【GT300マシンフォーカス】実質“別モノ”級のモディファイが施されたmuta GR86。そのハイレベルなエアロと走行環境

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2024年10月28日 17:20  AUTOSPORT web

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2024スーパーGT第7戦オートポリス muta Racing GR86 GT(堤優威/平良響)
 スーパーGT GT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2024年の第6回は、昨季ランキング2位の惜敗をバネに、今季開幕戦岡山で完勝発進を決めた2号車『muta Racing GR86 GT』が登場。兄弟モデルを含む同一車種が多数存在するGTA-GT300規定のトヨタGR86ながら、その内実は“別モノ”級のモディファイが施され、最高峰カテゴリーもかくやの体制で戦う同車の現在地を、チーフエンジニアの渡邊信太郎氏に聞いた。

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 最後までタイトル戦線の主役を演じ、ランキング2位を記録した昨季もオートポリスでは予選最速(決勝2位)。今季はフルウエイト3時間の同地でドライブスルーペナルティを受けながらも2位表彰台を獲得したmuta GR86は、開幕戦岡山での勝利に続き第3戦鈴鹿では基本重量1250kgにBoP重量60kg、サクセスウエイトが54kgのところに、今季より採用される速度抑制策の追加重量が38kgも積まれた計1402kgという超重量級車両ながら、ここでも驚きの2位表彰台を奪ってみせた。

 そんなmuta GR86を預かる渡邊エンジニアだが、本来のGTA-GT300規定のクルマ作りに関して、根本が揺らぐ今季の流れには苦心している現実も明かす。

「僕の感覚だと『このクルマだから』ではなく、基本的にGT300規定車両はGT3よりもおおよそ100馬力程度少ないパワーの分、コーナリングで稼がないといけない、というのが基本的なコンセプトです。ある程度、空力的な要素や自由度が広く設けられていますが、本来であればパワーがない分だけ重量が軽くて……というのが、今季は下手したらGT3と同じ重さでクラス最重量。要はGT3と同じ重さなのにパワーが少ない状態で戦わないといけない、という状況になっています。その部分が特徴であり難しさです(苦笑)」

 かつての紫電に始まり、GT300マザーシャシー(MC)をベースとしたロータス・エヴォーラも手掛けてきた渡邊エンジニアだけに、クルマ作りで自由に才能を発揮すればするほど、結局「自分たちの首を絞めている(笑)」環境で戦い続けてきた第一人者と言っていいが、そんな同氏の手掛ける2024年型muta GR86もまた、引き続きエンジニアとしての理念に基づくクルマ作りを貫く。

「なんせ僕は一度も直線が速いクルマを走らせたことがないので(笑)。いかにコーナーを速く走るか、みたいなクルマしか見ていないので、僕はレーシングカーの美学は『曲がって速い』ということだと思っています。それが永遠のテーマになってしまっていますし、GT3車両が相手だとそうならざるを得ないですしね」

 GT300規定のGR86は本連載で前々回に扱ったLC500h(31号車apr LC500h GT)、そして前回のGRスープラ(25号車HOPPY Schatz GR Supra GT)と同じく、金曽裕人監督率いるaprが設計製作を担当。この3車は基本的なシャシーフレームを共有し、搭載されるエンジンも自然吸気の5.4リッターV8の“2UR-G”で同一だが、ホイールベースは3車で異なる。そんななかで、この2024年シーズンを通じて進化を続けてきたのが“サードエレメントの使い方”の部分だという。

「だってもう、ノーマルのGR86(量産車)よりレーシングカーの方が重いのはありえないですよね。なので逆に、重いなかでもクルマの速さを維持するためのアップデートはその一環です。もちろん(サードエレメントを)使う・使わないはバランスの問題で、例えば今GT500クラスでは付いていなくてもあれだけ走るわけです。スーパーフォーミュラ(SF)などもそうですが、エアロダイナミクスの要素が強い車両であればあるほど、そこを切って考えてセットアップする必要があります」

 当然のようにフロアでダウンフォースを生み出す現代のレースカーでは、車高(ライドハイト)管理にシビアさが要求される。その車高での数mmの差が、荷重に換算された際の数十kgの違いを生んでしまう。それはなにもフォーミュラに限ったことでなく「GT300でも富士の予選だと、例えばQ1とQ2の境目は100分の何秒に3台などが当たり前です。そのレベルで争っているのに『なぜその1mm、2mmをおろそかにするのですか?』という話なのです」と続ける渡邊エンジニア。

「そのライドハイト管理を4本のダンパーで行うか(前後のサードエレメントを含む)6本で行うか。通常、僕らの今の言い方ですとサードダンパーやヒーブエレメントといった表現をしていますが、本来付いている(4輪の)ダンパーというのは、わざわざコーナーダンパーという言い方をしています」

