「やっちゃえ日産の集大成がこのリストラだったのか」
「やっちゃえじゃなくて、やっちまったな、日産」
そんな風にネットやSNS上で企業スローガンをイジり倒されているのは、2024年9月中間決算で営業利益90%減とかなり大幅な減益となったことで、全世界で9000人のリストラを発表した日産自動車である。
2019年にカルロス・ゴーン氏を追放した後に、経営危機で1万2500人をリストラしたことも記憶に新しい。そのためか「『またか』って感じで驚きはない」「定期的に経営危機に陥る会社ってイメージ」などの厳しい声も上がっている。
|
|
自動運転化技術やプロパイロット(高速道路走行時の運転サポート)などの強みを持つ「技術の日産」が、なぜこんな体たらくなのかと首をかしげる人も多いだろう。技術力を生かすことができない経営陣に苛立ちを覚えている人もいらっしゃるだろう。
お気持ちは非常によく分かる。ただ、企業の危機管理に携わってきた立場から言わせていただくと、そのように何かとつけて先端技術だ、独自技術だ、と「技術自慢」にのめりこむ会社のスタンスこそが、今回の大コケにつながったと思っている。
実はこの問題については今から5年半前、2019年の経営危機時にも指摘させていただいた。
『なぜ日産は「技術」をアピールして、「ぶっ壊せ」と言えないのか』という記事の中で、本来は顧客を満足させるための「手段」に過ぎない自社技術について、やれ世界一だ、最先端だと自画自賛を始めたときは「衰退」が始まっている、ということを東芝などを例に解説した。そして、そのような「技術自慢企業」が陥りやすい「失敗パターン」をこう指摘した。
『製品やサービスというアウトプットよりも、「技術」というインプットを重視しているため、顧客の嗜好(しこう)や社会の変化についていけない』(ITmedia ビジネスオンライン 2019年5月21日)
|
|
●日産が経営危機に陥った本当の原因
自分で言うのもなんだが、これこそが今回の「失敗の本質」だと思っている。日産がここまで経営危機に陥ったのは、中国人や米国人のニーズと、「ハイブリッド人気」という社会の変化についていけていなかったことが原因だからだ。
日産が大規模なリストラに踏み切るというニュースが流れると、自動車愛好家の皆さんからは「当然だ、日産には乗りたいと思えるような魅力的な車がない」「昔の日産車に比べてデザインが悪くなった」など、さまざまな辛辣(しんらつ)なご意見が飛び出している。だが実は、今回の問題は日本人にはほとんど関係がない。
2024年度の上期決算報告を見ると、営業利益がここまで激減したのは前年同期に比べて1945億円のマイナスとなった「販売パフォーマンス」の低下によることが大きい。これは中国市場と北米市場が主たる要因だ。
2023年度の小売販売台数を見ると、日本は48万4000台、北米は126万2000台、中国は79万4000台。それが今回の決算で発表された「2024年度見通し」でどうなるのかというと、日本はほぼ横ばいの48万台、北米はプラス6.2%の134万台、中国がマイナス13.1%の69万台となっている。
|
|
要するに、日本人よりもはるかに日産車を買っていた中国人にそっぽを向かれてしまっているのが、「販売パフォーマンス」の低下につながっているのだ。
●中国人にそっぽを向かれてしまったワケ
では、なぜそっぽを向かれてしまったのか。これは多くの専門家がさまざまな分析をしているが、共通して挙げられるのは「ブランド力の低下」だ。
かつて日産は中国に進出している日系メーカーの中で新車販売台数がトップだった。それをけん引したのが「シルフィ(SYLPHY)」というセダンだ。中国では「これぞ車」というセダン人気が根強いのである。
ただ、この成功をEVで再現できなかった。日産は2022年10月から世界戦略EV「アリア」を中国に投入したが、それが大コケしてしまったのである。
「やっぱり反日教育を受けている国だから日本車は苦戦するのでは」なんて思った人もいらっしゃるかもしれない。しかし、今回はそういうことではなく、シンプルに中国の国産EVと比べたとき「なんか違うんだよなあ」と違和感を覚える消費者がたくさんいたことが敗因だ。
