「AI-RAN」でソフトバンクのネットワークは何が変わる? ユーザーのメリットとビジネス上のインパクトを解説

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2024年11月16日 09:51  ITmedia Mobile

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ソフトバンクは、AI-RANの製品となるAITRASを発表した。2025年度の商用化を目指す。写真は、実証実験に使われた富士通製の無線機

 ソフトバンクは、11月13日にAI-RANのコンセプトを具体化した「AITRAS(アイトラス)」を発表した。AITRASは、神奈川県藤沢市の慶應義塾大学・湘南藤沢キャンパス(SFC)で実証実験が行われており、この基地局ソリューションは報道陣にも公開された。仮想化した基地局制御に採用されるGPUのコンピューティングリソースを生かし、無線通信だけでなく、生成AIも同時に動作させるのがAITRASの特徴だ。


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 公開されたデモでは、画像をマルチモーダルAIで解析し、犬型ロボットが不審者を追尾する様子や、自動運転車が検知した走行上のリスクを言語で監視者に伝える様子などが確認できた。いずれも、無線ネットワークを制御するのと同じサーバ上で駆動しており、処理にはNVIDIAのプロセッサ「NVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip」が活用されている。


 AI-RANのコンセプトは、2月にスペイン・バルセロナで開催されたMWC Barcelona 2024で披露されていたが、その具体像が早くも明らかになった格好だ。ソフトバンク自身は、NVIDIAのGPUやAIプラットフォームの「NVIDIA AI Aerial」を基盤として活用しつつ、無線信号の処理ソフトウェアやそれらを管理するオーケストレーターを開発し、AITRASとしてまとめ上げた。そのインパクトを、詳述していく。


●仮想化ネットワーク用のGPUでAIアプリも動作させるAITRAS


 ソフトバンクの開発したAITRASは、無線を制御するためのDU(Distribution Unit)を仮想化したソリューションになる。一口に基地局と言ってもそれを構成する要素は複数あり、電波を実際に発射、受信するためのRU(Radio Unit)や、アクセス処理、プロトコル処理をつかさどるCU(Central Unite)に加え、信号の処理を行うDUに分かれる。もともと専用ハードとして一体化していたが、5GではCUとDUに機能分離された。そのCUやDUを汎用(はんよう)的なコンピュータ上のソフトウェアにしたのが、仮想化と呼ばれる技術だ。


 AI-RANとは、仮想化にあたって実装されたコンピュータの処理能力を生かし、その基盤上で無線信号の処理だけでなく、AIも同時に駆動させてしまおうというがその主な中身になる。実際、ソフトバンクのAITRASでも、NVIDIAのCPU/GPUを使い、ソフトバンクのアプリケーションとして、無線制御“以外”のエッジAIを動作させている。SFCで披露されたデモの多くは、それだ。


 DU側と同じ基盤にAIを実装するメリットは複数ある。1つが、実際に信号を受信する端末と距離が近く、遅延が少ないこと。距離的に遠く離れたサーバのAIを動作させるのとは異なり、基地局のすぐそばにあるため、その分レスポンスがよくなる。また、キャリアのネットワークはキャリアとそのユーザーの間で閉じているため、セキュリティのリスクも低減できる。


 ロボット犬を使った不審者検知のデモでは、この遅延の少なさが生かされていた。ロボットが人間を追尾するには、その動きを瞬時に解析して、動きを制御する必要がある。ソフトバンクによると、1秒間に10回のロボット制御が求められるという。1回あたりの処理に許容される時間は、100msだ。一方で、LLM(大規模言語モデル)の処理にも60ms程度の時間がかかる。つまり、無線区間では遅延を40ms以内に収めなければならない。これを実現するには、基地局に近い場所でAIを動作させる必要があるというわけだ。


 実験では、意図的にネットワーク区間への遅延を挿入したところ、ロボット犬の処理が追い付かず、人間をきちんと追尾できない様子も確認できた。こうした“瞬発性”を求められるAIの処理に向いたソリューションといえる。基地局の近くに分散配置したサーバを動作させるMEC(Multi-Access Edge Computing)という仕組みは5Gで規定されているが、それを単独で実装するのではなく、無線制御と同じGPU上で処理するのがAITRASの特徴だ。


