今年5月、SNSへの投稿を理由として、ある女性が名誉毀損罪で逮捕された。これを報じた地方の記事は、通常なら見過ごされそうな内容だったが、一部で大きな話題になった。
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この事件と時期を同じくして、Xの女性アカウントが、「夫の不倫相手」だとする女性の顔写真や氏名、勤務先などプライベートな情報を次々と晒していたのだ。
このアカウントの投稿は、自分の顔写真や身分証までエスカレート。そんな自暴自棄のような行動をハラハラしながら見守っていたのが、配偶者に不倫された「サレ妻」たちだった。
精神的に深いダメージを負ったサレ妻(サレ夫)は、配偶者との離婚や、不倫相手への慰謝料請求を見据えた証拠の取り方、果ては優秀な探偵事務所や男女トラブルに強い弁護士の情報を求めてSNSに集まる。
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「不倫された」という一点で、顔も知らない「同じ被害者」と傷ついた心を癒しあっている。しかし、やるせない思いが爆発した場合には、法的リスクの高い「シタ女(不倫相手)の晒し行為」に及んでしまうこともあるのだ。
「金で解決できないが、不倫相手には金を求める手段しかない」と語ったサレ妻の一人は、この現状を"サレ損シタ得"だと表現する。
なぜ、サレ妻がネットに救いを求めるのか考えてみたい。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
新聞や週刊誌で「サレ妻」の初出は、2008年5月の毎日新聞だ(ジーサーチ調べ)。
携帯電話で読み書きされるケータイ小説の投稿サイト「魔法のiらんど」に投稿され、同年4月書籍化の『戦場のサレ妻』が取り上げられた。
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映画化された『恋空』など、当時は女子中高生に好まれるものがケータイ小説の主流だったが、初めて30〜40代読者を対象にしたという。
そこから15年が過ぎ、漫画やドラマで「サレ妻」作品が量産されて、「サレ妻(サレ夫)」の呼び方も定着してきた。
昔から不倫を描く作品はあったが、サレ妻作品の多くは逆襲が定番だ。された側の「つらさ」を強調し、カタルシスを用意するものが少なくない。
それは実際のサレ妻が現実では救われていない実態を踏まえて作られているとは言えまいか。
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家族や友人に打ち明けにくいこともあり、フィクションではないサレ妻は、ネットやSNSに救いを求める。
Xでは、「不倫をされた」という一点で、サレ妻たちが互いの傷に寄り添い、助け合う世界が形作られる。
弁護士ドットコムニュースがXのサレ妻たちに取材を求めたところ、複数の女性が応じてくれた。
その多くが配偶者の不倫を怪しんだり、確信を持った場合、ネットやSNSに情報を求め、DMなどで質問を受ければ親切に対応し、さらに感情を吐き出す場にしている。
50代サレ妻のAさんは数年前、「家庭一筋だった」はずの夫の財布から「ラブホテルのポイントカード」を見つけた。追及された夫はあっけなく不倫を認めたが、Aさんはアカウントを立ち上げ、"先輩サレ妻"たちの投稿を参考にしながら、裁判の可能性も見据えて、不貞行為の証拠を集め始めた。
男女トラブルに強いとされる弁護士や探偵を探すにも、コミュニティの情報を参考にしているという。
「Xを利用したのは情報収集と、サレさんたちと気持ちを共有したかったからです。最初はつらい気持ちを吐き出すだけでした。『内容証明』という言葉さえ知らなかった私でしたが、サレさんたちの発信は、証拠集めや法的手続きを取る上で参考になりました」(Aさん)
DNA鑑定に出した夫の下着から、Aさんとは違う女性の体液が検出された。パソコンから発掘した性的な行為に及ぶ写真を元に不倫相手の素性が判明。探偵を通じてビジネスホテルの「ダブルベッド」の部屋に入る2人の様子も押さえた。職場の外で女性を待ち構え、不倫を認めさせた。
相手女性に慰謝料を求める裁判中だ。始まってみれば、相手側証人になった夫にも裁判を起こせば良かったと痛感している。