さまざまなレビューを見てみると、アリアは中国人にとって「じゃない感」が満載だという。例えば、中国EVでは開放感のある大型パノラマガラスルーフにサッシュレスウィンドウ(窓枠のないドア)という未来感強めのデザインが人気だが、アリアは明らかに違う。
このような「じゃない感」強めの日本EVが中国で苦戦するのは当然である。発売早々、アリアは日本円で120万円近くの値引きに踏み切ったが、それでも販売は低迷した。この「安売りしても売れない」というのはブランドビジネスの「死」を意味する。当然、中国における日産ブランド全体が地盤沈下していく。
この深刻さは、2020年に稼働したばかりの常州工場を閉鎖したことが全てを物語っている。
●北米市場でも苦戦
日産が世界戦略EVと位置付けただけに、アリアは技術的に素晴らしいEVなのだろう。しかし、消費者というのは技術力が高いからといって飛びつくものではない。特に日本人と異なる価値観や嗜好(しこう)をもつ海外の人ならばなおさらだ。
この「技術に固執するあまり顧客の嗜好(しこう)を見失う」というのは、同じく販売パフォーマンス低下が深刻な北米市場でも見られる。
先ほどの小売販売台数を見て、「あれ? 北米ではそれなりに善戦しているじゃん」と思う方もいるかもしれないが、「販売コスト」が異常に高くなって、利益がほとんどでない状況に陥っているのだ。
その販売コストの代表が、「新車販売にかかるインセンティブ」だ。
これは自動車メーカーがディーラーに支払う奨励金のことで、この資金を用いて販売店側は、車の値引きやローン金利を優遇する。そんなインセンティブが近年、米国では急騰している。
米調査会社コックス・オートモーティブによると、2024年4〜6月期の1台当たりの奨励金は業界平均で3100ドル強と前年同期比で約65%増えたという。この急激なコスト高は当然、日本の自動車メーカーを苦しめているわけだが、その中でも特にダメージが大きいのが、日産である。
なぜかというと、ダントツにインセンティブが高いからだ。
前出の調査会社によると、トヨタの1台当たりのインセンティブは1460ドル。ホンダは2200ドルという相場に対して、なんと日産は3500ドルも払っている。
●なぜ日産だけ3500ドルなのか
これは気前が良いとかではなく、これくらい身銭を切らないと売れないからだ。日本国内では「エクストレイル(X-TRAIL)」と呼ばれ、北米では主力モデルとして展開する「ローグ(ROGUE)」の売れ行きが芳しくないのだ。
では、なぜ振るわないのかというと、このローグは「ガソリン車モデル」しかないことが大きい。
実は今、米国ではEVが失速して、HV(ハイブリッド車)やPHV(プラグインハイブリッド車)が人気なのだが、日産にはここをカバーするモデルがない。
「いやいや、日産にはe-POWERという独自のハイブリッドシステムがあるじゃないか」という声が聞こえてきそうだが、実はこの「独自技術」が首を絞めている。e-POWERはエンジンを発電のみに使い、起こした電力でモーターを駆動させて走るシリーズ方式というものだが、この方式が北米のユーザーには全く響いていないのだ。
米国で運転した人は分かるだろうが、広大な国土なのであちらのハイウェイは、日本の高速道路よりも長く、しかも日本よりスピードを出す。そのような高速域で走行する際にe-POWERは、ガソリン車より燃費が悪くなる、と言われている。
一定の高速域で走る際には、エンジンを稼働して発電、そして電動モーターを動かすよりも、シンプルにエンジンで車を走らせたほうが、ガソリンが少なくて済むというのだ。
●三菱自動車とのグループシナジー
そういう複雑な事情もあって、「技術の日産」は北米で人気のHV・PHVを売ることができず、ガソリン車を売り続けた。かくして『旧型車の売り切りを目的に奨励金がかさんだため、同期間の営業利益は9億円と99%減った』(日本経済新聞 8月24日)という最悪の販売パフォーマンスに陥ったというわけだ。
さて、このような話を聞くと、「ん? 待てよ、日産といえばPHVの優れた技術を持つ三菱自動車が傘下にいるだろ! なんでこれを活用しないんだよ」と首をかしげる人も多いだろう。
そうなのだ。そのような経営資源を活用し、経営判断ができないことが、技術自慢企業の最大の弱点なのだ。