 これを導入すると、ソフトバンクは自身で開発したAIのサービスを法人などのユーザーに販売できることに加え、余剰リソースを外部に開放することも可能になる。ビジネスの観点では、基地局投資の回収方法が多様化するといえる。NVIDIAのテレコム担当バイスプレジデントを務めるロニー・ヴァシシュタ氏が「AIを使って初めて(基地局を)収益化することが可能になる」と語っていたのは、そのためだ。


 ソフトバンクの表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏は、「最終的に、われわれの20万ある基地局全てに入れるか、クラウドRAN化している部分のベースバンド部分に入れるかはあるが、ソフトバンクはAI-RANでネットワークを全部作り直すつもりでいる」と意気込む。AITRASの発表は「その第一歩」という位置付けになる。


●AIで干渉調整も容易に ユーザーにとってのメリットは通信品質の向上


 ソフトバンクの開発したAIサービスや、余剰リソースを活用する法人や、そこから収益を得るソフトバンク自身だけにメリットがあるかといえば、必ずしもそうではない。AI-RANのAIは、無線制御の部分にも生きてくるからだ。ソフトバンクの先端技術研究所で所長を務める湧川隆次氏は、「2年後はAIのために入れたサーバで無線アクセスネットワークを動かす逆転のタイミングがどこかで来る」と語っていたが、裏を返せば、現状ではネットワークの制御が主であるということになる。


 この無線制御にAIを活用し、より通信品質を上げていくのもAI-RANのコンセプトの1つだ。湧川氏によりと、「AI-RAN Allianceでかなり議論しているところだが、今回のAITRASにもそういったエッセンスが入っている」という。ソフトウェアでアップデートが可能なため、実証ができた技術は「どんどん取り込んでいく形になる」(同)という。


 実証実験で示されたのは、20台のRUを1つのサーバで協調動作させつつ、十分な通信品質を保つというデモだ。ソフトバンクは、4G時代から「都市部にはC-RANを導入し、高密度エリアならではの干渉制御をしている」(同)という。C-RANとは、「Centralized Radio Access Network」の略で、基地局をRU部分とBBU(Base Band Unit)と呼ばれる制御部部分に分ける技術。複数のRUをまとめて制御することで、「何百セルという無線機を一括して連携させることができ、干渉調整もしやすく、ネットワーク品質を上げられる」(同)メリットがある。


 一方で、手動でパラメーターを入力し、干渉調整をするのは難易度が高い“職人技”が要求される。ソフトバンクの先端技術研究所 先端無線統括部 無線システム部 部長 野崎潔氏によると、特に「高密度エリアでは干渉制御が難しい」という。例えば、「既にある基地局のカバレッジを変えないといけない(狭める)というときには、アンテナのチルトを下げたり、出力を落としたりするが、そうするとドミノ倒しでいろいろなところに影響が出てしまう」(同)。


 キャリアとしては、「面でものを考えなければいけないため、干渉している場所でいかに通信速度を上げていくかが非常に大事になる」(同)という。AITRASでは、ここにもAIを活用しており、複数のRUを設置した際に、自動で干渉を調整する。「これまでは自分たちの目でシミュレーションをして選択していたが、AIが見たときに、違うところを協調させた方が性能が上がることも分かっている」という。


 ユーザーにとってのメリットは、通信品質が上がるところにありそうだ。湧川氏も、「干渉調整がしやすく、ネットワーク品質を上げられる」と語る。都市部では、特にこのチューニングが難しいため、AIで簡単に品質を向上できるようになれば、ネットワーク品質改善のサイクルも高速化しやすい。もともと、高トラフィックエリアに対して密に基地局を展開しており、快適さに定評のあるソフトバンクだが、その強みをさらに発揮しやすくなるといえそうだ。


