【連載】谷頭和希「話題のビジネス書」“ガチ”レビュー 「説得力」とは何かーー人気ビジネス書から考える

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2024年11月05日 13:00  リアルサウンド

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 数多くの書籍が刊行されている中でも、特に隆盛なジャンルといえばビジネス書だ。総合ベストセラーランキングでも常にビジネス系書籍がランクインしているが、 売れているビジネス書は、どれも面白いと言えるのか? チェーンストア研究家であり、多くの書籍を濫読している谷頭和希氏が、話題のビジネス書を本音でレビューする連載企画。忖度抜きで斬り込みます!


  ビジネス書や自己啓発本を読むとき、いつも気にするのが「説得力」だ。持論だが「優れた自己啓発本」は、その内容に関わらず「有無を言わさぬ説得力」を持っていると思う。
そんな視点から今回のお題の3冊を捉えてみよう。今回扱うのは下記のタイトルだ。



? 木下勝寿『悩まない人の考え方 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』


? 森永卓郎『投資依存症 こうしてあなたはババを引く』


? 佐藤舞(サトマイ)『あっという間に人は死ぬから 『時間を食べつくすモンスター』の正体と倒し方』



 ■豊富な根拠で主張をインストールさせる


  まずは木下勝寿『悩まない人の考え方 1日1つインストールする一生悩まない最強スキル30』。北海道物産を扱う「北の達人コーポレーション」の創業者にして代表・木下勝寿の著作である。木下は『売上最小化、利益最大化の法則』などでもヒットを飛ばしたビジネス書・自己啓発本業界の注目の星。これまではどちらかといえばビジネス書っぽいものが多かったが、ここにきて伝統的な「自己啓発」感のある本をリリースした。


 「なぜ人は悩むのか?」「どうやったら悩みを解決できるのか?」という疑問に対して筆者は、「私はここ20年以上、まともに悩んだことがない」と書く。そして、そんな人生の2大原則が「『思いどおりにいかない』と『うまくいかない』は違う」「問題は『解決』しなくてもいい」。


  詳しくは本書を読んで欲しいが、両方とも人生で私たちがぶち当たる「問題」に対して、その見方を変え、冷静にその「うまくいかない」状況を解決する手段を考えることの重要性を説いている。簡単な話、「悩み」の捉え方を変えようぜ、というわけだ。


  この本の主張は極論いえば、これだけである。そこに、それぞれの詳細な説明や具体例が続いていく。


  説得力を高めているのは、こうした主張を支える豊富な具体例だ。文章は突き詰めて言えば、主張と根拠の2つのパーツがあればいい。あとは、その根拠をどれぐらいわかりやすく見せるかが重要。筆者の実体験から芸能界の話、伝説的な経営者のエピソードなど、あの手この手で筆者の主張が具体例とともに繰り返されていく。


  優れた自己啓発本はテクノミュージックに近い。同じフレーズが繰り返され、いつの間にかそれが頭から離れなくなる。そのフレーズを支える低音が、具体例みたいなものだ。


  ちなみに、本の見開きの一番最初には、「1日1つインストールする」とタイトルにある通り、本書で書かれている30の「思考アルゴリズム」のチェックシートが付いている。読者はこれを使って、1日1個、だんだんと自分の思考を直していくわけである。ちなみにだいたい1項目10ページぐらいで、忙しい人でも毎日1項目は読めるようになっている。こういう小さなところの工夫を見るにつけ、自己啓発書ってすごいよなあ、と思う。



■著者の境遇が作り出す「最強の説得力」

  このように編集の妙で、伝統的な自己啓発書らしい説得を見せる本書に対し、森永卓郎『投資依存症 こうしてあなたはババを引く』は、また違った説得力を見せている。


  本書は経済評論家としても知られる森永卓郎が、現在流行りの投資ブームに対して警鐘を鳴らすものである。「投資はギャンブルと同じで危険。その危険性を知らねばならない」というのがこの本の主張。内容として、とてもシンプルだ。日本政府は「貯蓄から投資へ」などの掛け声のもと、新NISAの整備によって国民に投資を進めている。