本来、HVやPHVが人気という市場動向が見えてきた時点で、そこに合う形のものづくりをするのが筋だ。日産は2016年に三菱自動車の筆頭株主になっている。このグループシナジーを生かし、アウトランダーPHVをベースにして、ローグPHVを投入するのが普通の経営判断だ。
しかし、ここに踏み切ったと公式に表明したのは、今回の経営危機が見えた2024年10月になってからだ。三菱自動車の技術を活用して、2025年に北米初となるPHVを発売すると言い出したのである。
では、なぜこれほど追い詰められるまで、三菱自動車のPHV技術に頼らなかったのか。e-POWERに戦略を集中していた、長期的な視点でEV戦略を練っていたところなど、それらしい言い訳はいくらでもできるが、根本的なところを言えば、「技術の日産」というプライドを守るためだ。
「世界でも高く評価される先端技術を持っている」と常々自慢しておきながら、稼ぎ頭の北米市場で主力製品をつくるときに「三菱自動車の技術」を使ってしまったら、日産の技術者たちの自尊心、アイデンティティーは完全に崩壊してしまうだろう。
「バカバカしい、ビジネスでそんなこと言ってる場合じゃないだろ」と思うかもしれないが、大企業になればなるほど難しいのは、「自社社員のケア」だ。世界で何万人もいるようなグローバル企業をまとめ上げるには単に給料だけではなく、自分たちがこの会社を支えているという「プライド」であり、この会社に自分は必要とされている存在意義だ。それらを蔑(ないがし)ろにしてしまうと、会社というのは内側から崩壊してしまうものなのだ。
●「技術の日産」ゆえの迷走
ビジネス的にはグループの三菱自動車を活用したい。しかし、それでは「技術の日産」の否定につながってしまう。そんなジレンマが外部に漏れてきたかのような、奇妙なスクープ報道があった。
『日産自動車、PHVを自社開発 EV逆風で世界戦略車に』(日本経済新聞 9月22日)
三菱自動車の技術を活用することなく、日産オリジナルPHVを開発して2020年代後半に販売できる準備を整える、という日経独自の特ダネである。
これが事実かどうかは分からないが、一つだけはっきり言えるのは、いまだに日産車内ではPHVを巡るスタンスが定まっていないということだろう。
会社の業績を左右する戦略が、なぜこんなに迷走するのかというと「技術の日産」だからだ。世界中のほとんどの自動車ユーザーからすれば、質の良いEV、HV、PHVに乗れることが何よりも大事だ。その技術を日産がつくろうと、三菱自動車のものを活用しようがどうでもいい。
大切なのは、価格や安全性、使い勝手、装備の充実さ、乗っていて楽しいのか、心が満たされるのかだ。それはまさしく中国人ユーザーたちが、アリアに感じられなかったことである。
「だからこそ技術が大事だろ!」と激怒しているエンジニアも多いだろうが、技術などどうでもいいという話ではなく、技術力はあくまで顧客の幸せを実現する「手段」に過ぎない。技術力を磨くことばかりに執着すると、顧客にそっぽを向かれると言っているのだ。
例えば、東大、京大などの高学歴講師ばかりをそろえた学習塾を想像していただきたい。「うちの講師の学力は日本一!」と高らかにうたい、講師たちの学力にさらに磨きをかける。この学習塾に自分の子どもを通わせたい、という親はどのくらいいるだろうか。
「なんか違うんだよなあ」と感じる人も多いはずだ。大切なのは子どもたちの学力向上や合格なのであって、講師の学力はあくまでそれを実現する「手段」に過ぎない。「客」の立場からすれば、志望校に合格させてくれるのなら、講師の学歴・学力などどうでもいい。企業の「技術力」も基本的に同じだ。
粗悪品があふれる途上国では「技術のホニャララ」というようなスローガンは消費者に刺さるだろう。しかし、自動車もEVも世界中で技術のコモディティ化が進んでいる中で、独自技術に過剰にこだわるのは自分の首を絞めかねない。「われわれは常にこうでなくてはいけない」と自縄自縛(じじょうじばく)のわなに陥って、世間ズレしてしまうだけだ。
「技術の日産」なんて自画自賛的なスローガンはいい加減そろそろ取り下げて、米国や中国の人々が本当にどんな車を望んでいるのかということに真摯(しんし)に耳を傾けるべきではないか。
(窪田順生)
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。