【あの食トレンドを深掘り!Vol.58】日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。
メキシコ料理の定番食材「トルティーヤ」が今人気
本連載でタコスの流行をご紹介したのは2022年。あの頃以来、スーパーや外国食材店で定番商品の仲間入りしたと思われるのが、タコスの皮となるトルティーヤである。実はそのトルティーヤが単独で、流行しつつある。今回は、どんな風になぜ広がっているのかを、考えてみたい。
クックパッドの食の検索データ「たべみる」によると、「トルティーヤ」の検索頻度はコロナ禍で上がった。2022年にいったん下がったものの、その後再び上昇傾向にある。2023年は2022年から105・9パーセントの上昇率で、今年はさらに頻度が上がり、2023年の113・9パーセント増となっている。
背景として、専門店が増えるなど、タコス自体の流行がさらに広がっていることがある。タコスは今、世界で流行が広がっているが、その要因の一つは、ネットフリックスのドキュメンタリー番組「タコスのすべて」が人気を集めたことだ。日本もその渦中にある。フードカルチャーを発信する雑誌『RiCE』(ライスプレス)も5月号で「タコスのリアル」という特集を組んでいる。また、今年3月28日、メキシコ大使館が「タコスの日 1st Celebration Party 2024」と題したイベントを開催し、全国から集まった10店のタコス店が競う「タコスグランプリ2024」を実施し宣伝に努めているようだ。
トルティーヤについては、2023年6月に東京・代々木上原で日本初のトルティーヤ専門店「ニュー・クラシック・トルティーヤ・クラブ」が誕生した。ウェブ版『ブルータス』2024年6月11日配信記事「日本初のトルティーヤ専門店。代々木上原〈New Classic Tortilla Club〉ができるまで」によれば、開業したきっかけは、オーナーが焼きたてのトルティーヤで出すタコス専門店「ロス・タコス・アズーレス」で食べたことだった。同店は2018年に三軒茶屋で開業。メキシコの在来種、ブルーコーンを使った青黒いトルティーヤを、メキシコ人オーナーが現地と同じ製法で作っている。
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日本ではメキシコ料理店自体が少ないうえ、アメリカのテキサスなどでアレンジされたメキシコ料理のテックス・メックス系の店が中心で、テックス・メックスから広まったことやスナック菓子のイメージも強いことから、メキシコのトルティーヤを知らない人は多い。かく言う私も、ロス・タコス・アズーレスで初めてメキシコスタイルのトルティーヤを食べ感動した1人だ。トウモロコシ粉のトルティーヤはパサパサ、と思い込んでいたのに、ここのものは若干のしっとり感がありトウモロコシの香りとうま味が感じられる。
トルティーヤ、実は何にでも合う食材
しかし、日本でトルティーヤだけが単独でヒットするのはなぜだろうか。「たべみる」で、トルティーヤと合わせて検索される材料を調べてもらったところ、興味深い傾向が浮かび上がった。
2014年から2019年まで、検索される材料トップ3に選ばれたのは、タコスの一般的な材料のソース、鶏、アボカド、ひき肉だった。ところがタコスが流行し始めた2020年以降、傾向が変わってくる。
2020年はそれまで4位や5位だった米粉が3位になり、流行が後退した2022年は5位まで落ちるが、2023年と今年は1位になっている。また、2022年と2023年はオートミールが2位。一方で、トウモロコシ粉以外のトルティーヤの材料としてポピュラーな薄力粉は、2014年に4位だったほかは2016年、2017年の7位が最上位で、今年は10位以内にすら入っていない。レシピ検索では、トルティーヤで挟む材料を探す人もいれば、トルティーヤ自体を手作りしようと考える人もいるのだろう。そして、その材料に最近人気の米粉やオートミールを選ぶ人もいる。
しかし、一般的な材料の薄力粉も不人気で、本場のトルティーヤで使われるトウモロコシ粉(コーンミール)に至っては、日本でこの粉が浸透していないからか一度も10位以内に登場していない。もしかすると、ブームと共にトルティーヤ自体が早くもアレンジされているのか。ここに、トルティーヤ自体の流行が見える。
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アレンジについて調べてみると、『メシ通』2021年7月26日配信記事「身近な料理や意外な食材を巻く『雑トルティーヤ』がうまいので毎日の常食にすべき【ブリトー&タコス】」では、「前日の余った食材を、とにかく巻いたり包んだりすればいい」とし、豚のしょうが焼きや肉じゃがを挟むアレンジレシピを紹介している。『サンキュ』のウェブ版2022年9月27日配信記事「【コストコ】実はコスパ最高!トルティーヤ生地が使える!&アレンジレシピ2選」でも、市販のトルティーヤを使ったピザのレシピ紹介記事があった。同記事で紹介されているトルティーヤは、コストコ以外のスーパーや輸入食材店でも買える。クックパッドの「余ったトルティーヤ」の使い方レシピとしても、ピザやサンドイッチなどのアレンジ方法が紹介されていた。
考えてみれば、トルティーヤはメキシコ版のクレープやパンケーキ、ギョウザの皮と言える。穀物粉で作った皮と見なせば、確かに好きな具材を載せられるはずだ。「タコスのすべて」でも自由自在なアレンジが紹介されているし、メキシコ大使館はずばり「タコスは自由だ。」というタイトルの記事をnoteで今年7月10日に配信している。「正しいタコス」像を押しつけてくる文化では、そもそもない。となると、アレンジ大好き日本人が、何もしないわけがない。日本には、1980年頃から流行しすっかり定着した手巻きずしの文化もある。
最初はサルサをかけたりアボカドを挟むなど、それっぽい食べ方をしていた人が、食べるうちに、「これってハムを挟んでもおいしいんじゃない?」「ラタトゥイユの残りを」「カレーの残りを」などと、どんどんアレンジしていく風景が目に浮かぶようだ。トルティーヤはもしかすると、料理の発想を広げる便利なアイテムなのかもしれない。これからパーティの季節が始まる。今年は、さまざまな具材になる料理や食材を並べ、トルティーヤパーティを開いてみてはいかがだろうか。
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