人気漫画家・をのひなお、最新作は現代版サスペンス「結局『明日カノ』じゃん!とは思われたくなかった」

0

2024年11月15日 13:10  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

『明日、私は誰かのカノジョ』が大ヒットした漫画家・をのひなお。最新作はサスペンス

■『明日カノ』作者・をのひなお、新連載スタート


 2019年に連載開始した『明日、私は誰かのカノジョ』が大ヒットし、瞬く間に人気漫画家となった、をのひなお。をのにとって初連載となった同作品は、個性豊かなキャラクターの魅力もあって共感の声が相次ぎ、ドラマ化などメディアミックスが次々に展開される人気作となった。2023年に惜しまれつつ連載終了した直後から、次回作を期待する声がSNS上にあふれていた。


 そんなをのによる最新作『パーフェクト グリッター』が、11月15日からマンガ配信サービス「サイコミ」で配信開始された。主人公は、東京郊外で暮らし、SNSに写真を投稿することを楽しみに過ごしていた孤独な女性・モモ。ある日、モモのもとに、憧れのインフルエンサー・イチカからDMが届く。そして、思いもよらない形でイチカに対面できることになったモモ。しかし、これを機に2人の運命は複雑に絡み始める――という物語だ。


 イチカをリスペクトしてやまないモモの揺れ動く感情の表現、リアリティ溢れるセリフや仕草など、『明日カノ』で読者を魅了した、をの氏ならではの緻密な心情描写は健在である。そして、現代社会を舞台にしながらも、『明日カノ』とは異なるサスペンス系の物語に仕上がっている点にも注目だ。今回、連載開始を記念し、をのにインタビュー。物語の見どころから創作中の裏話まで、濃密に話を聞いた。


■待望の新作は現代版サスペンス


――『明日カノ』の最終巻、17巻が今年2月に発売されました。物語が完結して“『明日カノ』ロス”に陥っていた読者も多いと思います。そんななかで、をの先生の待望の新連載『パーフェクト グリッター』が始まりましたね。さっそくですが、執筆に至った経緯から伺いたいです。


をの:『明日カノ』が終わって、担当さんと「次は何を描こう?」と打ち合わせをしたとき、次回作は内容をガラッと変えたいね、という話になったのです。「結局、『明日カノ』じゃん!」と思われない内容にしたいと思って、『明日カノ』になかった要素、出てこないタイプのキャラを入れようとした結果、『パーフェクト グリッター』が生まれました。


――主人公のモモ、そしてイチカのイメージはどのように生み出したのですか。


をの:登場人物をどうしようかと考えていた時、XにモノクロのイラストをUPしたら、結構反響があって。そのイラストをベースに作ったのが、モモとイチカです。


――モモはどんな主人公か、教えていただけますか。


をの:モモは東京の外れで、都心に出るまで電車で1時間ぐらいかかる場所に住んでいる女の子。人付き合いや他人と関わることが苦手で、友達がいない。その反面、SNSで自分を発信することが喜びです。


――対する、インフルエンサーのイチカは。


をの:モモから見たイチカのイメージは、人付き合いができて、見た目もかっこよくて、SNSの使い方が上手い女性という感じでしょうか。私はイチカのイメージを、描きながら固めていっている感じです。最初に細かいことを決めちゃうと後で自分が苦しむと思い、敢えてざっくりとしか考えていません。


■様々な仕事をしてきたことが役立っている


――以前、をの先生はインタビューで、物語よりも先にキャラを作るほうが多いとおっしゃっていました。今回も先にキャラから生まれた感じでしょうか。


をの:担当さんと次回作の話をしたときに、ある程度話の流れを考えているので、今回はキャラよりもストーリーが先でしょうか。最初の打ち合わせで話の大筋が決まり、細かいところはさらに打ち合わせを重ねて詰めていきました。ちなみに、最初はまた『明日カノ』みたいなリアル路線でいこうと思っていたのです。ただ、担当さんから、「リアルなものばかり描いていると、それしか描けなくなって作家としての寿命が縮んでしまう」と言われてしまい…。それならば、今まで挑戦したことがないものを描こうと思いました。


――そうして生まれたのが、サスペンス要素の入った『パーフェクト グリッター』なのですね。モモもきっと読者の共感を集めそうなキャラですが、魅力的なキャラを生み出す秘訣はあるのですか。


をの:漫画家になる前に、様々な仕事を転々としてきたことが役立っています。これまでに出会った人が話していたことや、過去の経験だったり、担当さんの引き出しだったりを参考にすることが多いですね。あと、私の感覚では、今どきはモモみたいに自分にコンプレックスを抱く子が多いと思うんですよ。


――実は、私がよく行く近所のショッピングモールのフードコートにも、モモのようにフードコートで配信している女子がいたんです(笑)。


をの:えっ、本当ですか! 描いているときに、いるかな、こういう子…と思って描いたのですが、やはりいるんですね。私は19歳の頃まで地方にいたのですが、もし東京に住んでいて、今みたいに気軽に動画を配信できる環境があったら、モモみたいな高校生になっていたかもしれません。


