日本からデカコーンは生まれるか? 有力候補、マネーフォワードとフリーを徹底分析

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2024年11月19日 07:41  ITmedia ビジネスオンライン

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スタートアップがデカコーンに向かう上で必要となる成長戦略

 ChatGPTで名をはせる米OpenAIや、英フィンテック企業Revolut、TikTokを運営する中国のByteDance――。世界には「デカコーン」と呼ばれる、評価額が100億ドル(約1兆5000億円)以上のスタートアップ企業が50社ほど存在する。


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 前回の記事「評価額100億ドル以上の「デカコーン」企業、なぜ日本から生まれないのか?」では、デカコーンが日本から生まれてこない背景について解説した。起業家を取り巻く国内の環境が、大きな市場に挑戦しづらいものになっているというのが大きな要因だ。


 こうした中、デカコーン規模の時価総額企業へと成長を目指す姿勢が顕著に見られる、マネーフォワードとフリーの2社に着目してみたい。


 株式時価総額の推移を見ると、フリーが上場した2019年末から2021年前半ごろまでは、マネーフォワードがフリーを追いかける形だった。しかし、2022年後半から逆にフリーがマネーフォワードを追いかけるようになった。この背景を分析し、スタートアップがデカコーンに向かう上で、何が必要かを考えてみたい。


●マネーフォワードとフリーの株式時価総額が逆転した


 2022年後半以降、マネーフォワード(下図:青線)がフリー(同赤線)を、株式時価総額で逆転した。理由は以下の2点だ。


(1)資本市場でテック企業に対する評価の目線が変わった。2021年までは売上高成長率や最大市場規模が重視されていたが、2022年以降はさらに収益性も重視されるという急激な変化が起きた。


(2)成長率と収益性を評価する「Rule of 40」という指標において、マネーフォワードとフリーが2022年に逆転した。


 米国ではSaaS企業の評価として年間定期収益(Annual Recurring Revenue:ARR、※1)とその倍率であるARRマルチプルの乗算で考えられることが多い。企業の株価を計算する際に一般的に使われるNPVやPER、PBRといった指標は、実はSaaS企業への評価には使いづらい(※2)。


 ARRマルチプルの妥当性を考えるための指標は、株式市場の状況や投資家の性質によって変化する。


 2021年末をピークに、世界のハイテク銘柄に影響を与えるNASDAQ総合指数(※3、上図:緑破線)はしばらく落ち込んだ。米国でコロナ対策の金融緩和で豊富な資金に支えられ成長性一辺倒だった株式市場が、金融緩和解除で調整局面に入り、収益性も重視するようになったためだ。


 SaaS企業の成長性と収益性の双方を評価するには、一般的に「Rule of 40」と呼ばれる指標が参考に用いられることが多い。Rule of 40は、成長性をARR(年間定期収益)の前年と比べたときの成長率と、今年の利益率の和で求められる。企業のサービス利用が広がりARRが伸びたり、収益率が改善したりするとRule of 40が改善する。


 下図で分かる通り、Rule of 40(下図:折れ線・左軸)の実際の動きをみると、マネーフォワードは2022年第4四半期以降フリーに対して勝っている。これはまさに、マネーフォワードとフリーの株式時価総額が逆転し、その差が開き始めたタイミングだ。ARR(下図:縦棒・右軸)も2023年末に、マネーフォワードとフリーはほぼ同額になっている。


(※1)定期購入サービスなどにより継続的に得られると期待される売上高。一過性のコンサルティングサービスなどの売上は含まれない。


(※2)NPVは、将来のキャッシュフローをリスクで割り戻すことで得られる。キャッシュフローの推定に必要な売り上げは顧客数x顧客1人当たりの生涯価値(LTV)で理論上は計算される。LTVは顧客単価を解約率で割り戻すと得られる。しかしSaaS企業では、優良なサービスでは顧客単価が次第に向上し、解約率が低下するし、逆に劣悪なサービスや競合が現れると顧客単価が下がり解約率が上がるケースもあり、予測が難しい。PERは、そもそも利益が出ていない際には計算が難しい。企業のB/S上の純資産から計算するPBRも、B/SにSaaS企業で価値を生む資産である顧客基盤が反映されないため、実体を捉えているものとは言えない。


(※3)米国の新興企業向けの株式市場ナスダックに上場している全ての銘柄を対象とし、時価総額加重平均で算出したもの。マネーフォワード、フリー両社共に、上場後海外の機関投資家から資金を調達しており、米国の株式市場の影響を受けやすい。


