人の顔の微妙な違いを見分ける力が必要になります。輪郭だけで認識する「枠組み効果」を超え、枠の中のさらに細かい違いに注目するために、必要になるのが「動き」の要素です。
例えばカエルは、静止した物体は何も見えません。目の前の壁にハエがじっと止まっていても気が付かないのです。しかしハエが飛び立つ瞬間の動きには即座に気付き、瞬時に舌で捕まえてしまいます。カエルの視覚は動くものを捉えることに特化しているのでしょう。
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顔学習から身につく「感情を汲み取る力」……将来的な社会性の高さにも
赤ちゃんに「いないいないばあ」をすると、とても喜びますね。大げさなくらいの動きで表情を作って見つめてあげると、赤ちゃんは「顔」にますます興味を示し、人間の顔を見るのが好きになります。親が赤ちゃんを見つめて、自分の表情をたくさん見せることも大切ですし、毎日いろいろな人の顔を見比べる機会が増えれば増えるほど、赤ちゃんの「顔学習」は進みます。
人によって目・鼻・口の形や配置が微妙に違うことや、同じ人でも感情によって違って見えることを学習していきます。成熟するにつれ、相手の顔を見て誰なのかを識別できるだけではなく、その人がどのような気持ちでいるのかまで、汲み取れるようになっていきます。
多くの人に、表情豊かに顔を見つめながら語りかけて育てられた赤ちゃんほど、たくさんの「顔学習」の機会を得られるということです。顔学習の多さが、将来的に高い社会性を身につけることにもつながると考えられています。
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表情豊かに、お子さんの顔を見て話しかけるだけで、伸ばせる力があるのです。顔を見て育てることの大切さを、ぜひ知っていただけたらと思います。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))