最近のドラマシーンを見ると、不倫や托卵、復讐、風俗に依存症など、人間の深淵を描くようなドロドロ系作品が目白押し。もちろん昔からそうした系譜はあり、近年でもときどき『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』(2014年)のような目立つスマッシュヒットはあったが、全クールを通じて複数作が並ぶのはなかなかに珍しい。エンタメ界もコンプライアンスなどにより以前よりも自主規制が強まる中、なぜこのような真逆の状態が起こっているのか? コンプラやSNS、電子コミックの影響など、エンタメシーンの背景を探った。
【漫画】ゾッとするけど続きが気になる…! いま大注目の“復讐”マンガ■“痴情のもつれ”だけじゃない、多様化するドロドロ系ドラマ
2024年夏、多くのドロドロ系ドラマが放送された。松本まりか主演の不倫ホラー『夫の家庭を壊すまで』(テレビ東京)、不倫ドラマ『どうか私より不幸でいて下さい』(日本テレビ系)、高校生の妊娠を描く『あの子の子ども』(フジテレビ系)などなど。ほか、ショートドラマでも依存症をテーマにした『満タサレズ、止メラレズ』(ABCテレビ)も注目された。
このようなドロドロ系の流れは少し前から片鱗があり、篠田麻里子の濡れ場が話題になった『離婚しない男』(テレビ朝日系)、女性風俗がテーマの『買われた男』(テレビ大阪)も話題に。さらに今秋も、高校生の不倫がテーマの『3年C組は不倫してます。』(日本テレビ系)、托卵を描く『わたしの宝物』(フジ系)、復讐モノ『愛人転生―サレ妻は死んだあとに復讐する』(MBS)と、視聴者の間でも議論が高まりそうなドロドロ系ドラマが続いている。
そもそも不倫などの愛憎劇が多かった枠と言えば、1960年代にスタートしたTBSとフジテレビの昼帯。男をたぶらかす妖婦でありながら、初恋の人を思い続ける未亡人を描いた菊池寛原作の『真珠夫人』(TBS系/1974年)が社会現象を巻き起こした。昼ドラ以外でも、『黒の斜面』(日テレ系/1971年)、山田太一原作・脚本の『岸辺のアルバム』(TBS系/1977年)。さらに1983年『金曜日の妻たちへ』(TBS系)は、「金曜の夜は妻が電話に出ない」と言われるほどのブームとなった。
1997年には『青い鳥』や『不機嫌な果実』(共にTBS系)、渡辺淳一原作『失楽園』(日テレ系)などやや昇華された形となったが、2004年『牡丹と薔薇』(フジ系)では原点回帰的な「このさかりのついたメス猫!」「アバズレ女」など数多くの名(迷)言が飛び交うドロッドロ系がネタ化もしつつ大きな話題に。2014年『昼顔』(フジ系)も大ヒットし、2016年頃には『せいせいするほど愛してる』(TBS系)、『不機嫌な果実』(テレ朝系)、コント的ではあるが『黒い十人の女』(日テレ系)、『僕のヤバい妻』(フジ系)、前田敦子主演の『毒島ゆり子のせきらら日記』(TBS系)も制作されるなど、一定の周期を経て再燃している印象がある。
だが昨今の作品は、痴情のもつれだけでなく、さらにその先の托卵や復讐、女性風俗や依存症など、これまでにないパターンが登場。ドロドロ系も多様化、さらに増幅していると言っていい。
「昨今のドロドロ劇の再燃は様々なネットツールの隆盛が背景にある」と語るのは、メディア研究家の衣輪晋一氏。
「まずドロドロ系はSNSでネタにされやすく、情報が出た当初こそ批判コメントが大量投稿されてXトレンドに入ったりしますが、そうした内容が話題になることで興味を持ってしまうのが人情(笑)。逆に宣伝になり、オンエアのみならずTVerの再生回数にも直結する。再生数がテレビ視聴率とは別の指標として確立されたことも大きいと思いますね」(衣輪氏)
たしかに、最近では「TVer総再生数〇万回突破!」というニュースをよく目にする。「SNSを通じて批判的に感じていたが、結局TVerで観てハマってしまう」というのは、ありがちな流れだろう。人は結局、なんだかんだドロドロや人間の深淵を深くえぐるような作品に惹かれてしまう。自分では踏み込まなくても、ドラマで疑似体験できるのというのが、ドロドロ系作品が好まれる理由の一つだと語る。
「コンプラが厳しい昨今ですが、ドラマは“フィクション”であるだけにまだ余白がある。そこへ、NetflixなどVOD制作ドラマや韓国ドラマの大ヒットで、こうしたドロドロ・過激な作品の需要が可視化された。もはや当たり障りない内容やテーマでは物足りなくなったのでしょう。制作もビジネスですから、数字を求めてそういったものを作るようになります。
そして、今それらの題材を多く輩出しているのが、電子コミックです。マンガ原作ドラマはこれまでも数多く制作されていますが、とくに昨今はドロドロ系をマンガから取り入れている感が強い。前述した最近のドラマでも、『3年C組は不倫してます。』『わたしの宝物』以外はマンガ原作です」(衣輪氏)
■「復讐」や「サレ妻」コミックは10年で売上155倍に、スキマ読みやWEB広告
