日本の「すしロボット」が、なぜ海外で売れる? 高級すし店の大将が「無限の可能性」を感じたワケ

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2024年10月31日 12:11  ITmedia ビジネスオンライン

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すしロボットのつくったシャリを、調整程度に握り直す有名店「はっこく」の佐藤大将

 今や全国に4000店以上あるとされる回転すし。最近は回転しない、直送レーンを使う店が増えているが、それらを含めて、国内では8000億円近い市場規模を誇る。


【画像】すしロボットのつくったシャリ、ロボットの外観、ロボットの構造、すしロボットを使った高級すし(計8枚)


 近年は、大手チェーンの海外展開が進んできて、「世界の回転すし」へとパワーアップしつつある。


 このような回転すしの目覚ましい発展を支えるテクノロジーの一つに、自動でシャリを握る「すしロボット」がある。シャリ握りマシンとも呼べるすしロボットの発明なくして、回転すしの業態は成立し得なかった。回転すしの登場によって、庶民にとって特別な日にしか食べることができなかった、高嶺の花であったすしが一気に身近な存在になった。


 すしロボットのパイオニアにして、国内約8割という圧倒的なシェアを誇るのが、鈴茂器工(東京都中野区)である。


 しかも同社では、すしロボットにとどまらず、牛丼などの丼物に欠かせない「ご飯盛り付けロボット」、おにぎり向けの「おむすびロボット」といった米飯加工機器を次々に開発。大手チェーン「やよい軒」の無料サービスであるライスお代わりに使われるロボットも、鈴茂器工製が採用されている。


 2021年には飲食店向けのPOSシステムやセルフオーダーシステムを手掛ける、日本システムプロジェクト(東京都新宿区)を買収。ホールの注文や会計までをカバーするようになった。このように、鈴茂器工は外食、スーパー、テークアウト専門店、食品工場を支えている。


 鈴茂器工の米飯加工機器は、和食ブームを追い風に、今や世界約80の国と地域に導入されている。


●銀座の高級店とコラボ


 鈴茂器工は10月1日、東京・銀座の人気高級すし店「はっこく」にて、コンパクトな新型すしロボット「S-Cube(エスキューブ)」のメディア向け発表会を開催した。


 当該コラボイベントでは、鈴茂器工の鈴木美奈子社長と、はっこくの大将・佐藤博之が出席。


 エスキューブに惚(ほ)れ込んだという佐藤氏が、「銀座の高級すし屋では皆、これを欲しがるのではないか。私の写真を貼った“はっこくモデル”をつくってほしい」とまで発言。はっこくの酢飯を使って、エスキューブから出てくるシャリ玉にネタを乗せて、すしにして提供するパフォーマンスを行った。


 修業を積み、しかも高級店が連なる銀座で成功している店主の大将が、すしロボットを操る風景は何ともシュールである。


 エスキューブは特に海外の店に向けて、客席からすしの製造工程がよく見えるように、デザインにもこだわって開発したという。


 エスキューブは325(幅)×367(高さ)×352(奥行き)ミリ、ほぼキューブ状で、炊飯器のように手軽に扱えるすしロボットを目指した。デザイン面では、「プリンタのようだ」と言われることが多い。コンパクトなので使わない時は、棚などにしまっておける。重さは13.2キロと、女性でも持ち運べるほどだ。


 ご飯は約1升が入り、約260貫のシャリ玉がつくれる。1時間に最大1200貫が製造できるが、これは通常の回転すしなどで導入されているマシンの4分の1の性能。しかし、実際にシャリ玉が出てくるスピードを見てみると、3秒に1貫なので、1〜2人でサイドメニュー用に使うには十分な速さだ。シャリ玉を取らないと、そこで自動的にストップするから廃棄ロスも抑えられる。


 鈴木社長は、「海外ではこれまでロールすしが主流だったが、和食やラーメンの店で、握りすしをメニューに加える店が増えている。すしはお客さまに喜ばれ、単価アップに貢献するが職人を雇うのも大変。そこで、値段を従来の半額ほどに抑えたコンパクトなシャリ玉ロボットをつくった」とのことだ。