  けれど、歴史を遡ればわかるように投資とは結局、ギャンブルと同じで危険なもの。それにも関わらず国民の多くが投資熱に浮かれている。森永は歴史上の様々なバブル現象を紐解きながら、いかに投資が危ういものかを述べていく。


  さすが森永卓郎だけあって、文章のわかりやすさ、説明の簡潔性、随所に見える専門性はすごいし、とても勉強になる。


  ただ、本書が真の意味で説得力を持つのは後書きである。少し引用する。



  私は本書『投資依存症』を、すでに投資をしている人、あるいはこれからしようとしている人たちに届けられることを大きな喜びだと感じている。


  この本を読んで、今投資をすることがどれだけ大きなリスクを伴うのかを理解してもらえれば、近い将来、財産の大部分を失い、暗い老後をすごさないといけなくなる人を1人でも多く変えることになるからだ。


  がんの終末期を迎えた私には、金儲けをしようとか、予測を当てて名声を獲得しようとか、そうした打算は一切ない。(本書、p.203-204)



  いや、もうこう書かれちゃったら説得力というか、信じるしかないでしょ、という気持ちになる。ご存知の方も多いと思うが、現在、森永はステージ4のがんに冒されていて、去年の11月に余命4ヶ月を宣告されている。この境遇を踏まえると、読者にとってその主張のリアリティーは否応なしに増す。最強の説得力である。なんでしょうか、この人間にとっての「死」というものの絶対感。全てを超越して説得力を出すよなあ、と思った次第である。


  逆に言うと、この本を読むときは森永のそうした境遇を踏まえて、ちょっと一歩引いたぐらいの姿勢で読むほうがいいのかもしれない。



■「死」が醸し出す説得力の強さ

さあ、そうして3冊目。


 『あっという間に人は死ぬから 『時間を食べつくすモンスター』の正体と倒し方』である。はい、ズバリです。「死」をちらつかせながら、自分の人生を無駄なく生きようという本。また別の方法で「死」を説得力に持ってきた。


  内容は、本書の構成を見ればすぐわかるようになっている。基本的にはかなり伝統的なスタイルの「生き方」本で「ザ・自己啓発」という感じ。ただ、それを「なぜ大人になってから時間は早く過ぎてしまうのか」「なんだか時間を無駄にしている気がする」といった「時間」、そして「死」の問題と絡めて展開しているところがキャッチー。人生の時間の浪費の正体を暴きつつ、その正体とどのように対峙するのか、そして我々はどう生きるべきなのか……と章は展開していく。


  作者である佐藤舞(サトマイ)はデータサイエンティストで、日々統計データに向き合っている。だから章の中の構成も「問題提起」(まだ解決できていない悩み)、「原因特定、証拠」(問題が発生するメカニズム)、「損失回避」(問題を解決しないとどんなヤバイことになるか)、「解決策」(具体的な解決策を提示し、行動を促す)と論理的な構成。といっても、基本的には最終的な解決策としては「目標を設定する」とか「価値観を明確にする」といった「まあ、そうだよな」ということが書かれているのだが、それが「時間は過ぎて行ってしまう」、ひいては「そうしてあなたは死ぬ…」という圧倒的なリアリティーで担保されている。まさに、「死」を絡めた編集の妙である。


  一つ言えるとすれば、著者の肩書きは「データサイエンティスト」であり、統計学の知識を用いて、というのが宣伝でも連呼されているわりに、「統計」が少なかったような気がすることだ。確かに心理学の論文の引用は出てきたりするのだが、「統計学」っぽい論証はそこまで出てこない。まあ、だからといってなんだという話なのだが、どちらかというとこの本でいわれる「統計」とは「客観的なデータの引用があること」なのかしら、とも思った。


  まあ、でもそんな細かいことはいいのである。なぜならそんな重箱の隅を突ついている間にも私は死に近づいているからだ。だから、やっぱりこの本を読もうと強く決心する。やはり「死」の持つ説得力は強い。



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