マンガ界のドロドロ系といえば、かつて一部で熱狂的な人気を博したレディコミが挙げられる。ただ、現在は大規模なヒットやブームとは言えないはず。それなのになぜ今、マンガ界をドロドロ系が席巻しているのだろうか。『買われた男〜女性限定快感セラピスト〜』『満タサレズ、止メラレズ』など、ドラマ化した話題作をオリジナルコミックとして抱えるコミックシーモアでも、やはり「ここ5〜10年くらいでより増加している感触がある」とのこと。実際、コミックシーモアにおいて「復讐」や「サレ妻」などの名称がついている作品数は、過去10年間で7倍に伸び、売上は155倍に 。その背景には、いくつかの理由が考えられるそうだ。
「ひとつは、やはり電子コミックの普及。通勤通学などのスキマ時間にスマホでマンガを読むユーザーが増えたことで、よりわかりやすくストレートな展開の作風が読まれやすくなった印象があります。また、マンガ読者世代がオトナになった、というのも要因の一つかと。『週刊少年ジャンプ』がギネス記録となる最高発行部数653万部を記録した1995年付近には業界が非常に盛り上がり、またコロナ禍で電子コミックを読む人が拡大しました。そういった環境の中で、電子コミックをよく読む世代が、実際に結婚して家族を持つ年齢に。ドロドロ系で描かれるような離婚や不倫といったトラブルも対岸の火事ではなくなったことで、こうしたジャンルの作品をより手に取りやすくなったとも考えています」(コミックシーモア担当者)
一方で、これも現在ならではかもしれないが、「WEB上でのマンガ広告の活発化」も起因しているとみられる。「感情・欲望を揺さぶる作品はWEB広告と非常に親和性が高く、そのため出版社様や作家様の創作意欲が高まり作品量も増えたのでは」と推測している。
これらの要因から、ドロドロ系作品が豊富に出そろうことになった電子コミック。原作を求めるドラマ制作側はそこから作品をリサーチしていくことになるが、単にショッキングな展開だけでは原作足り得るとは言えない。女性風俗を描いた『買われた男〜女性限定快感セラピスト〜』はもともと、ドラマプロデューサーの“なぜ女性の性はタブー視されるのか”という疑問から始まり、性的なものより癒しを求める、身近な女性のヒューマンドラマであることがドラマ化に繋がったそうだ。また、依存症をテーマとした『満タサレズ、止メラレズ』は、賭博依存が大ニュースになっていたタイミングでショートドラマに。
「両作品とも個人の価値観に訴えるような身近な問題ですし、依存症は特別なことではなく誰にでも起こりうること、といった点もドラマ化や反響につながったのでは?」と言うとおり、しっかりとした人間ドラマがあってこそ、クオリティが高く厚みのあるドラマになり得る。電子コミックは前述のように作品数が増えており、地上波のようなコンプラ的な縛りもあまりない。そうして生まれた大量かつ多様なコミックが、ドラマの支えにもなっているのだ。
また内容だけではなく、「電子配信で連載をしている特性上、各話のラストに次の話が気になるような、いわゆる“ヒキ”のポイントをしっかり用意して制作している作品が多いことも、連続ドラマとの親和性が高い要因と一つ」とのこと。これも、連続ドラマの制作側にはありがたいメリットとなるだろう。
かように、ドラマ界に大きな影響を与えている電子コミックの作品群。今後もドロドロ系マンガの人気は継続すると見られており、現在開催中のコミックシーモア主催『みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2025』でも、『彼は『これ』は復讐ではない、と言った』『復讐の同窓会』『サレ妻の事情〜理想の夫が実はクズで〜』といった作品がエントリーされている。
「1,935万もダウロードいただいている、『うちの夫、やばくないですか?』(コミックシーモアオリジナル作品)という作品も大人気。ヤバい夫を成敗する“スカッと系”も、今までも人気があった“溺愛系”の作品と共に高い人気が続くと思います。さらに、そうした作品が伸びていくにつれて、感情の揺り戻しとしてヒューマンドラマやラブストーリー系の作品も一緒に伸びてくるのではないかな…と思っています」(コミックシーモア担当者)
こうした電子コミックが原作となったドロドロ系ドラマがヒットすれば、さらにオリジナル脚本でも同様のドラマが増える。現在はそのさなかにあるようにも見える。ただ、「クリエイティブ側は一つのジャンルがウケると、同じジャンルに作品が偏り消費され尽くすこともあるかもしれない」と、衣輪氏は見ている。だが、これだけマンガ、とくに電子コミックが多様化の一途をたどるのであれば、次なるトレンドも意外にすぐ見つかる可能性もある。ドラマ、マンガ、電子コミック、VOD、SNS、ネット広告…さまざまなものが絡み合ってヒットが生まれている現在だけに、今後エンタメがどう進化していくか注目したい。
(文:西村亨)