 エスキューブの価格は非公表だが、従来機の半額ほどでも、家庭で気軽に買えるような金額ではもちろんない。車1台を買うくらいの投資が必要。しかし、職人を雇うよりも、はるかに安い投資でレストランに導入できる。銀座の高級店が認めたクオリティーで、シャリ玉がつくれるのであれば、これから海外で爆発的にすしが普及するのではないだろうか。


●すしの大衆化を目指す


 鈴茂器工は、1961年に現鈴木社長の父である鈴木喜作氏によって設立。当初は、お菓子の製造機器メーカーとして営業しており、もなかの自動あん充填(じゅうてん)機などを製造していた。


 しかし、喜作氏は日本人の食生活が欧米化し、パンや麺のような小麦を使った製品に主食がシフトしていく状況に危機感を覚えた。1970年代から減反政策が推進される中、日本人の米離れに歯止めをかけ、米食の普及と拡大に貢献するべく、すしロボットの開発に乗り出した。


 喜作氏自身もすしが好きで、それが開発の動機になった。


 1981年に初号機の「江戸前寿司自動握り機」を開発。そして、すしロボットの普及とともに、日本全国に回転すしが広がっていくのだ。


 「すしをいつでもどこでもおなか一杯」を実現するのが、鈴茂器工の使命。今の子どもは、すしは回っているものと思うようになっている。喜作氏の抱いた「すし大衆化」の夢は実現したといって良いだろう。


 現任の3代目、鈴木社長は「職人の握るすしと、同じ品質のシャリ玉をつくりたい。今も当時も課題は同じ」と語る。


 鈴茂器工とはっこくの接点は、鈴木社長が同店の大ファンだったことだ。


 はっこくは、築地(現・豊洲)のまぐろ仲卸・やま幸経営「鮨とかみ」をミシュラン1つ星に導いた、佐藤氏が2018年に独立して開業した新進気鋭のすし店。佐藤氏は外食企業のグローバルダイニングでサービスマンとして働いた後、25歳ですしの修業に入った異色の経歴を持つ。


 当初、佐藤氏は「すし職人には見えないし、業界人しか分からないような専門用語も交えて客席で話をしている。何者だろう」と怪訝(けげん)に思っていたという。


 ある時、同行していた同社の谷口徹副社長が、ふと自分たちの素性をばらしてしまった。そこから、両者の意見交換が始まった。鈴木社長は、佐藤氏を自社製品展示会「スズモフェア」に招いた。


 スズモフェアを見学した佐藤氏は、「まるでディズニーランドのようだった」と、夢の国に来たように感じたという。これまで、すしロボットには縁遠かったが、説明を聞き、実際に体験してみて、すしの世界観が一気に広がったそうだ。


 はっこくのすしは赤酢を使ったシャリに定評があるが、佐藤氏が同イベントの2回目に参加した際には、その独自のシャリを持ち込んだ。


 佐藤氏は、エスキューブを海外でのイベントに持ち込みたいと考えている。


 「はっこくのように、カウンターで6席とか8席とか、限られた人数のお客さまに握る時は、すしロボットは使わない。ところが、海外でイベントを実施する際は、大人数で行って握らないとたくさんの来場者にすしを提供できなかった。これを持っていくだけで、イベントに参加する職人の数を抑えられ、無限大に可能性が広がる」


 現地のスタッフと打ち合わせをして、仕込みをしっかりして、仕上げにエスキューブで握れば、何の違和感もなくはっこくのすしを体験してもらえると考えている。


 エスキューブのシャリ玉について佐藤氏は「ちょっと握り直しは必要だが、全然あり。握りを人に教えるのは本当に難しいが、これはシャリのふんわり具合がしっかりできている」と指摘。シャリ玉に合わせた魚の切り方など微調整は必要なものの、全く問題ないとしている。