●百家争鳴のERP業界


 両社の主力事業は、SaaS型会計ソフトから発展したERP事業だ。ERPとは、Enterprise Resource Planning(エンタープライズ・リソース・プランニング)の略で、システムの文脈で用いる際には、企業内の多様な業務の情報をつなぎ、管理、分析するためのソフトウェアシステムを指す。


 ERPの業界構造をひもとくと、百家争鳴ともいえる複雑さが見える。


 顧客は、中小企業からグローバル企業まで幅広い。また中小企業と一口に言っても事情はさまざまだ。オーナー企業なのかグローバル企業の子会社なのかといった資本関係や拠点数はもちろん、業務の流れ、IT機器の導入状況や通信環境、在庫や仕掛品の有無、対応すべき業法、意思決定プロセスなど、あらゆる点で違いがある。そのため、各社でERPを導入する際に考慮すべき点は大きく異なる。


 こうした多様な顧客の要望に応えるべく、コンピューター環境の進化にあわせて新たなERP事業者が参入していった。加えて、大企業向けの事業者はより小規模事業者へ、小規模事業者向けの事業者はより大きな事業者へと事業領域を拡大していった。


 ERPの起こりは、ドイツのSAPだ。大型汎用機の普及と共に会計、受発注、在庫など多様な基幹業務システムを統合するERPを1973年に発売した。


 日本では1960〜70年代にかけて、大塚商会、富士通、NEC、オービックなどが、国内の中小企業用事務処理専用コンピューターに基幹ソフトウェアを搭載して提供した。この基幹ソフトウェアは、後のERPへとつながるものだった。また、会計事務所業務の効率化を行う事業者として、ミロク情報サービスらが現れた。


 この時代は、メーカー間の互換性が低かった(クローズドシステム)ため、コンピューターメーカー各社が独自の業務ソフトウェアを搭載し、顧客に提供していた。


 1980年代には、パソコンと標準的なOSの普及に伴い、異なるメーカー間の互換性が上がった(オープンシステム)。これにより、ソフトウェアメーカーにとって、パッケージ製品を作る魅力が高まった。こうした変化を背景に、パッケージ会計ソフトを開発し販売するオービックビジネスコンサルタントや弥生が登場した。


 2010年代になると、クラウド環境で会計ソフトウェアを提供することが技術的に可能になり、フリーやマネーフォワードが参入した。


●クラウド型ERPを後押しした環境変化


 クラウド技術の進歩と、クラウドサービスへの社会的信頼感が醸成され、クラウド型ERPが導入されはじめた。一方、その普及には時間がかかっていた。2020年時点でも給与・財務会計・人事でのクラウドサービス利用率は4割未満だった(※4)。当時サービス利用を阻む理由として挙げられていたのは、既存システムの改修コストや情報漏洩リスク、ネットワークの安定性やコンプライアンスへの不安だ。


(※4)総務省「通信利用動向調査」より


 こうした中で、クラウド型ERPを普及させる大きな社会的変化があった。法制度の変更だ。


 度重なる法制度の変更は、ソフトウェアアップデート頻度を高め、自動的にアップデートされるクラウド型のメリットが高まった。具体的には、2019年10月の消費税率変更や度重なる電子帳簿保存法改正(2020年10月に電子取引の際経費の領収書原本保存不要。2022年1月電子取引のデータを電子保存義務化)、2023年10月のインボイス制度施行など企業のバックオフィス業務のDX推進を後押しする法律が制定された。これらの変更により、従来、紙で保管していた請求書や領収書を電子取引データとして保存したり、詳細に指定されたインボイス記載項目を自動的に埋められるソフトウェアを活用したりするメリットが高まった。


 加えて新型コロナの感染拡大を受け、2020年4月に緊急事態宣言が発令される中で在宅勤務対応に迫られ、オフィス外で業務遂行できるクラウドのメリットが高まった。政府は、IT導入補助金や小規模事業者持続化補助金により、こうした中小企業の対応を促した。


 こうした動きにより、クラウド型ERPの市場規模も着実に伸びた。IT調査会社アイ・ティ・アール(東京都新宿区)のまとめによると、2019年の市場規模360億円から、2023年1030億円の3倍強に伸びたと推定されている。


●事業機会を捉え一気に展開したマネーフォワード


 クラウド型ERP市場で機会が広がる中、マネーフォワードは、中堅企業(※5)向けERPにおけるチャンスを見逃さず迅速に事業を拡大したことが功を奏した。


(※5)フリーでは従業員数20人以上をMidセグメントに、マネーフォワードはフィールドセールスが対象とする概ね従業員数50人以上の企業セグメントを中堅企業と本稿では置いた。


