埼玉県・千葉県・東京都で認可保育園を運営するALTA(さいたま市)はこの9月、未納保育料の支払いを自動で督促するSaaSの導入を決めた。保育園が「債権督促」ツールを導入したのは、どのような背景があったのか――。
【画像】債権管理から回収、最終的な債権償却まで一気通貫で対応する(提供:Lecto)
実は、銀行や消費者金融向けの債権管理システムが、金融業界の外へと活用の場を広げている。
債権管理・督促回収の自動化ツールを手掛けるスタートアップLecto(東京都港区)が提供するシステムだ。
保育園での保育料徴収から、自治体の新型コロナウイルス関連融資の返済管理まで。人手不足に悩む現場で、督促業務のデジタル化が動き出している。
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●「職員の心理的な負担も増加していた」
ALTAは1都2県で30の認可保育所および小規模保育事業所を運営している。同社が督促システムの導入に踏み切った背景には、急激な事業規模の拡大がある。既存のシステムでは請求金額の計算に不具合が生じ、会計システムへの不規則な情報入力が増加。スムーズな保育料請求が難しい状況に陥っていた。
「保護者のみなさまに正確に連絡するために最大の注意を払いながら業務を行っており、職員の確認作業の工数や心理的な負担も増加していた」と同社は説明する。Lectoの小山裕社長は「人を預かる仕事をしている中で、お金の管理は後回しになりがちだ」と指摘する。
●未収金の増加リスクは高まっている
人手不足の中、本業とは異なる性格を持つ督促業務を、デジタルの力で解決したいと考えるところは多い。
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愛知県常滑市社会福祉協議会は生活困窮者向けのくらし相談センターで同システムを導入した。同協議会では、病気や失業など何らかの理由で生活が立ち行かなくなった人にハローワークと連携した就業支援や、生活再建のためのサポートを実施。必要に応じて貸付金による支援も行う。
「リソースが潤沢にある状況ではなく、紙で管理しているので返済が滞っているなどの状況を把握するのも一苦労。なかなかタイムリーに連絡を取ることや対象者の方に定期的に連絡することが難しく、もどかしさを感じていた」。同協議会の担当者は、Lectoが行ったヒアリングの中で、これまでの課題をこう明かす。
システムの導入で、対象者への定期的な連絡が可能になった。「社会福祉協議会の理想は、対象者としっかり連絡を取り、フォローアップができる状態を保つこと。マンパワーに限界がある中で、システムによる定期的な連絡で、人手をかけずにフォローアップの形を作れる」と小山氏は説明する。
未収金の増加リスクは確実に高まっている。
経済産業省がまとめたクレジットカードの延滞率は、住宅ローンの4カ月以上延滞率は2024年3月時点で0.32%と、1年前の0.25%から上昇。
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「返済優先順位の高いものが遅れているということは、保育園の代金などは確実に延滞率が上がっている」(小山氏)との見方だ。
●人がやりにくい、やりたくないことを行う
Lectoは「督促回収テック」を掲げるフィンテック企業だ。金融サービスやサブスクリプションサービスの裏側にある面倒な実務や、複雑で属人化しやすい業務フローを改善。債権管理から回収、最終的な債権償却まで一気通貫での課題解決を目指す。
従来の督促業務は、コールセンターが一斉に電話をかけ、支払い期限を過ぎた人全員に同じように催促を行うのが一般的だった。しかし小山裕社長は「そこには無駄が多い」と指摘する。
同社のシステムの特徴は、延滞者の状況に応じて督促方法を変える点にある。
「20万円遅れている人もいれば1000円の人もいる。常習者なのか、うっかりなのか、高齢者か若年層か。債務者の個性や状況に応じて、督促のタイミング、内容、手段を全て出し分ける」(小山氏)という。
