AWSが打ち出す“日本独自の施策”の狙いは? 「デジタル化するユーザー企業」の針路を考察

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2024年11月19日 07:21  ITmediaエンタープライズ

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AWSジャパンの佐藤 有紀子氏(AWSジャパン提供)

 「日本のIT産業においてSaaSは成長分野の一つだ。SaaS事業を手掛ける日本企業を強力に後押しするため、ソフトウェア企業をはじめ、エンタープライズ企業や地方企業を対象とした支援施策を提供し、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)および地域社会の発展に貢献したい」


AWSが打ち出す“日本独自の施策”の狙いは? 「デジタル化するユーザー企業」の針路を考察


 米Amazon Web Services(AWS)の日本法人アマゾンウェブサービスジャパン(AWSジャパン)で常務執行役員 デジタルサービス事業統括本部長を務める佐藤 有紀子氏は、同社が2024年11月13日に都内ホテルで開催したソフトウェア企業への支援プログラム「AWS SaaS 支援プログラム」提供開始の発表会見で、こう切り出した。


 この動きは、既存の日本のソフトウェア産業だけでなく、DXにおけるSaaS事業化の針路をも視野に入れていると思われる。そこを対象に新施策を打ち出したAWSジャパンの思惑を筆者なりに考察したい。


●AWSジャパンが提供開始した新施策とは


 まずは、佐藤氏の説明を基にAWSジャパンの新施策のポイントを紹介しよう。


 AWS SaaS 支援プログラムは、ビジネス面および技術面の双方から支援する施策だ(図1)。


 図1に示すように、大きく3つのフェーズに分かれ、その段階ごとに異なる課題を整理し、必要な支援プログラムを用意している。3つのフェーズは、「はじめる」「つくる」「拡大する」といった流れだ。


1. 「SaaS をはじめる:Migrate to AWS」: パッケージでの提供からSaaS での事業への移行フェーズだ。パッケージソフトウエアを保有し、SaaS移行を検討している企業向けのプログラム。これによりSaaSを始めることができる


2. 「競争力のあるSaaSをつくる:Innovate with AWS」: 既にクラウドで構築している自社のSaaS製品の競争力を強化するプログラムである


3. 「SaaSビジネスを拡大する:Scale with AWS」: SaaS販売のマーケットプレイスである「AWS Marketplace」の活用や、海外進出を支援する「AWS Global Passport」のプログラムを提供する


 上記のように説明した佐藤氏は、「AWS SaaS 支援プログラムはSaaSジャーニーを“一気通貫”で支援し、当社が3つのフェーズにおいてそれぞれしっかりと伴走する」と強調した。


 このプログラムの内容を3つのフェーズの流れに沿って記したのが、図2だ。


 緑色で囲まれたものがビジネス面での支援、黄色で囲まれたものが技術面での支援である。


 佐藤氏によると、「まずSaaSを企画し、クラウドへ移行するフェーズから、設計、構築、そして改善、強化、最終的にはスケーリングできるGo-to-Market戦略まで、SaaS事業を行う企業の課題解決に必要な支援を提供していく。支援の中には、SaaS事業を始める際に行うシステムの移行だったり、その後のモダナイゼーションにおいて発生するコストを支援したりするクレジットプログラムもある。また、コミュニティ活動の例としてはSaaS事業に関わる、ビジネスと技術に関わる情報をまとめてインプットできる集合研修『SaaS Boot Camp』やCPO(最高製品責任者)向けの『AWS CPO Forum』 などを開催する」とのことだ。


 以下、3つのフェーズについて、佐藤氏が解説したポイントと筆者の考察を記す。


●AWSのビジネスエコシステムを使い倒せ


 「Migrate to AWS」では、SaaS移行計画の策定支援を挙げた(図3)。


 「SaaS化ができていない企業は、ビジネス観点での検討が不十分だったり、経験者が少なく、移行計画が立案できないということがある。こうしたニーズに応えられるように移行計画の策定を支援する。AWSには数多くのパッケージ企業のSaaS移行の支援ノウハウをまとめた『SaaS Journey Framework』がある。このフレームワークを活用してSaaS移行計画の立案を支援する。最新の生成AIを取り込んだサービスを開発したいという課題も支援していく」(佐藤氏)