2021年に10プロダクトを急展開


 マネーフォワードは、2019年時点で、数々の失敗を経ながら家計簿アプリや金融機関向けサービスなど、事業を多角化していた。数あるプロダクトの中で、中堅企業セグメント向けの勤怠管理や経費精算で他社ERPシステムへ連携可能なプロダクトが、急激に伸びた。2019年11月期、中堅企業向けARR(年間定期収益)が約2億4000万円で前年比10倍超の成長を遂げた。後に述べる中堅企業向け直販体制の整備により、給与・勤怠、経費精算等、中堅企業向けプロダクトの販売を積極化。複数プロダクト利用傾向が増えてきたことを受けて、複数プロダクトを利用しやすい料金・サービスプラン体系へと基本料金を一本化したことが、ARR成長に寄与した。


 この事業機会に対して、マネーフォワードは2020年2月に内部統制機能を追加した中堅企業向けの会計システム『マネーフォワード クラウド会計Plus』を発売した。同年10月には『マネーフォワード クラウドERP』を開始し、2021年末までに「債権請求」「債務支払」「固定資産」「人事管理」の4領域でサービスを開始するとアナウンスした。


 翌2021年には、M&Aも加えて、10プロダクトを一挙展開した。その中には、電子契約サービスやビジネスカード、社内のSaaSサービス利用の管理システム、電子帳簿保存法に対応する証拠管理用のストレージサービスが含まれており、発生してきたニーズに対して素早く対応すると共に、従来のERPの枠を拡張した事業を展開しようとする姿勢が見られる。


 このときマネーフォワードは、中堅企業が段階導入しやすいように機能をモジュールに分割して販売することで、プロダクトの単価を上げずに最初の製品を導入してもらいやすくした。まずはひとつの製品で顧客に成功体験を得てもらい、次の製品の導入につなげ、全体として顧客単価を上げていくという売り方が効いた。


 さらには、SaaS×Fintech戦略を掲げ、従来のERPの枠を超えたサービスを開始した。具体的には、ユーザーの債権・債務データを活用した与信によりビジネスカードやファクタリングサービスを提供したり、請求書カード払いのサービスを開始したりしている。


導入に必要な直販体制の整備


 中堅企業は、中小企業と比較して、従業員数が多くワークフローが複雑で、処理すべき業務やデータが多い。加えて、特定担当者のみが理解しており、標準化やマニュアル整備が遅れている会社もある。


 創業時からしばらくは小規模事業者を顧客の中心として会計士とWeb直販を通じて販売をしていたマネーフォードだが、中堅企業へと対象を広げる中で、中堅企業ならではの多様なニーズに対応する体制を整えた。そのひとつが、有望な見込み客を創出するマーケティング、有望な顧客を受注に導く直販営業部隊、受注後に顧客が効果実感に素早く至るように支援するカスタマーサポートで分業する、直販分業体制だ。


 マネーフォワードは、2016年のクラウド経費販売時から直販分業体制を取り入れ、2018年には、人事領域でも直販部隊を立ち上げていた。マネーフォワードビジネスカンパニーCOOの竹田正信氏は、2024年7月の筆者によるインタビューで次のように語った。


 「バックオフィス向けのクラウドシステム導入にあたっては、顧客企業の業務フローの理解をした上で、実際にプロダクトを使いこなすまでのサポートが必要になることから、自社内に直販組織を組成しました。基幹システム全体の入れ替えは難しくても、経費精算やマイナンバー管理のみクラウド導入したいというお客さまもいらっしゃった」


 「また、使っていただく中で、次に導入したい別の領域のご相談もいただけました。こうしたご相談にのれる基幹業務系の設計に詳しい人を採用し、チームが大きくなる中で人事領域やERP領域とチームを分けていきました」


 従来の小規模事業者から、多様な中堅企業へユーザーが広がる中で、スムーズに対応できたことが、成功につながった。マネーフォワード代表取締役の辻庸介氏は「私たちが一番大切にしているユーザーフォーカスが重要でした。中堅企業のお客さまの実態に合ったプロダクトを提供しました」とグロービスのインタビューに答えた。


 中堅企業向けセグメントのARR(年次経常収益)前年同期比伸び率も、2021年度11月期88%であったところから、2022年度11月期には102%を実現。2023年度11月期も71%と、高い成長率を維持した。


 「マネーフォワードとフリーを徹底分析」の前編として、ERP業界の変遷やマネーフォーワードの戦略を解説した。後編では、フリーの成長戦略を解説し、両社の考察を踏まえた「ユニコーンからデカコーンへの成長戦略」についての仮説を紹介する。



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