■辛いシーンのほうが筆が乗る場合も


――をの先生も、モモのようにコンプレックスを抱えていた時期があったのですか。


をの:そうですね。いまだに、モモみたいに周りのみんなばかり良く見えて、自分はどうして1人なんだろう…と感じることは全然ありますよ。


――孤独なモモですが、メイクをして、服を着て、喜んでいるときの感情表現がたまらなく良いですね。


をの:私は地元にいたとき、マンガやアニメのコスプレをしていたこともあって、あのモモの感情は、私がコスプレ衣装を着た時に味わった感覚と近いかもしれない。楽しくて舞い上がったし、イベントに参加して写真を撮ることもありました。今も同じことをしたら、歳甲斐もなく舞い上がってしまうかもしれません(笑)。


――ご自身の感情も投影されているわけですね。


をの:誰しもが同じような内面を持っているのかな、と思います。『明日カノ』のときも、「わかる〜!」と言って、キャラに共感してくれる人が多かったですから。


――今後、物語が進むにつれてモモやイチカが大変な境遇に陥るのではないかと予想されます。ご自身が生み出したキャラにしんどい思いをさせるのは、躊躇しませんか。


をの:実は、ためらいはまったくないんですよ(笑)。『明日カノ』のときも、このキャラだったらこういうシーンで何を思うんだろうと考え過ぎて気が滅入ったことはあるのですが、辛いシーンを描いていて、私自身がしんどくなったことはないですね。むしろ、楽しいとか、明るいみたいな希望に満ち溢れるシーンよりも、辛かったり、嫌な気持ちを吐露するシーンのほうが筆が乗ります。


■緻密な絵柄はあの漫画家の影響?


――ここからは、をの先生の作風の謎に迫りたいと思います。もとは百合系の同人誌を執筆して「コミティア」などに参加されていたそうですね。2018年に初参加のコミティアで現在でもタッグを組んでいる編集者の方と出会い、2019年に『明日カノ』でデビューされていますね。それまでに影響を受けた漫画や、漫画家などはいらっしゃいますか。


をの:小学生の頃は『ONE PIECE』が好きで、『幽☆遊☆白書』、『レベルE』、『HUNTER×HUNTER』も読んでいました。その頃から絵も描いていたのですが、好きな漫画を模写しようとしても、全然似ないのが悩みでした。友達にはすごく上手に模写ができる子がいたのですが、私は手癖で描いてしまうのか、まったく似てなくて…。その手癖が出る絵柄はどこから……なのかと聞かれても、わからないですね。


――少年漫画がお好きだったのですね。


をの:もちろん少女漫画も読んでいました。宮坂香帆先生や青木琴美先生の漫画が好きでした。ただ、高校生くらいからは少年漫画が多くなっていったと思います。


――をの先生の絵といえば、緻密で繊細な描き込みも特徴ですね。漫画的でもありつつ、リアルを感じさせると言いますか…。


をの:『DEATH NOTE』と『バクマン』に高校生の時めちゃくちゃハマりました。作画の小畑健先生は、アナログで描き込みが凄いじゃないですか。一生懸命模写をしていました。小畑先生の絵になりたいと思っていました。あと、『DEATH NOTE』は「少年ジャンプ」の漫画なのに、バンバン人が死んでいくのが良かったですね(笑)。


――『DEATH NOTE』のダークな作風がお好きだったのでしょうか。


をの:人が死ぬのは一番すごい出来事で一番強い感情が生まれますよね。『進撃の巨人』も好きな作品の一つなんですが、「いつキャラが死んでしまうんだろう」という気持ちで胃を痛めながら読んでいました。


■キャラは眉毛から描く


――キャラを描くときは、どこから描くのですか。


をの:眉毛から描きます。その後に目を描き、鼻を描いて、口、輪郭、髪の毛の順に描いていきます。私は眉毛が1mmずれたり、眉間に線が1本入るだけでも表情が変わると思っているので、眉毛には特に時間を割いて何度も修正しますね。


――をの先生の絵はとにかく目力が強いと思います。目で感情を訴えていると思いましたが、今のお話を聞くと、眉毛でも芝居をしているのだなと感じました。


をの:眉毛は本当に重要だと思います。ちょっと角度を変えるだけで、悲しいのか、怒っているのか、変わりますよね。眉毛は一発で決まらないことが多く、微調整を繰り返します。


――そういったこだわりが、繊細な感情表現を生んでいる源だと思いました。をの先生の作品は特に女性の喜怒哀楽、さらに滲み出る内面の表現が魅力ですからね。


をの:いやいや、何度も直すのはただ絵が下手なだけだと思います…。でも、読者さんが『パーフェクト グリッター』のキャラを、かわいい、凄く好きな女の子と言ってくださったのはうれしかったですね。できるだけそう思い続けてもらいたいと思っているので、ますます作画を頑張らなきゃなと考えています。


