Emirates(エミレーツ)、AIA、Teamviewer(チームビューワー)――。この3社に共通することは何か?
サッカーにちょっと詳しい人であれば、すぐにピンときたはずだ。いずれも欧州のビッグクラブのスポンサーである。航空会社のエミレーツ航空はレアル・マドリードを、保険会社のAIAは英国のトッテナムを、IT企業のチームビューワーは英国のマンチェスターユナイテッドを、それぞれ支援している。
各ユニフォームに企業ロゴがドーンと入っているわけだが、アマチュアの選手でも一度はこんなことを考えたことがあるかもしれない。「自分も企業ロゴが入ったユニフォームを着て、試合に出てみたいなあ」と。
学生や社会人チームのユニフォームといえば、基本的に胸元にチーム名がプリントされているが、数年前からちょっとした異変が起きている。アマチュア同士の試合でも、企業名やブランドのロゴが入ったユニフォームを着ている選手がじわじわ増えているのだ。プロでもないのに、なぜスポンサーのロゴが入っているのか。最大の理由は、“安くなるから”である。
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ユニフォームに企業ロゴを入れることで、割引を受けられるサービスが登場し、アマチュアスポーツの世界で広がりつつあるのだ。サービス名は「Outfitter(アウトフィッター)」。ECを展開する独シグナ・スポーツ・ユナイテッド社とイオンが出資して誕生したイオン・シグナ・スポーツ・ユナイテッド(東京都中央区)が運営していて、同社によると、こうしたサービスを始めたのは日本で初めてだという。
このサービスがスタートしたのは、2020年6月のこと。新型コロナの感染が広がっていたことを受けて、1年目は5000枚ほどしか売れなかったが、その後は少しずつ認知が広まり、4年で5万5000着ほどを販売。「これまでのところ、計画通りに推移している」(イオン・シグナ社)そうだ。
●三方よしのビジネスモデル
購入者は、まずアディダスやナイキといった18ブランドの中からデザインや色を選ぶ。次に、12社の中からスポンサーロゴを選び、胸元、袖、パンツに配置する。割引率はサッカーの場合、胸元で30%、袖で10%、パンツで10%、最大50%引きになるという仕組みだ。
このサービスが面白いのは、スポンサーロゴの数や位置を自由に決められること。例えば、胸元は「ポカリスエット」、袖は「カップヌードル」、パンツは「お〜いお茶」といった具合に、有名ブランドのロゴが選べるのだ。スポンサーは選ばれた数に応じて広告費を支払うことになるが、選ばれなければ費用は発生しない。
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サッカーの場合、ユニフォームを上下そろえると、1万円ほどかかる。このほかにも、用具代や遠征費などを考えると、出費はできるだけ抑えたいところ。ユニフォームに企業ロゴを付けるだけで半額になるのであれば、保護者から「助かる〜」「子どもが喜びそう」といった声が聞こえてきそうである。
企業にとっては認知が広がる、保護者にとっては費用が抑えられる、子どもにとってはプロ選手のような気分になれる。三方よしのビジネスモデルに感じるわけだが、同社はなぜこのような事業を始めたのか。背景に、アマチュアスポーツが抱える「課題」を解決したいという思いがあったようだ。
物価の高騰によって、スポーツを続けることがますます難しくなっている。合宿費、遠征費、用具代、施設利用料、食費など。チームの資金が不足していれば、活動そのものがうまく回らないことがある。自宅から遠く離れたところで練習をしたり、施設が整っていないところでのトレーニングであったり、指導者が十分なレベルに達していなかったり。
このような事情がある中で、ユニフォーム代を少しでも安く抑えられれば、スポーツに参加する人が増えるのではないか。こうした発想をベースに、アウトフィッターの事業化を進めたそうだ。
●2020年に始めたものの