例えば若年層には電話を控え、SMSでリマインドを送信。支払い用のバーコードを添付し、その場でオンライン決済を促す。一方、高齢者には電話での連絡を優先するなど、きめ細かい対応が可能だ。自動音声による架電では、ボタン操作で支払い約束を取り付けることもできる。
●「まさに血を流しながらやってきた」
小山氏は4社目の起業となる同社の設立前、個人向け信用リスクの保証事業を手掛けていた。「初月は50%未回収、翌月も45%くらい未回収。まさに血を流しながらやってきた」と振り返る。試行錯誤の末、未回収率を1%台まで改善した経験が、現在のサービス開発に生きている。
データ分析のスペシャリストを擁し、機械学習の活用も視野に入れている。過去の対応履歴から効果的な督促方法を導き出す。「延滞常習者なら、どこかで人手を介す必要がある。一方、うっかり忘れの場合は自動対応で十分」(小山氏)といった形で使い分けるという。
「実は延滞者の8〜9割は単なるうっかり。悪意のある人は1割程度」と小山氏は分析する。SMSでスマートフォンに通知し、簡単に支払える仕組みを用意すれば、大半のケースは解決できるという。「現状の督促される側の体験は相当悪い。これを変えていく必要がある」(小山氏)との考えだ。
債権管理から督促、回収と消し込み、最終的な債権の譲渡や償却まで一気通貫で管理できる点も特徴だ。
特に金融機関にとって、この一気通貫の管理は重要性を増している。昨今の後払いサービスでは、住所情報を取得せずKYC(本人確認)なしで利用できるケースも増えており、従来の郵送による督促が通用しない場面も増えている。
効率的なデジタル督促の仕組みづくりは、金融機関共通の課題となっているのだ。
●SMBCコンシューマファイナンスとも提携、さまざまな業界に広がる
こうした中、Lectoは2024年、プロミスブランドで知られるSMBCコンシューマファイナンスと提携した。提携は2つの側面を持つ。一つはSMBCコンシューマファイナンス自身の督促業務の効率化の実証実験だ。もう一つは、同社の取引先である地方銀行へのシステム導入支援である。既に約30の地銀への導入を予定しているという。
地方銀行の督促業務は、自前で行うケースと外部委託するケースが混在する。「基本的に銀行も内製でやれるなら、やった方がコスト的に安い」と小山氏は説明する。たとえ外部への回収委託では、単純な督促でも手数料として30%程度を支払う必要があるためだ。
「本来は内製すべきと考えているが、人がいなかったり回収のノウハウがなかったり、仕方なく外注しているというのが実態」(小山氏)という。ここにSaaSを導入して督促業務を効率化できれば、内製化への移行が進む可能性がある。
SMBCコンシューマファイナンスは、地銀向けなどに保証事業も展開している。延滞が一定期間を超えた債権を買い取る事業だ。保証業務提携先は現在188に上り、全国各地の金融機関などとの幅広いネットワークを持つ。地銀にLectoのソリューションを導入してもらうことで「地銀のROI(投資収益率)を上げられる。自分たちで回収ができ、かつ人手をかけずに回収ができ、きちんと回収率も担保される」(小山氏)ことで、地銀にとってはコスト削減になる。
今後は公共料金分野への展開にも力を入れる。電力やガス会社では、検針員が訪問時に督促を行うなど、本来業務に支障が出ている例もある。すでに三愛オブリガス九州が実証実験を開始しており、成果が出つつある。通信料金の督促でも、多くが人手による対応を続けている。大手キャリアは系列の金融会社に委託するケースが多いが、ここでも人海戦術が一般的だ。
「最大の本丸は、大量の債権を抱えていて人手が必要な企業。そういった企業のDXを通じて楽にしていくことが、われわれが一番やらなければいけないこと」だと小山氏は言う。
金利上昇を背景に延滞率の上昇が続く中、効率的な債権管理の重要性は増している。フラット35を提供する住宅金融支援機構によると、住宅ローンの4カ月以上延滞率は2024年3月時点で0.32%と、1年前の0.25%から上昇。返済優先順位の高い債権で延滞が増える異変が起きている。金融機関で培った督促のノウハウを、幅広い業界で活用する動きは今後も広がりそうだ。
筆者:斎藤健二
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