もし、気づかないうちに自分の時間や能力を誰かに詐取されているとしたら、それはとても恐ろしいことだろう。また、薮内康介さん(仮名・20代)は自らの体験から「たとえ気づいても逃げ場がないと感じ、泣き寝入り状態の人もいる」と警鐘を鳴らす。
康介さんは、個人事業主として開業していた父親のもと、大学を不登校になったことをキッカケにホームページ製作の手伝いをはじめた。最初のうちは給料もきちんと支払われていたが、そのうち通帳は父が管理するようになったとか。
◆息子に仕事を丸投げしてくる父親
「父が事業所名で僕の口座に振り込みし、入金を終えるとすぐに父が全額を降ろして使うという感じでした。そのため給料は、ゼロ。そのうち当たり前のように、仕事もすべて丸投げしてくるようになりました」
両親は康介さんが幼い頃に離婚し、父親と2人暮らし。そんな父が運営する事業所は、代表が父で、従業員は家族であり青色専従者の康介さんのみだった。そのため、家庭でも職場でも父親と2人きり。蓄えやツテがあるわけでもなく、従う以外の選択肢はなかった。
「洗い物や洗濯を少しでも溜めると、『屋根付きの雨風がしのげるところで生活させてやってるのに、この恩知らずが!』と壁やテーブルを叩いたり、僕を殴るフリをして脅したりしてきます。職場も自宅と同じ建物内なので、そういうことがずっと続く感じです」
◆申し訳なさで父に反抗ができず
理不尽だとは思いつつも、「大学を不登校になって引きこもりがちになるなど迷惑をかけているのは、自分」だという気持ちが強かった。そのため申し訳ないという思いから、反抗することは考えなかったと康介さん。
「常にモラハラとパワハラの状態が続き、体調も崩し気味になりました。そんな日々が3年続いたある日、1年ほど取引のあった社長を接待し、父と僕の3人で飲み会を開催。このメンバーでの飲み会はこれまでにもちょくちょく開催していました」
この社長の会社は父親の事業所にとって、半分以上の売上を占める重要な取引先。父親は社長を崇め奉り、いつも蔑んでいる康介さんのことも褒め称えるなど、“いい父親”と“いい経営者”を演じて好印象を与えていた。ところが、その日は少し飲み過ぎたのか、本性が露見。
◆飲み会で露見した父親の本性
「父は『酒がないだろうが! このボンクラが!』と自宅にいるときと同じように、僕に暴言を吐いてしまったのです。父はハッとしましたがもう遅く、社長は残念そうな顔で『やっぱり、いつもそんな感じなんですね』とつぶやきました」
さらに、「あなたは、息子さんの骨の髄までしゃぶり尽くすおつもりですか?」と続ける社長に、父は苦笑い。「言っている意味がわからない。酒癖が悪くてすみません」などと誤魔化そうとしたところ、社長の表情と口調は一気に厳しくなった。
「そして、『わからないことがあって電話をしても、回答するのはいつも息子さん』『いままでに何度か、電話をしたときに保留への切り替えを忘れていたのか、怒鳴り声などのやり取りが聞こえてきて心配していた』と言ったのです。父は戸惑い、真っ赤な顔をしていました」
◆「住むところも準備するから、僕を信じて」
どうしていいかわからなくなったのか、父は「気分が悪いから帰る!」と立席。お金も支払わず店の外に出てしまった父を、すぐに追いかけようとした康介さん。けれどその瞬間、社長が腕を力強く掴んで引き留めた。
「社長は次に、『ウチに来なさい。お父さんのところで働いていてはダメになる。住むところも準備するから、僕を信じてウチで仕事をしてほしい』と言ってくれたのです。そしてその日も、僕が父のもとに帰って責められないようにと、社長が自宅に泊めてくれました」
社長の家庭や職場で数日間過すうち、自分の置かれていた環境の異常さに気づいた康介さん。社長のもとで働くことを決意し、いまはのびのびと働いている。手を差しのべられたとき、冷静な判断で助けを求めることも未来を拓くための大切なキーポントといえるだろう。
<TEXT/山内良子>
【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意