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ただ、サービスを始めるにあたって、社内からは懸念の声もあった。「ユニフォームはECサイトで売れない」という指摘である。考えてみると、ユニフォームを購入するにあたって、細かなやりとりは欠かせない。色はどうするのか、デザインはどうするのか、ロゴのフォントはどうするのかなど。お客と店員が直接やりとりするのではなく、ネット上だけで完結できるのかといった不安があったのだ。
では、どのようにしてその不安を解消したのか。参考にしたのは、ゲームである。サッカーゲームの場合、チーム名を決めて、ユニフォームのデザインを選んで、選手を誰にするのかを考えて。こうした一連の作業が必要になるわけだが、ゲーム感覚でユニフォームを選べるようにすれば、購入のハードルが下がるのではないか。こうした仮説を立て、ECサイトのデザインなどを決めていった。
このほかにもさまざまなことを調整して「準備」が整ったわけだが、コロナ禍でのスタートだったので事業を進めるのは大変だったという。人との接触が多いスポーツは制限されていたので、興味を示してくれるお客が少なかったのだ。
また、スポンサー集めにも困難が待っていた。これまでになかった仕組みなので、スポンサーにどういったメリットがあるのか、きちんと説明しなければいけない。「よし、分かった。広告費として考えよう」と前向きな言葉をもらえても、次に待っていたのは“逆風”である。
商談がうまく進んでいても、コロナの影響を受けて、業績が悪化した企業も。経費を圧縮しなければいけないといった事態に陥り、残念ながら話がまとまらないケースもあったそうだ。
●大きな課題が2つ
それでも計画通りに、事業を進めなければいけない。なんとか始めたものの、大きな課題が2つ待っていた。1つは、どういった人が使っているかである。チームの世代カテゴリーを見ると、「社会人」が最も多く53.3%。以下「小学生」が19.0%、「大学生」が14.0%と続く。しかし、ボリュームゾーンである「高校生」は6.3%、「中学生」はわずか4.0%なのだ。
なぜ、中学生と高校生の利用が少ないのか。日本中学校体育連盟(中体連)と全国高等学校体育連盟(高体連)主催の大会では、広告入りのユニフォームは基本NGだからである。もちろん、放課後の練習や非公式の試合などでは着れるものの、中・高体連主催の大会では着用できないので、チームとしても「スポンサー入りはちょっと……」と気分がのらない事情があるようだ。
しかし、会社として何もしないわけにはいかないので、ジャージやパーカーといったチームウェアを展開することに。企業ロゴ入りのユニフォームを買えないとなれば、ジャージはどうか。「あ、それはいいかも。できるだけ安いほうがいいからね」ということで、アウトフィッターでジャージを購入するケースが増えているようだ。
もう1つの課題は、売り上げがサッカーのユニフォームに偏っていること。イオン・シグナ社はバレーボールとバスケットボールも扱っているが、この2つの人気は「まだまだ」といったところ。その要因として「サッカーとは異なり、バレーボールやバスケットボールでは、ユニフォームに企業ロゴを入れる歴史が浅い。そのため、アマチュア選手には馴染みが薄いのかもしれません」(担当者)
●選手の保護者は思わずこう声をかける
ところで、アウトフィッターを利用している選手からは、どのような反響があるのか。「プロのユニフォームと同じように、企業ロゴが入っているので、自分たちが強くなったような気分になる」といった声が多いそうだ。
一方、相手チームはその姿を目の前にして、どのような印象を受けているのか。このサービスがまだ広まっていないこともあって、初めて目にするケースも。そうした人からは「なぜ、イオンのロゴが入っているの? あいつらはプロなの?」という声もあるそうだ。
さて、今後の話である。冒頭で紹介したように「計画通りに売れている」ようだが、認知度はまだまだ。売り上げをどんどん伸ばしていく方針を掲げているが、順調に売れていけばどうなるのか。同じロゴが入ったチームの対戦が考えられるのだ(いまのところまだ実現していない)。
例えば「バーモンドカレーVS.バーモンドカレー」になれば、見ている観客はどう感じるのか。試合終了後、選手の保護者はこんな言葉をかけるに違いない。
「おつカレーさま」――。
(土肥義則)
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