 実証実験では、4.8〜4.9GHz帯の周波数を活用。帯域幅は100MHz幅となり、最大4レイヤーのシングルユーザーMIMOを利用した。これらRUは全て先に挙げたNVIDIA GH200 Grace Hopper Superchipのサーバに接続されており、ここで一括制御されている。この環境で、100台の端末を同時に接続し、動画視聴に成功した。


 4.9GHz帯は、現在ソフトバンクが5Gの周波数として割り当てを申請している周波数帯。ドコモ、KDDI、楽天モバイルは手を挙げていないため、認定が確実視されている。その意味では、ソフトバンクの商用環境に近いといえる。湧川氏も、「基本機能なってしまうが、ここを切り出して商用化していく」と語る。


●2025年度はPrivate 5Gとして導入、一般展開は2027年度からで海外展開も視野に


 ソフトバンクの先端技術研究所は、基礎技術を研究する組織というより、新しい技術の社会実装に重きが置かれている。言い換えるなら、最新技術の商用化を目指すための研究や開発を行う部隊といえる。AITRASも同様で、先に挙げたように、商用環境に近い周波数帯が用いられており、目標も明確だ。湧川氏によると、2025年度には一部法人顧客の専用網となるプライベート5Gに展開するミニマクロ局として、サービスを開始するという。


 一般コンシューマーがその恩恵にあずかれるのはもう少し先になり、ソフトバンクの商用網への採用は2027年度になる。その間、機能にも磨きをかけていく方針だ。先に挙げたように、現状ではRUが4レイヤーのシングルユーザーMIMOだが、より多くの端末との通信をさばける64T64RのMassive MIMOや、MU-MIMOへの対応を2025年度中に完了させると同時に、AIの性能向上やオーケスト―ターのアップデートも行っていくという。


 先に引用したように、湧川氏が「基本機能になってしまうが、ここを切り出して商用化する」と語っていたのは、Private 5Gで先行導入することを意味している。機能面では、「次のチャレンジになるのが64T64RのMassive MIMOとMU-MIMO」(同)だ。いずれもシングルユーザーMIMOと比べ、アンテナの数が一気に増えるため、計算量が膨大になるといわれている。


 この点に関しては、プロセッサやその上のプラットフォームを提供する「NVIDIAとガッツリ組んで、サポートするようにしていきたい」(同)という。今は、「Grace Hopperを使っているが、NVIDIAは次のGrace Blackwellもアナウンスしている。その進化を合わせていけば、必ずどこかで(必要なパフォーマンスを)抜ける」(同)。一方で、処理能力さえ満たせれば、こうした機能もソフトウェアアップデートで適用可能になるのが仮想化の強みだ。NVIDIAのヴァシシュタ氏も「アップデートでの対応になる」と話す。


 さらに、ソフトバンクは商用環境で培った技術を、海外の他キャリアに外販していく計画もあるという。宮川氏は、「(無線機)メーカーになりたいと思っているわけではないが」と前置きしつつ、「AI-RANを日本で実装でき、有効であると証明できたら、これこそを輸出モデルにしていきたい。無線全体のプロダクトの中の1つとして、サービスのいろいろなレイヤーも含めて輸出したい」と語る。


 実際、湧川氏が挙げたロードマップにも、ソフトバンクのネットワークで商用化したのとほぼ同時期に、海外キャリアへの販売が始まることもうたわれていた。こうしたビジネスモデルは、楽天モバイルで導入したネットワークを海外に販売している楽天シンフォニーや、自社でOpen RANのネットワークを組み、それを海外に展開しているドコモとNECのOREX SAIに近い。


 これが実現すれば、ソフトバンクにとって、AIサービスやAIのためのリソース提供に次ぐ、第3の収益源になる可能性もある。もっとも、楽天シンフォニーやOREX SAIは、既に海外でビジネスを開始しており、まずはここにキャッチアップしていく必要もある。販路の開拓や営業体制の確立など、やるべきことは多い。モノやサービスさえあれば売れるわけではないため、外販を開始するという2027年に向け、ソフトバンクが販売のための仕組みをどう作っていくのかは今後の課題といえそうだ。



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