 「Innovate with AWS」では、SaaS企業のシステムのモダナイゼーションやクラウドネイティブ化の支援を挙げた(図4)。


 「例えば、コンテナ化によってスタッフ1人あたりの生産性が80%向上したり、サーバーレスアーキテクチャの採用によってインフラコストを39%低減することができるといったメリットが報告されている」(佐藤氏)


 「Scale with AWS」では、 SaaS事業の拡大に向けて2つのプログラムを挙げた。


 一つは、「AWS Marketplace」だ(図5)。


 「AWS MarketplaceはSaaSの販売プラットフォームとして注目されている。これまで販売価格はドル建てになっていたが、個別に見積もりするプライベートオファーを利用することで、日本円での取引が可能になった。円建てでの見積りや契約が可能になったことにより、日本企業のAWS Marketplaceの利用が進んでいる。一方で、海外に販売することも可能な販路となる。国内外、どちらのGo-To-Market戦略にもAWS Marketplaceへの出品を支援する」(佐藤氏)


 もう一つは、「AWS Global Passport」だ(図6)。


 「AWS Global Passportによって、ソフトウェア企業の海外進出を支援していく。具体的には、このプログラムを通して海外進出支援の専門コンサルティング企業と連携して戦略立案と実行を支援する。さらに、初めて利用するAWSの海外リージョン利用料に対してクレジットを提供する。グローバルに販路を持つAWSが世界で推進しているプロジェクトによって、日本から世界への販売を支援したい」(佐藤氏)


 なお、AWS SaaS 支援プログラムは、AWSジャパンによる日本独自の施策だ。会見の質疑応答で「なぜ、日本でこういう施策が必要だと考えたのか」と聞いたところ、佐藤氏は「日本ではSaaS事業の拡大とともに、これからSaaS化を進めたいというソフトウェア企業のニーズも強く感じたので、SaaSジャーニーを一気通貫で支援する施策を提供することにした」と答えた。この背景には、日本のソフトウェア企業におけるSaaS化への対応の遅れがあるようだ。


 最後に、今回のAWSジャパンの新たな施策から、筆者が注目した点を3つ挙げて考察したい。


1、ソフトウェア企業だけでなく、エンタープライズ企業や地方企業がDXによって自ら手掛けるSaaS事業も支援の対象としている点


 これから多くの企業がデジタル化する中で、社内でのノウハウの蓄積を基に自らSaaS事業を手掛けるケースが増えると見られている。AWSにとっては既存のソフトウェア企業よりもむしろ、そちらのニーズのほうがポテンシャルは大きいのではないかというのが筆者の見立てだ。


2、日本企業のSaaS事業の海外展開を積極的に支援している点


 デジタルサービスにおける貿易収支の赤字を指す「デジタル赤字」の拡大が今、注目を集めている。その中で、今回の施策を国内だけで見れば赤字が膨らむ形になるが、AWSのプラットフォームを使って日本企業が海外でデジタルサービスを広げられれば、赤字を減らせる可能性がある。ただ、筆者はデジタル赤字がどうなるかというよりも、日本のソフトウェア企業が海外でデジタルサービスを成功させるには、AWSをはじめとするハイパースケーラーのプラットフォームを利用するしかないと考えている。その意味でも今回の新施策は興味深い。


3、今回の新施策がAWSジャパンにとって何を意味するのか


 直接的には、日本のソフトウェア企業のSaaS化支援による自社の事業拡大だが、同社の最大の狙いはそれも含めた「日本でのビジネスエコシステム」を広げていくことにあるのではないか。


 ビジネスエコシステムとは、パートナー企業だけでなくユーザー企業とも密接に連携した事業体系のことだ。自らSaaS事業を手掛けていないAWSにとっては、こうした形でSaaSパートナーを広げるのが得策だろう。このビジネスエコシステムの広がりが、デジタルサービスの分野ではこれから企業価値として一層評価されるようになる可能性が高い。すなわち、今回の新施策はAWSジャパンにとって、企業価値の向上につながる可能性が高いというわけだ。


 ただ、このビジネスエコシステムは決してAWSだけのものではない。ここに関わるパートナーもユーザーも全ての企業にとって利用できる集合体になるだろう。日本企業はこの集合体を大いに利用して、日本全国、さらには海外に進出すればいい。AWSのビジネスエコシステムは使い倒す価値がある、というのが筆者の見立てである。


○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功


フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。



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