 佐藤氏がケータリングを受注する際には、短時間で大量に握らなければならない。人手不足の解消にエスキューブが活躍してくれそうだと、佐藤氏はすし店の目線から語った。


●海外でニーズが拡大する背景


 鈴木社長によれば、国内では居酒屋、和食レストランからの引き合いが多いという。特に、シャリ玉の大きさを2段階に切り替えられる点が注目されている。昼はうどんとのセットで出すのでシャリの長さを55ミリ、夜は江戸前すしのセットとして45ミリで提供するといったことも可能だ。


 職人が握る高級すしは、回転すしよりもシャリ玉が小さめ。長さ45ミリのシャリは、職人に対するすしロボットの挑戦という。


 飲食店以外にも、イベント会社、バーベキュー場、コンドミニアムなどからの注文があり、ユニークなところでは高齢者施設からのニーズがある。お年寄りは、すしが好きな人が多く、たまにすしをつくって振舞うと大変喜ばれるからだ。


 海外では製造過程を見せるレストランが人気だという。丸亀製麺がハワイやロンドンでウケているのも、お店で粉からうどんを打つところから、ゆでて提供するまでの工程を見せているからだ。


 エスキューブがデザイン性も重視したのは、顧客の座る席から、シャリ玉が成型されて出てくるのを、しっかり見せるためである。


 「海外では、すしの専門店はほとんどなくて、ジャパニーズレストランでロール系主体に出している。他に、天ぷら、から揚げなども出しているといった感じ。ちゃんとしたすしが広まるきっかけになるのではないか」と佐藤氏も期待を寄せている。


 つまり、国内外ともに、すしを本業としていない店の周辺的な需要開拓を狙っている。実はそこに、巨大な潜在的なニーズが眠っているのではないかというのが、鈴茂器工の読みだ。


 鈴茂器工の2024年3月期決算は、売上高約145億円(前年同期比7.9%増)、経常利益約15億円(同31.5%増)となった。


 好調の背景として、国内ではコロナ禍が収束し、インバウンド需要が伸びていることが挙げられる。すしロボットだけでなく、人手不足による省人化の動きからご飯盛付けロボットなども好調だ。


 売り上げの3分の1ほどを占める海外は、日系企業の進出が進んでいる、東アジア、東南アジア、省人化のニーズが高い北米で堅調だった。


 また、10月23〜24日に東京・池袋で開催された「スズモフェア2024東京」にて、受付から配席までを自動化する「自動配席システム ARESEA(アレシア)」のリリースを発表した。店舗の空席状況に合わせた最適な配席を、AIが案内。ホールスタッフの業務が接客により集中できるので、業務効率化と顧客満足度向上を同時に実現できるという。


 来年開催される予定である大阪・関西万博の「大阪外食産業協会 パビリオン」にて、象印マホービンがおにぎり専門店を出店する。スズモフェアでは、象印と鈴茂器工が協業して開発を進めている「おむすび製造半自動化システム(仮称)」の試作機が初披露された。


 これは、ロボットが盛り付けたご飯を、半自動でおにぎりに仕上げるというもの。ご飯を人力でふんわりふっくらと均一に盛り付けるのは技術を要するが、当該機器により安定的に1時間に360個のぺースで、おにぎりがつくれるという。


 しかも、絶妙なつかみ具合で、機械のアームによりおにぎりを持ち上げ、海苔付けするまでを自動的に行う。


 このように、すしロボットのつくるすしを専門的に扱う業者以外の周辺市場の開拓、AI自動配席システム、半自動おにぎり製造機は、米飯のさらなる普及を力強くサポートすると考えられる。


 米の価格が例年の約1.5倍に高騰したニュースが話題になったこともあり、消費量が落ち込む懸念がある。しかし、鈴茂器工の米飯加工機器の進化により、米の需要が増えて食料自給率が改善し、海外には和食文化が浸透するのならば、喜ばしいことだといえる。


(長浜淳之介)



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