日本の法律で、不貞行為(不倫)があった場合に損害賠償請求を認めることを直接に規定した条文はないが、民法では離婚裁判の原因として「配偶者に不貞な行為があったとき」が挙げられている(同法770条1項1号)。そして、判例は不貞行為(貞操義務違反)に及んだ不貞配偶者と不倫相手の共同不法行為と評価し、不貞慰謝料の成立を認めてきた。
裁判に至るまでに弁護士や探偵への支払いで100万円以上を費やしている。弁護士費用はごく一部しか相手方に請求できず、探偵費用は、損害として相手方に請求できるかどうかはケースバイケースであるため、裁判で請求が認められてもプラスにはならないかもしれない。
発覚から半年後の離婚成立、裁判で精神的に傷つき、鬱病になって入退院を繰り返した。事情を明かすと、大学生の子どもたちは寄り添ってくれたという。
相手女性の家族は何も知らない。不倫した側は変わらぬ日常を送っているのに、不倫された側の家族はボロボロだ。その非対称性に子どもたちも怒りを感じている。
相手女性を晒すことで複雑な思いを解消したいという。
Xの下書き投稿には、不倫相手の個人情報の記載とともに、パソコンから発掘した2人の性行為の動画を添付した投稿が「時限爆弾」のようにセットされていたという。
名誉毀損に問われるリスクがあり、弁護士に止められて、投稿することはおそらくないが「送信ボタンを押そうとして何度も止まった」。
動きそうになる親指を最後に踏みとどまらせたのは、子どもたちを「犯罪者の子ども」にさせられないからだという。
「不倫相手を公開したい気持ちは理解できる」
30代のサレ妻、Bさんも同意する。
Bさんと子どもを残して家出した夫は、仕事のクライアントの妻と不倫していたという。
Bさんは相手の居場所を突き止め、謝罪の気持ちを尋ねたところ「謝罪をしたら何か変わるんですか?」と反省の色が見えなかったことから、すぐさま慰謝料請求の裁判を起こした。
それまで「主婦の愚痴」を吐いていたXのアカウントを「サレ妻疑惑アカウント」「サレ妻アカウント」に切り替え、女性とのやりとりの加工音声をX上に公開している。
多くの人に「私は間違ってないよね。この女が間違っているよね」と確認したいのだと話す。
「不倫は悪なのに罪に問えないし、慰謝料の支払いが命じられたからって、払われる保証もないし、強制執行の手続きをとるにもお金がかかる。夫から婚姻費用も支払われず、私は借金しながら子どもと暮らしている」
SNSで情報を発信できないなら、誰か公開された裁判を傍聴してほしいと考えることもある。
特定の相手の不倫を指摘することは、相手の社会的評価を低下させたとみなされる。「不倫した人の名誉なんてない。社会的に死んでほしい」と怨嗟を口にしつつも、弁護士から止められている。
AさんやBさんのように、情報を得たサレ妻の多くは、晒し行為が罪に問われるリスクを重々承知している。
だから、今年5月の事件で話題になった女性アカウントについて、「彼女は勇者」であると評し、多くのサレ妻の思いを代弁してくれたと受け止めている。
Bさんは「サレ損シタ得なんです。不倫されて、初めてその実態がわかった」と話す。
圧倒的不利な立場だという考えのもと、ほかのサレ妻からDMなどでアドバイスを求められると、誠心誠意を込めて返信している。
「不倫相手に求められる慰謝料の相場が安すぎる。判決で相場が作られてきたなら、どこかで改善してほしい。お金で癒されることはないとわかっていても、サレ妻はお金で解決するしかない」(Bさん)
サレ妻の受けた圧倒的な不満やショックはなかなか解消されることはなく、不満を解消する手続きの中で、新たな不満も生まれているようだ。そのような現状の一端が見えてきた。
だからこそ、AさんもBさんも、SNS上のサレ妻コミュニティによって救われたと認める。その一方で、精神が不安定なときに、どっぷりSNSやネットの世界に浸かることも危険だと指摘する。
「ただ、他のサレさんの辛い心情を読むことで、こちらの精神も落ち込むことがあります。適切な距離感が必要」(Aさん)
「精神的な安定のためには、オンラインではなく、実際に人と会って話すことも大切」(Bさん)
弱みにつけこむように、サレ妻のオンラインサロンなどに誘ったり、探偵事務所に勧誘するようなアカウントも存在するというから注意は必要だ。引き続き「サレ妻」がどうすれば救われていくのか考えていく。
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