■『明日カノ』を読み返したら「思っていたより上手くない?(笑)」


――アシスタントなど、制作体制はどうなっていますか。


をの:『明日カノ』が始まったころは、基本的に1人のアシスタントさんにお願いしていましたが、連載終了前の1年は忙しくなったので、もう1人増やして細かい作業を頼みました。『パーフェクト グリッター』は初めから2人体制でやりたいと思っていますが、仕事をどう割り振ればいいのか、悩んでいます。


――リアルな背景も、をの先生の漫画に欠かせない要素です。『明日カノ』では歌舞伎町などの町の生々しさが良く出ていました。


をの:背景はアシスタントさんが本当に優秀なんです。読者さんにも背景を褒めていただきましたが、アシスタントさんのおかげです。『明日カノ』の初期から同じ方が担当しています。


――背景以外はをの先生がご自身で描かれるのですか。


をの:キャラはそうですし、トーンの影入れも自分でやっています。私はこだわりが強いのかな。一度、アシスタントさんに人物の影などを任せたときは、凄く上手に仕上げていただいたのですが、申し訳ないと思いながら手を加えてしまいましたね。


――とことん最後までクオリティを追求されるのですね。


をの:私は自分の絵にそんなに自信がなかったんです。『明日カノ』も描いている最中も、自信がなさすぎて、ダメだダメだと言いながら納品していました。ただ、先日久しぶりに『明日カノ』を読み返したら思ったよりも描けていて、「あれ、私、絵、思っていたより上手くない?」とびっくりしましたよ(笑)。週刊連載のスケジュール感なので絵の崩れもあるのですが、自分の記憶より良く描けているなと思い、自信につながりました。


■ファッションにキャラの個性を投影


――をの先生の漫画は、キャラのイメージを投影しているファッションも見どころだと思います。服はファッション誌などを参考にするのですか。


をの:私が今日着ている服は「109」で買ったのですが、イチカが着ていてもおかしくないかなと思って選んでみました(笑)。ちょうど作画しているので、イチカの服の参考にしようと思っています。現物があると作画見本になりますし、描きやすいですよね。


――『明日カノ』のときも、実際に購入した服を参考にしたことはありますか。


をの:留奈の服を考えるときは、資料のために買い物をしたことはありました。基本はネットで検索して、このキャラだったらこういうブランドのこういう服を着せてみようと考えます。自分の趣味と合うキャラがいたら、自分が持っている服を参考にしたこともありますね。


――お話を聞いていると、をの先生はファッションに精通しておられる印象を受けます。


をの:いえ、自分自身は服にそこまで頓着はないタイプだと思いますし、そんなに詳しいわけではないです。服というか、かわいい女の子がどんな服を着ているんだろうと気にしています。あと、私がわからない系統は担当さんに聞いたりしますね。『明日カノ』の萌のエスニック系の服は、高円寺にあると担当さんが教えてくれました。


■「メディアミックス、したいですね(笑)」


――をの先生のペンネームもインパクトが強いですよね。名前の由来は。


をの:友達が“ひなお”というハンドルネームを考えてくれて、それからずっと“ひなお”だったのですが、『明日カノ』でデビューするときに“ひなお”だけだとわかりにくいので苗字をつけました。“お”ではなく“を”にしたのは、そのほうがネットの姓名判断で大吉になる画数だったから。願掛けのつもりですね。


――プライベートの過ごし方や気分転換の手法なども伺いたいです。


をの:空き時間に散歩をします。人がいっぱいいるところを散歩していると、いろんな人がいて楽しいし、気が紛れるんです。旅行も好きですね。最近、秘湯を巡ろうと思っていて、「日本秘湯を守る会」に加盟している温泉に2ヶ所くらい行きました。少しずつ攻めていって、すべての温泉を巡りたいです。


――秘湯は私も好きですが、かなり気持ちが安らぐと思います。しかしながら、漫画を描いていると、この風景は使えそうだなとか、日々がインプットの時間になってしまうのではないですか。


をの:そうですね。結構、日常で見聞きしたことは、なんでも漫画に活かせるかなと考えてしまいます。外を歩いているだけで、いろんな刺激や情報が入ってきますから。気持ち的には、散歩した先でリフレッシュしているときに新たなアイディアが浮かぶこともあります。リフレッシュついでに、新しい刺激を得てくる感じでしょうか。


――長時間にわたり、インタビューさせていただきありがとうございました。私も読者として、『パーフェクト グリッター』、とても楽しみにしています。最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。


をの:とにかく、『明日カノ』とは違ったジャンルに挑戦しようと思っているので、読んでもらえたら嬉しいなという気持ちです。私も頑張ります。


――メディアミックスも楽しみです。


をの:メディアミックス……したいですね(笑)。なんでもしたいです。アニメでもドラマでも映画でも、なんでも受け入れる気持ち、お願いしたい気持ちです。よろしくお願いします。


(取材・文=山内貴範)



    ニュース設定