 前回のHOPPY GR Supraでも触れたとおり、フロントエンジン車両でサードエレメントを取り回そうとすると、大きく重いエンジンを避けるべくロッカーアームやリンク類を伸ばし、複数の関節を介して左右からサードダンパーを挟むのが一般的だ。その複雑な取り回しのなかでシビアな精度を出すには苦労が伴いそうなものだが、その点も「各々のレバー比といった比率の話なので、どういったレイアウトであろうと、その部分の数字が出てしまえば管理自体はすべて一緒」だという。

「基本的には……例えばエヴォーラよりも(GR86では)セカンダリロッカーが1個増えるだけで、モーションレシオが1個足されるだけの話なのです。数字的に要素が増えるだけで、やっていることは一緒です」と渡邊エンジニア。

「縦の動きのヒーブ的な考え方とロール。あとはピッチというのを切り分け、要素として考えながら、ロールの硬さはスタビライザーがあり、全体的なホイールレートをスプリング……コーナースプリングで決めてあげて、そのなかにバンプラバーがあれば、そのバンプラバーをどの位置で、どのくらい潰すかといった話です。それがダウンフォースがかかったとき、どの場所でどのぐらいにしようか、ということです」

「もちろん、もともとのレイアウトの取り回しや比率があるわけで、そのなかでも『狙い』はあります。『もっとゆっくり動いてもいいよね』だとか『もっと少なく動いてもいいよね』ということがあるので、その点はもっと改善したい項目のひとつでもありますし、今後改修するに際してはまだ残っているテーマです」

■2024年型で最大の変化はリヤウイング。風洞の活用はさらに高次元に
 こうした2024年型muta GR86の精度の高いセットアップを支えるもうひとつの根幹にフロアの改良も貢献しており、昨季から今季に掛けてシートレールに対するFIA国際自動車連盟の規定変更があり、締結強化のためGTA-GT300規定モデルは軒並み刷新を要したという。

 フラットボトムでもっとも重要な基準面でもあるだけに「作り直すのであれば、もっと精度が高くなるように、より工夫をして製作しています。もう如実に違います」というほどの効果が出たという。これが最終的には、ダウンフォースの多寡など数値上で「風洞どおりの数値が出ているのかどうか」などの話にも繋がっていく。

「大きく重いエンジンがフロントにある以上、静的な重量配分は大体どのくらいかという想像はまず行うことができます。そうなったときにエアロバランスをどのあたりに持ってくるか、というテーマが立ちます。そこで初めて数字が出てきて、それを風洞上で実験し、実車に落とし込む……というのが2024年仕様の空力コンセプトになります」

 昨季2023年型から外観上で分かる変化は、カナード類やミラーステー、フロントフェンダー上のガーニーフラップ形状など「細かなディテールの部分」になるが、そのなかでも最大の変化がリヤウイングとなる。

 言わずと知れたムーンクラフト出身の渡邊エンジニアだけに、古巣とのジョイントで風洞とCFD(数値流体力学)開発をリンクさせ、ダウンフォース獲得はもとより空力効率(L/D、エル・バイ・ディー)の向上に力点を置いた。

「リヤウイングの翼形はねじれた3D形状になりましたが、同じドラッグでも『ダウンフォースが多い』ということを実験していきます。フロントアンダーフロアも変化していますが、これも全体のバランスを取りたいということです。幸い風洞のモデルがあるので、あとはコンセプトさえ伝えればムーンクラフトのエアロダイナミシストに対応してもらっています」

 現在ではCFDでモデル開発をして仮想空間上で候補を絞り込み、モデル自体は3Dプリンターですぐに出力という流れも可能になっている。「そこで良さそうなものをピックアップして風洞の実車で確認します。そのため、かなりの数を実験して選りすぐっています」

 ちなみにその風洞。開発だけでなく、現在はトップカテゴリー顔負けの活用法にまで威力が及んでいる。

「今年に関しては、例えば富士のレースなどで言うと、土曜日までエアロダイナミシストに待機してもらい『こんな車高で走るとこうなりました』という連絡を行ったり、場合によってはデータだけ送ったりしました。そこで『今こういった状況です』と伝え、その状況を風洞で走らせてもらい『これはこうした方がいいのではないか』というフィードバックをもらいます。あとは事前の……これも今季の富士がそうだったのですが、例えば低ドラッグを目標にしたときの走行中の車体レイク、傾きですね。これを事前に風洞でチェックしておき、実走行でそれを再現して『どうなった』などの話をしていました」

 これだけ高い領域で走らせながら「今のGTでいちばん大きな要素はタイヤ。やはりタイヤで1秒は簡単に速くなりますけど、クルマで1秒速くするのはおそらく至難の技」とも語る渡邊エンジニア。「その時期の(12月の)鈴鹿をブリヂストン(BS)ユーザーは走ったことがありません。その部分はBSの場合“ちょっとした違い”ではないのです」という懸案事項も乗り越え、実質最終戦となる12月の鈴鹿戦で季節違いの第3戦の再現──その結果としてのタイトル獲りとなるだろうか。

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