【不調の原因解明で上り調子】
坂本花織(シスメックス)は今季、納得のいかない結果が続いていた。9月のチャレンジャーシリーズ・ロンバルディア杯は、優勝のアンバー・グレン(アメリカ)に10点以上の差をつけられて3位。GPシリーズ・スケートカナダで優勝したとはいえ、フリーでジャンプの回転不足連発の不本意な演技だった。
しかし、11月8〜9日からのNHK杯は、実力を存分に発揮する滑りを見せて合計231.88点で優勝。2022年世界選手権の236.09点以降、ここ2シーズンは220点台にとどまっていたモヤモヤを吹き飛ばす結果になった。
競技前日の7日の公式練習後、スケートカナダまでの不調の原因について坂本は「体のコンディションが悪い状態でずっと練習をしていたことで悪い癖がつき、抜け出せずにいた」と話した。
シーズン序盤は練習でのジャンプの転倒などで、肩や首、肩甲骨回りの痛みが蓄積するようになっていた。そのためジャンプの時に左腕を引いて回転を始めるタイプにも関わらず、動きが悪い左腕ではなく右腕を大きく振り回して回転するようになり、軸が定まらず成功しても違和感が残っていた。
そうした不調についてトレーナーと話し合い、スケートカナダ後に原因が解明できると、いい方向に進み出したという。
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【攻めの気持ちで挑んだ「キツい」プログラム】
8日のショートプログラム(SP)は「60%ぐらいの自信」と言うなか、最初から伸びのある滑りでジャンプをしっかり決めるとスピードに乗ってステップシークエンスを滑り、最後のレイバックスピンまで勢いは衰えなかった。
結果は今季自己最高の78.93点。前週のフランス杯でグレンが出した今季世界最高得点を0.79点上回った。
「一つひとつをすごく丁寧にできたと思ったので不安はなく、『どう評価されるんだろう』と楽しみでキス・アンド・クライに座っていましたが、予想を上回る得点ですごくびっくりしました」
坂本はそう言って笑顔を見せた。
「自分のなかではいいルッツが跳べたと思うし、中盤のスピンは曲のテンポが速いと回転数が足りなかったりしますが、落ち着いてできたのでクオリティの高い演技ができました」
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翌9日のフリーも、直前の男子シングルで同門の壺井達也がSPに続きほぼノーミスの演技で初表彰台の3位。前日のSPでは壺井の演技に、メイク中に涙を流したという坂本だったがこの日は「ヘアアイロンを振って喜んだ」と笑った。
「すごくいい緊張感でした。準備中に男子の気迫のある演技を見て『自分も頑張らなきゃ』という気持ちになり、演技自体もショートよりも落ち着いて完成度の高いものができたかなと思うので満足です」
今季フリーは『オール・ザット・ジャズ』。坂本の演技は、最初から最後まで自信に満ち溢れていた。坂本のフリーは、ブノワ・リショー氏が振り付けを行なうようになってから毎回、「体力的にキツくて最後まで持つか大変」と話していたが、今回のプログラムについても坂本は「開始10秒を過ぎてからは4分間走りっぱなしみたいなプログラムで、これまでのなかでも一番厳しいし、滑ってみないとどうなるかわからない」と話す。
「トリプルアクセル+オイラー+3回転サルコウから3回転フリップ+3回転トーループにかけてのところを乗り越えれば、あとはもう気持ち的にはたぶんいけるかなと思う。その間が一番息を整えやすいパートで、しっかり整えられるかどうかが後半の出来にもかかってくる。そこが一番の山場かなと思います」
この日はそんなプログラムに、攻める気持ちで挑んだ。
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「今まではなるべく息があがるのを遅くさせようというか、『前半を抑えていって』ということを考えてしまっていた。でも、そうすると守りに入ってしまうことになるので、今回は前半からぶっ飛ばしていこうと。気負わずに攻めの気持ちでいけたのが、良かった点」
終盤のコレオシークエンスで踊りまくった直後の3回転フリップは回転不足で減点されたが、最後までスピード感や躍動感はまったく衰えない、走りきった演技。最後のポーズでよろけてしまうハプニングもあったが、坂本自身は大笑いしていた。
「スピンの最後に前後開脚みたいに足を開いてそこから引き寄せるんですが、いつもならエッジに戻るところでかかとが引っかかってしまいました。最後まで絶対気を抜かないでおこうと思ってすごく集中していて、最後に『よっしゃ!』という気持ちになったらひっかかって。『ちょっと待って。最後にこけるの?』っていう感じで......。でも、なんとかリダクションがつかず耐えられたよかったです」
【些細なコンディションを敏感に感じ取る】
わずかにミスがありながらも、フリーは今季世界最高の152.95点。坂本は納得しながらも「まだまだ」という意識を持つ。
「フリップの回転不足があったし、ステップシークエンスもこれまでの4試合すべてでレベル3のまま。次の試合までにしっかり改善して、オールレベル4を取り、すべての要素を高いクオリティにしたいと思っています」
攻めの姿勢を持って挑めた背景を坂本はこう語る。
「朝の公式練習で3回転+3回転は転倒してしまったんですが、ちょっとスピードを落として守りに入ったための失敗でした。『今日は守りには入らないほうがいいな』というのを練習で感じて、本番は思いきって。後半どうなろうと、とにかく3回転+3回転は決めようという気持ちで挑み、自分のなかではベストな3回転+3回転が跳べたかなって思ったので、そこからは曲と同様に乗っていくことができました」
些細なことでも細心の注意を払って反応し、その要因や解決法を考えていく。そんな姿勢も彼女の進化の一つなのだろう。
毎回のように「手足の震えが止まらないほど緊張する」と言いながらも、大舞台では勝負強さを見せ続けてきた坂本。今回のフリーの攻めの滑りは、彼女のさらなる進化を確信させた。